010 妹様の禁断な愛情
「もしもし、お父さん?」
普段のあえて低く発音している声色を変え、年齢に見合った明るい美声を発した。クール・レイノルズはしばし黙り込み、やがてなぜルーシがこんな態度なのかを察する。
『……。キャメルがいるのか』
「うん。キャメルお姉ちゃんが待っているよ」
『そこまで押しかけてきたんならしゃーねェ。たまにァ兄妹でお出かけと洒落込むか』
「お買い物? 良いね。私もついていって良い?」
『そういえば服欲しいとか言ってたな。キャメルに代わってくれ』
「うん」
地獄耳でもあるルーシは、通話状態のクールとキャメルの言葉を耳で拾う。
『よう、押しかけてきちまったモンはしゃーない。そんなに兄妹デートってのしたいんなら付き合うよ。ただまあ、娘の服も買わないとならないんだ。分かってくれるよな?』
「はいっ! すこし話してみましたが、とても良い子だと感じました! お兄様の令嬢となれば私とも密接な親戚になるので友好を深めたいです!」
『そりゃ良い心がけだ。さて、車出すのでルーシといっしょにリムジン乗っててくれ』
「はいっ!」
(ずいぶん気遣った言い草だな。あの男がここまで優しくする理由……。禁断の恋愛感情が爆発しないように腐心しているのかね)
闇の深そうな兄妹だが、クールとの関係性を深めていくのであればキャメルを邪険にも扱えない。ルーシは溜め息もつけず、目がキラキラ輝いているキャメルを一瞥する。
「ルーシちゃんっ! よろしくねっ!」
「ええ、よろしくお願いします」
キャメルは自然と手を差し出してきた。ルーシはそれに応え握手するのだった
*
「あれ……。ルーシさんは?」
ピンク髪の天使ヘーラーは、癒やされるために銀髪の幼女ルーシの隣で眠っていたはずだった。だが隣にルーシはいない。すでに起床してどこかへ行ってしまったのであろうか。
「ひとりぼっちは寂しいですよ〜……。ルーシさん~……」
それでもルーシは現れない。
「やっぱり私がポンコツで独善的だから? うう……」
まったく見知らぬ土地で心細いというのに、同じ立場の人間はもう適用しつつある。ヘーラーは、暴言や暴論に圧されまくり、メンタルはボロボロだった。
そんな天使ヘーラーの元に、ラフな格好のクール・レイノルズが現れた。彼はヘーラー自体には興味がないのか、仮眠室にルーシがいないと分かるやいなや、すぐ部屋から出ていこうとした。
「待ってくださいっ!」
「なんだよ」
「私って要らないのですか? ルーシさんも私がいないほうが楽なのですか?」
「泣きじゃくるな。面倒臭せェ。しかもおれはルーシじゃないんで、オマエが必要かどうかなんて分からん」
「……。そうですよね。ごめんなさい」
クールはいきなり泣き始めた(しかもかなりの大泣きだ)ヘーラーに辟易しながら、されど彼女を慰める言葉をかける。
「まあ、なんつーか。経験上オマエくらい真面目で勤勉な天使は見たことねェし、いつかルーシもそれを認めてくれるんじゃねェの?」
泣きじゃくるヘーラーだったが、その言葉にすこしばかり勇気をもらったようだった。
「……、本当ですか?」
「嘘つける脳みそはついてねェんで。つか、ルーシに魔力の開発でもしてやれ。アイツ、おれの妹と買い物行くつもりらしいし、魔力がねェと色々不便だ」
「はいっ!」
なんてちょろい女だろう、と内心思いつつ、ルーシに魔力を生じさせられるのはヘーラーしかいないので、彼女はやはり重要だ。
「ほら、ルーシのところ行くぞ」
ヘーラーとクールはルーシとキャメルの待つガレージへと向かっていく。
そこへは、笑顔を引きつらせながら低身長の美少女と話し込む銀髪幼女がいた。
「──やっぱり私とお兄様は運命に導かれて繋がってるのよ。ルーシちゃんもそう思うでしょ?」
「え、ええ。そうかもしれないですね」
「そうよね! よし、お兄様にこの想いを伝えるべき──お兄様っ!?」
開口して目を細める兄クールを眼前に捉えたキャメルは、借りてきた猫のごとく静まり返った。
「よう、キャメル。きのうぶりだな」
「お、お兄様……。さっきの話、訊いてましたか?」
「いや? なんの話だ?」
「あ、や。たいした話ではないです。そ、そ、それよりもお買い物、早く行きましょう!」
実際、窓を閉めていた車の中の会話など聞こえているはずもないのだが、どうせ愛やら恋の話、しかも実の兄に向けた惚気話をルーシへぶつけていたのだろう。
そんな有りもしない妄想を聞かされまくったルーシがいい加減怒りだしそうなので、クールはキャメルの隣に座る。そして彼はヘーラーへ手招きした。
「魔力を開発してやれ」
「はいっ! 集中しますっ!」
「良い心がけだ」
「魔力を開発……?」
「キャメル、この子は生まれつき魔力を持ってないんだよ。そしてコイツは天使族。授業で習っただろ? 天使族はヒトの身体に魔力を埋め込めるってさ」
クールの適当な言い訳にもキャメルは頷く。よほどクールという兄を慕っているのであろう。もう何年も会っていないのならば恋しく感じるのもオカシクない。
ただ、距離感は際どい。キャメルは車の動きに合わせる振りをして、クールへ何度も寄りかかろうとしている。あわよくばキスでもできると考えているのか。
「そうですか……。まあ、お兄様の娘で私の姪っ子……姪っ子……」
「年齢そんなに変わらないので、姉妹みたいなものでは?」
「そ、そうよね! 私たちはちょっと歳の離れた姉妹よね!」
そんな蜜月の時。失言製造機のヘーラーは、トイレを我慢しているかのような表情でルーシへ手のひらをかざし続けている。邪魔が入らないという意味でありがたい話だ。
「ところでさ、キャメル。MIH学園のほうは順調なのか?」
「え、ええ! 2学年にして首席になりました! お兄様は1学年から首席だったと訊いているので、遠く及びませんが」
「それはなによりだ。んで、うちの娘もMIH学園に入学してもらいたいわけなんだわ」




