011 葛藤がいっぱい、いっぱい
「えっ……?」
「別に驚くことはないだろう。キャメルがいるMIH学園に入ってもらったほうが、後々やりやすいと思うし」
キャメルはこちらを覗き込んでくる。
「顔になにかついていますか? キャメルお姉ちゃん」
そんな少女の態度に、ルーシは笑顔を交え、飄々とした態度で返す。
「あ、いや。別になにもついてないけれど……、ルーシちゃんはそれで良いの?」
「なにか問題でも?」
「MIH学園は、お兄様、いやお父様からも聞いてると思うけれど、かなりの無法地帯よ? 暴力沙汰は当たり前だし、薬物取引してるって噂がある生徒もいるくらいだし」
緊迫した表情で、キャメルは忠告してくるかのような態度でルーシに向き合う。されども、ルーシはまるで怯むことなく、
「楽しそうな学校じゃないですか」
と、10歳低度の幼女が口にして良いとは思えないことを口走る。
「た、楽しそう?」
これにはキャメルも口をあんぐり開けルーシかなかった。それでも、ルーシは得意の口八丁で続ける。
「お父様からはなにも伺っていませんでしたが、その話を訊いて余計に興味が湧きました。悪者を退治して、学校に平和をもたらしたいです」
にっこり笑い、ルーシは全く邪気がないように振る舞う。ここまで演技されると、クール・レイノルズも思わず吹き出しそうになる始末だった。
「な! やっぱりおれの娘はすげェんだよ!!」
「え、ええ。凄まじい子ですね……」
満面の笑みのクールと、なにかを勘ぐっているようなキャメル。とはいえ、禁断の恋愛感情すら抱いている兄の態度に、キャメルは追従せざるを得ない。
「さて、MIH学園の学生服でも見ていくかぁ~」
クールは部下たちに車を出すよう指を鳴らす。キャメルは未だ訝っているようだが、そんなことルーシやクールが気にするはずもない。
そして、クールとキャメルが車に向かったとき、
「ヘーラー、オマエは着いてこなくて良いぞ」
「え? 私、一人ぼっちは寂しいんですけれど」
「姉貴分や親と家族だけで過ごしたいんだ。というか、そんなに一人ぼっちが寂しいかい?」
「寂しいに決まっています!!」
「なら、オマエもMIH学園に入るか?」
「え?」
「聞くところによれば、学校ってところは良い場所らしい。私は小学校も通っていない、卑しい身分なので詳しく知らないけどな」
「ルーシさん、珍しく上機嫌ですね……」
「そうかい? ああ。魔力とやらが開発されて、すこしばかり身体が楽だからかね」ルーシはヘーラーの目を見上げる。「ともかく、考えておけ。別に強制はしない。ただ、私が学校に行き始めたら、オマエに構える時間もだいぶ減るからな」
ヘーラーはしばし考え込む様子を見せた。彼女の人間換算での年齢なんて知らないが、ほぼ確実に高校生低度の年齢は越えているだろう。
とはいえ、それはルーシもいっしょだ。25歳の小学校中退。そもそも学生のノリについていけるのか、という話にもなるかもしれない。
「まあ、オマエに託すよ。私は行くからな」
「ちょ、ちょっと待ってください──!!」
意図的にヘーラーを無視し、ルーシはクールとキャメルの待つ車へ向かっていく。
(というか、学校の授業についていけるのか? おれ。小学校の算数すら怪しいのに)
なにせ10歳低度の幼女の見た目をしている以上、小学生からリスタートと考えるのが妥当だろう。しかし、ルーシは所詮、本で得られる偏った知識しか持っていない。そんなヤツが、上流階級の通う学校の授業についていけるのかは、甚だ疑問である。
(ま、やっていくうちに分かることもあるだろ。ポジティブに生きなきゃなぁ)
そんなわけで、ルーシはリムジンの後部座席に座る。
「待ってたぜ、ルーシ」
「うん、待たせてごめん」
キャメルの顔はとろけきっていた。よほど兄と会話できたことが嬉しいらしい。兄思いの良き妹、といえば聴こえは良いが、ポールモールの言うことが正しければ、彼女の悦びは少々ずれているに違いない。
「さーて、やることいっぱいだな。MIH学園の制服も見なきゃだし、ルーシの私服も買わなきゃいけねェ」
「あの、お兄様」
「なんだ?」
「ルーシちゃんは幼稚舎に編入させるおつもりですか?」
「あー、考えてなかったわ。ルーシくれーの実力ありゃ、飛び級が使えるのか」
「飛び級?」ルーシは怪訝な顔になる。
「ああ。実力次第で小学生も高等部まで飛べる。もちろん勉強は難しくなるけど、まあ、キャメルが教えてくれるから大丈夫だろ」
どこがどう大丈夫なのか。そう文句をつけたくなるが、どうやらクールとキャメルの間では、ルーシの高等部進学は確定事項のようだ。
ただ、勉学の難しさは一旦置いても、最前キャメルが話していた〝薬物取引〟に興味があるのも事実だった。ルーシやクールは無法者。それらを乗っ取らない手はない。
「そうだね。入れるのなら、高等部からにしようか」
ルーシは父ということになっているクールへ、ニヤリと笑って返事した。彼もそれの意味を理解したのか、
「ああ、悪者退治頑張れよ」
と、言った。
*
ルーシとクール、キャメルはMIH学園の学生服売り場にたどり着いた。
青い制服だ。男子用のものはスーツのようで、女子もまたスカートこそ短めだが、やはりスーツのようなデザインになっている。
「創設以来変わらないって言うけど、やー、おれもこれ着てたのか」
「今の格好とそんな変わらないね」
「お兄様はなにを着ても似合いますから」
そんな他愛もない会話を交わしつつ、
「ルーシ、試着してみろよ」
と、クールに言われる。
「そうするよ」
ルーシは、なんら迷いなく女子用の制服を持って試着室へ入る。かつて21世紀最大の怪物と呼ばれた男は、もはや自分の性別に悩みすらなくなりつつあった。
(そうさ……。クールやキャメルの前で男子用の制服なんて持っていたら、なにか疑われそうだしな。そうさ、おれは断じて女子用の学生服なんて着たくない。そうだ。そうだろ? そうに、決まっている……)
けれど、心の中では葛藤でいっぱいだ。




