シーン56 思わぬ援軍
ブォォォッ!、と真っ白な波が至近距離のパラポラをのみ込み、その身体を地面へ叩き落とした。
鈍い衝撃音が響き、霧が大きく吹き散らされる。土煙が噴き上がる中、周囲の芝生には霜が走り、地面が真っ白に凍りついていく。
やった! 直撃よ!
氷の道を駆け下り、バンビーノのそばへ降り立つと、薄れていく土煙の中で、影がもぞりと動いた。
……生きてる。なんてしぶといの。でも――。
パラポラは明らかに弱っていた。銃弾の嵐を浴びた身体のあちこちから、紫の血が滴っている。よろめきながら起き上がったものの、四枚の羽根は凍りつき、動かなくなっていた。
「……二人がかりとは、なんて卑怯なんでしょう」
憎々しげに言うパラポラに、思わず顔をしかめた。
ふん、よく言うわよ。百対一でバンをボコろうとしていたくせに。
どう? 頭は冷えた? まだやるって言うなら、今度は全身カチカチにしてやるわよ。
そう思って身構えたが、パラポラはあっさりと武器を下ろしてしまった。さっきまでの険しい表情は消え、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいる。その急な変わりように、思わずたじろいだ。
「まさか、貴方たちがこれほどやるとは思っていませんでした。これではもう、降参するしかなさそうですね」
両手を上げたパラポラに、バンビーノは腹の傷を押さえながら答えた。
「悪いが、生かして返すわけにはいかない。カランコランに知らされては困るからな」
「ふっ、さすがはバンビーノさん。そう甘くはないようですね。仕方ありません。奥の手を使うことにしましょう」
奥の手? 嘘よ。あいつのことだ。油断させようと、わざとあんなことを。
でも、本当にまだ何か隠していたら……。
不安を拭えずに様子をうかがっていると、パラポラはうつむき、「フフフ……」と低く笑い始めた。
その笑いに気圧されてわずかに身を引くと、パラポラはゆっくりと顔を上げた。口元に薄い笑みを浮かべたまま、片手を振る。
何、何の音?
周囲から耳障りな音が聞こえてくる。音のする方へ目を向け、思わず息をのんだ。
槍を持ったアンツ族が、木々の間を抜けて上空へ飛び出してきた。その後ろからも、さらに何体も。森から次々と現れる群れの羽音が、たちまち辺りを埋め尽くした。
ど、どうなってるの、何なの、あれ……。
呆然とするこちらをよそに、パラポラはいつもの落ち着いた口調で言った。
「さっきずいぶんやられてしまいましたので、残りはたったの百体。これで何とかなるとよいのですが」
う、嘘よ。連れてきたのは百体だったはず。もしかして、アタシたちを騙してたの? 初めからアタシたちが裏切るのが分かってたってこと? そんな……! あいつ、一体どれだけ疑り深いのよ。
どうしよう。どうしよう、マスター。
すがるように見上げると、バンビーノは銃に弾を込めようと無言で懐を探っていた。取り出した弾入れを開き、中が空なのを見て舌打ちを漏らした。
弾切れ……? そんな……。
マスターには使える武器もないし、けがで立っているのもやっとのはず。こっちもさっきのでかなり体力を消耗しちゃった。変身だってもうすぐ解けてしまうし、もう逃げるしか――。
そう思って辺りを見渡したが、アンツ族が次々と回り込み、あっという間に取り囲まれてしまった。不敵な笑みを浮かべた魔族たちが槍を構える。前にも横にも、こちらを向いた穂先が並び、背後からも羽音が聞こえてくる。
逃げ場なんて、どこにもない。……殺される。
思わず後ずさりすると、パラポラが目つきを鋭くし、さっと手を振った。
「行きなさい!」
号令とともに、アンツ族が一斉に襲いかかってきた。
もうだめだ!
目をつむった、そのときだった。
ゴォォッ、と凄まじい音が辺りを震わせ、熱風が顔を叩いた。
はっと目を開けると、森の奥から噴き出した青白い炎が、迫るアンツ族を横からのみ込んでいた。魔族たちは悲鳴を上げる間もなく焼き尽くされ、煙となって消えていく。
ど、どうなってるの!?
目を凝らすと、炎の向こうにいくつもの黒い影が揺らめいていた。やがて金の装飾がきらりと光り、紺色の鎧をまとった騎士たちが、炎の切れ目からゆっくりと姿を現した。
あ、あれはまさか……!?
「リオレス王家の家臣団か……」
バンビーノがふっと笑った。その直後、先頭に立つ白い長髪の男が大剣を掲げた。
「かかれぇっ!!」
騎士たちが一斉に剣を抜き、「うおおおっ!」と雄叫びを上げて、隊列の乱れたアンツ族の群れへ突っ込んでいく。魔族たちも慌てて向きを変え、左右から回り込むように襲いかかった。
騎士たちは、ほんの十人。瞬く間に四方を囲まれたが、誰もひるまない。突き出される槍を弾いて間合いを詰め、次々と斬り伏せていく。背後から飛びかかった魔族も、振り向きざまに地面へ叩き落とされた。
すごい! あれだけの数を、ものともしない。さすがはリオレス国の精鋭たちだ。
なかでも、先頭の二人は桁違いだ。
白い長髪の男が、炎をまとった大剣を振るう。そのたびに炎が宙を駆け、群がる魔族たちをまとめて焼き切っていく。
あいつ、知ってる! イオンの護衛兼世話役、ヴァルナス・ヌエス・ウォルナット……!
城に潜り込んだときに、ずっとイオンにべったりだった奴だ。
それと、もう一人……!
「オラオラ! 弱すぎんぞ。やる気あんのか、お前ら!」
青白い炎を巻き上げながら、赤髪の男が双剣を振るい、群れの中へ切り込んでいく。双剣を包む炎に触れた途端、魔族たちは煙のように蒸発し、跡形もなく消えていく。
あいつ、強すぎる。頬の紋章、神族ね。それに、あの襟元の勲章、もしかして大隊長!?
リオレスの大隊長で、神族。しかも、青白い炎……。
もしかして、“劫火”のマンドラン……!?
思わず目を見開く。信じられない。どうしてあんなやつらがここに? 何で助けに来てくれたの?
呆気に取られていると、白い長髪の男が周囲を見渡しながら「姫様!」と叫んだ。
そうか、イオンを助けに来たんだ。アタシたちを助ける理由なんてないもんね。
とにかく、助かった。今のうちにバンを助けに行かないと。
そう思って駆け出した瞬間、炎の斬撃がこちらへ飛んできた。
うわっ!?
とっさに身をかわしたものの、二発目、三発目が続けざまに襲ってくる。慌てて氷の息吹で炎をかき消すと、ぶわっと蒸気が広がり、一瞬、目の前が真っ白になった。
その中から、白い長髪の男が飛び出してきた。避ける間もなく、どんっと身体に衝撃が走り、地面へ押し倒された。
違う。アタシは敵じゃないわ! そう言おうとしても、口から出るのはキャンキャンという鳴き声ばかりだ。
「大人しくしろ!」
首に回された腕が食い込み、身体を地面へ押さえつけられる。身をよじっても、その腕は少しも緩まなかった。
苦しい……。マスター、助けて!
すがるように視線を向けたが、バンビーノも赤髪の男に襲われていた。けがをした身体で攻撃をかわすのが精一杯で、こちらを振り向く余裕さえない。
白い長髪の男が、鎧をまとった身体をさらに押しつけてきた。
「化け狼! 姫様はどこだ! 教えんとただでは済まさんぞ!」
痛い! やめてよ! アタシは敵じゃないってば! イオンは無事よ。今は孤児院に――。
そこで孤児院へ目を向け、ぎょっとした。
パラポラ……!
ぼろ布をかぶって身を隠し、建物の近くでちらちらと周囲をうかがっている。
一体、いつの間に――! どうやって、この乱戦をかいくぐったのよ。
まずい! このままじゃ、イオンが!
……離して! 力いっぱい身をよじっても、身体を押さえる腕はびくともしない。
その間にも、パラポラは孤児院の扉へと歩み寄っていく。
待って! 待ちなさい! そっちへ行かないで!
ギャンギャンと吠え立てると、パラポラがこちらを振り向いた。だが、ふっと笑っただけで、そのまま扉に手をかけてしまった。
イオン――!
「……っさいわね。何をぎゃあぎゃあ騒いでんのよ――」
その声とともに、ガチャリと扉が開いた。
えっ?
中から現れたのは、異形のものだった。青々とした髭の跡に、筋肉の盛り上がった巨体。そのくせ、身にまとっているのは草を編んだような、ひらひらしたドレスだ。
あまりの迫力に圧倒されたのか、パラポラは身動き一つせずに立ち尽くしていた。
異形のものがそんなパラポラに目を留めた。ぴたりと固まり――その直後、わなわなと震え始めた。
「イ、イ、イ……」
「い……?」
パラポラが困惑した声を漏らす。
「イヤァァァァァァァ!! 虫ィイイイイイイイっ!!!!」
悲鳴とともに、その巨体がパラポラめがけて肩から突っ込んだ。
ドガァァァンッ!!
爆発のような衝撃音とともに、パラポラは「ぎゃああああ――っ!」と情けない悲鳴を上げながら、水平線の彼方へ吹き飛んでいってしまった。




