シーン51 勝利の美酒
ギースたちを倒した俺たちは、意気揚々と孤児院へ帰ってきた。
せっかくだから、ささやかなお祝いでもしようと提案すると、皆も快く賛成してくれた。
準備をイオンたちに任せ、戦いの後始末を済ませて食堂へ戻ると、中から皆の楽しそうな話し声が聞こえてきた。水を差すのも悪いと思い、扉を開ける寸前で手を止め、そのまま耳をそばだてる。
「でも、あのすごく大きな黒い人が相手だったんでしょ。怖くなかったの、お姉ちゃん?」
「うん、みんながいたから全然!」
いつになく弾んだイオンの声だった。子供からの返事は聞こえてこない。恐らく照れてるんだろう。少し間を置いて、彼女の言葉が続いた。
「みんなの方こそ、たくさんの怖い人たちを相手にして、勝っちゃうなんてすごいよ」
「あんなやつら、全然大したことないよ」
その誇らしそうな声に、胸を張っている姿が目に浮かぶ。その後は、皆が口々に互いの健闘をたたえ始めた。声が重なって何を言っているのか聞き取れないが、楽しそうな様子は伝わってくる。俺は口元が緩みそうになるのをこらえ、わざとため息をついた。
「まったく、あいつら。肝心な男を忘れやがって」
身体を入れ替える作戦も、罠も、考えたのは俺だぞ? 俺のおかげで連中に勝てたと言っても過言じゃないだろうが。それなのに、感謝の言葉ひとつないってどういうことだよ。ここはいっちょ、説教してやらないと。
ドアノブに手をかけたところで、ふと思いとどまった。
――いや、待てよ……?
入れ替わりが成功したのって、俺のおかげじゃなくないか? 俺考案のおいろけ大作戦は結局失敗して、うまくいったのはイオンが機転を利かせてくれたからじゃないか。
それに、クモの罠だってそうだ。オーブの効果が切れる時間を見誤って、洞窟の主を起こしてしまった。そのせいで、子供たちを余計な危険にさらしてしまった。
……しかも、しかもだ。俺って、何かしたっけ?
連中と直接やり合ったのは、イオンと子供たちだ。俺はずっと藁の中に隠れていただけ。イオンの身体に入ったあとも、縛られたふりをしていただけだ。最後の最後でおいしいところを持っていっただけじゃないか。
まずい! またしても全然活躍していない。こんなんじゃ、あいつらに合わせる顔が――
そう思ったそのときだった。
「それと、もちろん――」
「バンさんのおかげ!!」
「バンのおかげ!!」
イオンと子供たちの声がそろった。俺は何故か見つかるとまずい気がして、慌てて息を止めた。
「すごいんだよ! バンの言うとおりにしてるだけで、みんな罠に引っかかっちゃうんだ」
「私も! 入れ替わりがばれたときは、もうだめだって思ったんだけど、バンさんのとっさの機転のおかげで、どうにかなったの」
『すごいよね!』
再びそろった声に、俺はわざと舌打ちした。
「……どこがすごいんだよ。嬉しそうに話しやがって。これじゃ、ますます入りづらいじゃないか」
そう呟きながらも、口元が緩むのを抑えられなかった。ドアノブに手をかけたまま、どうしたものかと迷っていると、中からサラの心配そうな声が聞こえてきた。
「でも、お姉ちゃん。少し怪我しちゃったね。痛くない?」
「バンさんを助けに行こうとしたときに転んで、ちょっと擦りむいただけだよ。だから、全然大丈夫」
「よかったぁ。あと、エドたちも。一番心配してたんだけど、無事みたいだね」
「うん。僕だけびりびりでやられちゃったんだけど、全然痛くないんだ。もしかして、手加減してたのかも」
「うーん……悪い人たちだから、どうだろう。でも、無事ならよかった」
サラがそう答えると、コナーの声が割って入った。
「ねえ、僕も無事だよ。よかったでしょ? ねえ、よかったって言ってよ」
「もう、分かってるわよ。うん、よかった、よかった。みんな無事で、よかった」
「……ちっともよくねえよ」
低く呟いて扉を開けると、一斉に皆の視線が集まった。「バンさん」「バン」と声が上がる中、俺は真顔で続ける。
「見てみろ、俺の姿。元の身体に戻ったのはいいが、ギースのダガーでやられたせいで、身体中痺れて震えが止まらないし、髪の毛だって、ほら、ちりちりだ」
大げさに手を震わせ、髪の毛を立ててみせると、子供たちはぷっと噴き出し、声を上げて笑った。予想どおりの反応にほっとしたが、イオンだけは心配そうな顔で駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。私のために、こんな酷い目に。痛いですよね……」
「冗談だよ。本当は、全然痛くないしな」
やせ我慢をして胸をどんと叩き、そのまま話を変えた。
「それより、遅れて悪かったな。ちょいとギースたちの処分に手こずってたんだ」
「し、処分って……何かしたのですか?」
不安そうなイオンにふっと笑ってみせ、腰に下げていたかごをぐるりと前へ回した。それを覗き込んだ彼女が、目を丸くする。
かごの中では、親指ほどの赤と白のキノコがうごめいていた。必死に足を動かして這い上がろうとするが、手がないせいで滑り落ちてばかりだ。
「これって、あるき茸……ですよね?」
「いや、ギースたちだ」
「えっ!?」
イオンの声に、子供たちも席を離れて駆け寄り、興味津々でかごを覗き込んだ。
「全員、オーブで入れ替えてやった。時間はかかっちまったが、これでもう二度とイオンを攫うことなんてできないはずだ」
「すっごーい!」
子供たちはさっそく、あるき茸をつんつんと突き始めた。ギースたちは踊るように身体をくねらせるばかりで、逃げることもできない。
「面白いね」とはしゃぐ子供たちに、イオンはくすりと笑いながらも、「でも、少しかわいそう」と申し訳なさそうに言った。
このままじゃいつまでたっても始められそうにない。そう思った俺はさっとかごを後ろへ回して隠した。
「さあ、こんなことより乾杯だ。みんな席について、グラスを持って待ってろ!」
そう言って俺はいったん台所へ引っ込み、飲み物の入った水差しを手に取った。
中の薄桃色の液体からは、爽やかな匂いがする。カリコの実とやらを絞った飲み物らしく、お祝い事のときにふるまうそうだ。当然飲んだことはないが、どんな味がするのかなんて、今はどうでもよかった。
それを持って食堂へ戻ると、子供たちはグラスを手に、待ちきれないといった様子でこちらを見ていた。俺は「よく頑張ったな」「お前も大活躍だったぞ」と声をかけながら、一人ひとりのグラスに飲み物を注いでいった。
イオンにも注ごうとしたところで、彼女がグラスを持っていないことに気づく。
「私は助けられた側なので……」
そう言って遠慮するイオンに無理やりグラスを持たせ、飲み物を注いだ。水差しをテーブルに置いて彼女の隣に腰を下ろすと、俺は声を張り上げた。
「みんな、本当によくやったな。お前たちのおかげでイオンを守ることができた。頼もしかったぞ。それと、イオンだってそうだ。狙われている本人で、一番怖かっただろうに、精一杯立ち向かった。みんなが頑張ったからこそ、勝てたんだ! ……っと、がらにもなく熱くなっちまったな。それじゃあ、お前たちの勇気と、俺たちの大勝利を祝して、かんぱーい!」
『かんぱーい!!』
子供たちは両手で持ったグラスを一斉にぐいっと傾けた。よほど喉が渇いていたのか、ごくごくと勢いよく飲んでいる。お互いの健闘をたたえるにぎやかな声が飛び交う中、イオンも遠慮がちにちびちびと飲み始めた。
ほっとしながらその様子を眺めていると、イオンがこちらの視線に気づき、不思議そうな顔を向けてきた。
「あれ? バンさんは飲まないのですか?」
「……ああ、ちょっとな」
答えをはぐらかし、そのまま待っていると、次第にイオンの頭がゆらゆらと揺れ始めた。
「……な、何だか急に眠く……」
言い終わる前にグラスが手から滑り落ち、イオンがふっと意識を失った。俺は倒れかけた身体を抱きとめ、椅子から落ちないよう、背もたれに寄りかからせた。覗き込むと、穏やかな顔ですやすやと寝息を立てている。
そっと立ち上がって周りを見渡すと、あれほど騒がしかった食堂は静まり返り、子供たちも全員、テーブルに突っ伏して眠っていた。
俺は腰元から紫の花が連なる草を取り出し、まじまじと眺めた。
「……すごい効き目だな」
そう呟き、ネム草をあるき茸の入ったかごと一緒にテーブルに置いた。そして、もう一度皆の様子を見回してから、静かにその場を後にした。
誰ひとりいない廊下には、歩くたびに木の床板がぎしりと鳴る音だけが響く。
これから何が待ち受けているか分かっているのに、足取りは軽く、心は穏やかだった。
やがて入口の扉にたどり着いた。ドアノブに手をかけ、いったん目を閉じて大きく息を吐く。
……よし、行くか。
意を決して扉を開けると、強い日差しに一瞬目がくらんだ。
ほどなくして明るさに慣れると、視線を上げて周囲を見渡す。
そこには予想通りの光景が広がっていた。
黄緑色の身体に蟻のような顔をした魔族たちが、槍を構え、孤児院を取り囲むように整列している。
その数は十や二十どころじゃない。しかも、カイルの屋敷で見たやつらより明らかに強そうだ。どいつもこいつも身の丈は二メートル以上あり、中には五メートルを超えそうなやつまでいる。
だが、こちらが気づいているとは思っていなかったのだろう。
戸惑う魔族たちに向かって、俺は笑顔で「よぉ」と声をかけた。




