シーン49 様子のおかしい男
「おわっ!」
目を開けたギースは、突然視界に入った大男に思わず声を上げた。
ほっとしたような表情で、「良かった」と野太い声が上がる。黒光りする顔にかけた黒いサングラスが、キカイ石の淡い明かりを怪しげに映していた。
何だ、ドリントンか。脅かせやがって。
ふぅと息をついて身を起こす。どうやら、あれから気を失っていたらしい。体の痛みはだいぶ引き、いつの間にか裸の上半身に包帯が巻かれている。それも、ずいぶん丁寧な巻き方だ。
ドリントンの仕事じゃねぇだろうな。だとすると、あいつか。
そう思い辺りを見回したが、黒い灰になったクモの死骸があるだけで、ほかに人影はなかった。
「ここに女のガキがいなかったか?」
「さっきまでいたんだが、わた――俺の姿を見て逃げてしまったぞ」
「ふっ、そりゃ、無理もねぇな……ああ、そうだ。子グモにやられた部下どもはどうした?」
「一旦外へ戻らせた。落とし穴に落ちていた奴らも一緒だ」
「はぁ? 何でだ。まだお姫さんを手に入れてねぇだろうが」
何故かドリントンからの返事はない。一度口を開きかけるも、ためらうように唇を結んでしまった。たっぷりと間を置いてから、ようやくおずおずと切り出した。
「もう諦めないか?」
「諦める? 何をだ?」
「……みんなこの洞窟でひどい目に遭って、怯えてしまっている。お前も怪我をしていることだしな」
そう言って、ドリントンは顔を伏せた。
諦めるって、姫の誘拐のことか? ここまで来て、そんなのありえねぇだろ。ドリントンのやつ、一体何を考え……ははーん、分かったぞ。
ギースはふっと口元を緩めると、それ以上何も言わず、続きを待った。そのまま長い長い沈黙が続く。やがて、耐えきれなくなったのか、ドリントンがゆっくりと顔を上げた。
「……ど、どうした? まだ考え中か? 諦めて撤退しようということなんだが」
「えっ? いや、てっきりいつもの冗談だと……撤退って、お前それ、本気で言ってるのか?」
「ああ。このまま進めば、お前がひどい目に遭う気がする。さすがにそれはかわいそ――まずいからな。今ならまだ間に合う。今回はイオンの誘拐は諦めよう」
ギースは怪訝そうに眉をひそめた。
「どうした、ドリントン。さっきから、らしくねぇじゃねぇか」
「……らしくないとは?」
「いや、お前、人の心配するような奴じゃないだろ? それに、いつも以上によくしゃべるし。おまけにイオン呼びってお前、友達じゃねぇんだから」
「た、たまにはいいじゃないか」
そう言って顔をそらした。
「……まあ、お前のおかしさは今に始まったことじゃねぇ。いつもどおりと言えばいつもどおりなんだが……でも、それだけじゃねぇ。お前のその格好は何だよ」
「か、格好?」
「まず一つ目。Yシャツどこにやったんだよ。上着しか着てねぇじゃねぇか。それと二つ目……その座り方。まるで女みてぇじゃないか」
ぺたんと女の子座りをしていたドリントンは、指摘されるなりさっと座り直した。
「Yシャツは……ちょっと暑かったからだ。座り方は……じ、冗談だ」
「……冗談ねぇ」
ギースの疑いは消えなかった。
「それと、最後に三つ目だ。いつの間にかブラスターをつけてるようだが……」
言い終わらないうちに、ドリントンが慌てて口を挟んだ。
「こ、これは念のためだ。あいつら、なかなかやるもんだから、いざ戦いになったときに備えておこうと思ったんでな」
「いや、そうじゃねぇ。お前、左利きだろうが。何で右腕につけてやがる」
ドリントンは右腕のブラスターに目をやると、こほんと咳払いをした。無言で取り外し、左腕につけ替える。なおも疑わしげに見つめるギースを前に、何かを思い出したようにはっと顔を上げた。
「そうだ……実は一つ、言ってないことがあったんだ」
「何だ?」
「さっき、奴らとの戦いで頭を打ってしまってな。ここ最近の記憶が無いんだ」
「何!? 大丈夫なのか?」
「ああ。大体のことは覚えてるんだが……あのバンさ――バンとかいう奴に罠にはめられてな。そのせいで、その……たまにやることとか、話し方とかがおかしくなってしまうんだ。……お、思い出した。Yシャツもそのとき破れてしまったんだ」
それを聞くと、ギースの表情がほっとしたように緩んだ。
「何だ、そういうことかよ。ようやく合点がいったぜ。全く、へましやがって」
「ごめんなさ――悪い……」と、ドリントンはぺこりと頭を下げた。
「とにかく、撤退なんてありえねぇ。今すぐリオレスの姫を探しに行くぞ」
そう言って立ち上がろうとすると、ドリントンが不安げな声を上げた。
「大丈夫なのか。お前、怪我しているんだぞ? もう少し休んだほうが……」
「もたもたしてっと、あのでかいオカマが起きちまうだろうが」
「オビィか。確かに、あいつは厄介だ」
「……あぁ、それに、奴らが応急処置してくれたおかげで、今はそんなにつらくもねぇ。この包帯も、いい仕事だ」
途端にドリントンの表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか? 本で覚えただけですけど、うまく巻けていたならよかったです」
見たこともない朗らかな表情に、思わずはぁとため息が漏れた。
「全く、面倒なことになりやがったぜ。ほら、行くぞ」
そう言って、ギースは立ち上がった。
***
来た道をいったん戻り、今度は「当たり」の穴へ入っていく。さっきとは違って道幅は狭く、空気もじっとりと湿っている。しかし、こちらにはクモどころか、生き物の気配すら感じられない。
どうやら、本当に「当たり」らしい。
道は幾つにも枝分かれしていたが、ドリントンは迷いなくずんずんと進んでいく。ギースは多少怪訝に思ったものの、ほかに当てがあるわけでもない。黙ってその後を追っていると、やがて天井の高い空洞へ出た。
周囲の白い岩壁からは無数のキカイ石が突き出し、その淡い緑色の光に、大きな泉の水面が照らされている。そこへ滝が勢いよく流れ込み、空洞の中には激しい水音が響いていた。
「あの岩だ。向こう側に道がある……」
そのまま先へ進もうとするドリントンの肩を、ギースはつかんで引き留めた。
「ちょっと待て。お前、さっきからずいぶん迷いなく進んでいくじゃねぇか。何か当てでもあるのか?」
その問いかけに、ドリントンはおずおずと振り返った。すぐには答えず、何かを考えるように天井を見上げて、やがてぽんと手を打つ。そのままふぅと大きく息を吐くと、意を決したように口を開いた。
「実は、イオ――お姫さんはすでに捕らえている」
「何!? 何でさっさと言わねぇ」
「さっき言っただろ? 記憶喪失だって。ついさっき思い出したんだ」
「そうだったのか。でかしたじゃねぇか」
ギースが喜びの声を上げても、ドリントンはなぜか浮かない顔をしていた。
「本当に行くのか? 今ならまだ引き返せるが……」
「馬鹿言ってねぇで、ほら、さっさと案内しろ」
肩をとんとたたいて促すと、ドリントンはしぶしぶ「こっちだ」と言い、先へ進んだ。その後を追って円形の空間へ足を踏み入れた途端、ギースは目を見開いた。
リオレスの姫君だ。
地面に敷き詰められた大量の藁の中央に、縛られたまま座っている。何かを伝えるように必死で喚いているが、口元まで縛られていて、何を言っているのかは分からない。
周囲を見回すと、おかしなピンクの照明が目に入った。壁の崩れた辺りには、岩の破片が散らばっている。だが、ほかに人の姿は見えなかった。
「一時はどうなることかと思ったが、まさかこんなにあっけなく終わるとはな。お前のお陰だ」
ギースはドリントンの背中をバンとたたいた。
「ま、まぁな……」
ドリントンが照れくさそうに笑い、小さくほっと息を吐いたところで、姫がひときわ大きな声を上げた。藁の上に体を伏せ、身をよじりながらこちらへ近づこうとしてくる。
その必死な表情を見て、ギースはにやりと笑った。
「全く、往生際の悪い姫様だぜ。いや、もしかして、早く連れてけっていってるのか? それじゃあ、ご希望通りに――って、言いてぇところだが……!」
ギースの表情が一変する。
目つき鋭く腰元のダガーを抜くと、間髪入れず藁束の中へ投げつけた。バリバリッと電光を散らす刃が飛び込むと、「ぐあっ……!」とくぐもった悲鳴が上がった。
「バンさん!!」
ドリントンが悲鳴のような声を上げるや、ギースはその横へ回り込み、もう一本のダガーを突きつけた。
「案内ありがとよ。にせ物野郎」
そう言って、ギースはにやりと笑った。




