シーン4 囚人三号
「いだだだっ、あまり引っ張るな!」
「うるさい。早く来い!」
長髪の男に腕をつかまれ、冷たい階段を引きずられるようにして降りていく。地下へ進むほど空気は湿り、石壁から染み出した冷気が裸の肌にまとわりついてきた。
階段を降りきった先に、錆びついた鉄格子が見えた。どうやら牢屋らしい。そう理解した瞬間、背中を乱暴に押された。
「おわっ!」
受け身を取る暇もなく、冷たい床に転がる。床の冷たさが、肌に直接突き刺さった。背後で鉄格子が閉まり、ガチャリと重い鍵の音が響く。
「な、何しやがる!」
「明日、どうやって侵入したかゆっくり話を聞かせてもらう。それまでそこでじっとしてろ!」
男は苛立たしげに吐き捨てた。
「待った! こんな姿じゃ風邪ひいちまう!」
「自業自得だ! これでも着てろ」
そう言ってぼろ布を牢の中へ放り込むと、男は踵を返して去っていった。
くそっ……なんて野蛮な奴だ。俺が本気を出せば、お前なんて一瞬で素粒子レベルまで分解できちまうんだぞ。それを分かってるのか。
ぶつぶつと文句を言いながら、ぼろ布を体に巻きつける。肌触りは最悪だが、裸でいるよりはましだった。わずかに寒さがやわらぎ、ほんの少しだけ息を吐く。
さてと、ここはどこだ?
顔を上げると、湿った石壁と錆びた鉄格子が目に入った。床に敷かれた藁は水気を吸い、地下特有の湿った匂いを放っている。
思った通り――文明レベルは相当低い。
とはいえ、命があっただけ幸いだ。普通、次元の狭間に放り出されたら、一生さまようか、宇宙空間に投げ出されるかのどちらかなのだから。問題は、この未開惑星で四次元空間へ戻るための船を造れるかどうかだが……。
そんなことを考えながら牢の中を見回していると、ふと、あるものが目に入った。天井の中央につるされた小さな球体。内部では淡い光が瞬き、暗い牢の中をぼんやりと照らしている。
一見すると、ただの照明だ。だが、奇妙なことに、どこにも線がつながっていない。完全に独立した灯り。この文明レベルにあっていい代物じゃない。古びた地下牢の中で、あれだけが妙に浮いている。
「……一体、どこなんだ? ここは」
そう呟いたときだった。
「現実逃避か?」
牢の隅から、低い声が聞こえてきた。
声のした方へ顔を向けると、薄暗がりの中にひとりの男がいた。床に寝転がり、右腕を枕代わりにしている。
歳は五十ほどだろうか。白髪交じりの短い黒髪に無精ひげ、鋭い緑の瞳。だが、その目にはどこか生気がない。粗末な灰色の囚人服は擦り切れ、左の袖だけが力なく垂れていた。そこにあるはずの腕は、なかった。
「……お前、誰だ?」
そう尋ねると、男は乾いた笑いをこぼした。
「俺か? 俺は、囚人三号だ」
囚人三号?
変な名前だな。語呂も悪いし。改名したほうがいいんじゃないか? まあ、そんなの余計なお世話か。
「俺はアクセルだ。アクセル・バンデット。囚人三号って呼ぶのも堅苦しいし、三号でいいか?」
「好きにしろ」
そう言うと、男は面倒くさそうに目を伏せた。
ぶっきらぼうではあるが、聞いたことにはきちんと答えてくれる。人語の通じないさっきの野蛮人とは大違いだ。こいつだったら、俺の知らないことを色々教えてくれそうだな。
「なあ、三号」
「……なんだ?」
「実は俺、記憶喪失でな。名前以外、何もかも忘れちまったんだ。悪いが、この星のこと、色々教えてくれないか?」
もちろん嘘だ。だが、異次元から来ましたなどと正直に言ったところで、信じてもらえるわけがない。ただ、記憶喪失という割には妙に明るく言いすぎたせいか、三号はあからさまに怪訝な顔をした。
「断る。なんでそんな面倒なことをしなきゃならないんだ」
そう言うと、寝返りを打って、こちらに背を向けてしまった。
「なあ、頼む。教えてくれよ」
反応はない。普通に頼んでも駄目か。
なら仕方ない。ここはひとつ、本で読んだ交渉術を使うか。交渉に必要なのは、粘り強さ。今こそ、それを試すときだ。
三号のそばまでにじり寄り、その耳元へ口を近づけた。
そして――。
「お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い……おねがーーい」
ウィスパー・ボイスで囁く。
背中が、ぴくりと動いた。
よし。もう一押しだ。
「お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い……おねがーーい」
今度は吐息を多めにしてみる。
「だあっ、うるせぇ!」
跳ね起きるように体を起こした三号が、俺の肩をどんと押してきた。
「気持ち悪いんだよ! 寝られないだろうが!」
「じゃあ、教えてくれるか?」
「馬鹿が。余計教えたくなくなったぜ」
吐き捨てるような声が返ってくる。
「そんなこと言っていいのか? 俺はお前が教えてくれるまで、ずっと耳元でお願いし続けるつもりだぞ」
そう言って、にやりと笑う。
返ってきたのは、鋭い睨みだった。
三号は苛立ちまぎれに床をどんと叩き、低い声を絞り出した。
「……何が聞きたいんだ」
「話の分かる奴で助かるよ――それじゃあまず一つ目だ。ここはどこなんだ?」
「そんなの見りゃ分かるだろ。リオレス城の地下牢だ」
「リオレス……国の名前か?」
呆れたようなため息が返ってきた。
「五大国のひとつ、リオレス国。世界最古の人間の国だ」
「へぇ、そうなのか。わざわざ『人間の』なんてつけるってことは、ほかにも種族がいるのか?」
「……こいつは重症だ」
三号は片眉を上げ、かすかに口の端を歪めた。
「この星には人間以外に、神族と魔族がいる」
「三種族が共存しているのか? 珍しいな。それぞれどんな特徴があるんだ?」
再びため息が返ってきた。それでも、俺にもう一度耳元に口を近づけられるよりはましだと思ったのか、しぶしぶ続きを話し始める。
「人間は説明いらないだろ。俺やお前のことだ」
「ああ」
まあ、正確に言うと俺は違うが。面倒なことになりそうなので、そこは黙っておこう。
「次に神族。見た目は人間に近い奴が多い。違うのは、体のどこかに紋章があることだ」
「紋章?」
「神族の証みたいなもんだ。それと、あいつらはキカイ石を糧にして生きる。そいつが尽きなきゃ、千年生きるといわれている」
「千年? 長生きだな」
「ああ。その上、体内に蓄えたキカイ石の力で、自然現象を操ることもできる」
「へぇ、ずいぶん恵まれた種族だな」
「その代わり、繁殖力が低い。かつての大戦で数も減らした。今じゃ絶滅寸前だ」
強くて長命な、並外れた種族だが、万能ではないってとこか。
「キカイ石っていうのは?」
「世界各地に点在するエネルギーの塊だ。神族にとっては食い物みたいなもんだな」
「はぁ……」
いまいち飲み込めないまま相槌を打つが、三号はかまわず話を続けた。
「最後に魔族だ。こいつらは見ればすぐ分かる。虫みたいな姿をしているからな。神族のように自然を操る力はないが、身体能力と繁殖力はずば抜けている。ただ、イグナイトを使えない欠点がある」
「イグナイト?」
聞き慣れない単語に首をかしげると、三号は天井の灯りを指した。
「あれだ」
あの光る球……さっきから気になっていた。
「イグナイトは、キカイ石の力を蓄えるための球体だ。そのイグナイトを使った道具や仕組みをまとめてキカイと呼ぶ。あの照明は、最も単純なキカイだな。使い方次第では、船の動力にも兵器にもなる」
なるほどな。中に力を蓄えているから、どこにも線がつながっていないのか。
「なぜ魔族はそのイグナイトを使えないんだ?」
「触れた瞬間、命を吸われる。だから、イグナイトを扱うのは人間くらいだ。キカイ石とイグナイト。その力で、非力な人間は神族や魔族に匹敵する力を得た」
命を吸われる? どういう仕組みだ?
まあ、今はそこまで考えても仕方ない。要するに、魔族にとってイグナイトは、命を奪われかねない危険な代物ってわけか。
……そう言えば。
「神族はキカイ石やイグナイトを使わないのか?」
「使えないわけじゃない。だが、キカイ石は神族にとって命みたいなもんだ。人間みたいに、キカイに消費するような真似はしない。あいつらからすれば、イグナイトなんざ忌み嫌う代物だ」
そういうことか。
普通なら、一つの星でここまで性質の違う種族が並び立つことは珍しい。だが、キカイ石とイグナイトという存在があるせいで、この星では三つの種族が危うい均衡の上で共存しているってことだな。
……おっと。
重要なことを忘れていた。
「この星の名前は何て言うんだ?」
「……アークだ」
何を今さら、という顔だった。
だが、俺にとってはその低い一言が、胸の奥にずしんと響いた。心臓がどくんと跳ねる。
「アーク? 今、アークって言ったか?」
思わず詰め寄ると、「いちいち近寄るな」と肩を押されてしまった。
それでも、胸の高鳴りは収まらない。
なんだよ。ここがアークかよ。目的地じゃねぇか。
なんて幸運だ。
こんなこと、本当にあるんだな。
……いや、ちょっと待てよ。
おかしい。俺が向かっていたアークは、すでに生命が死に絶えた星だったはずだ。なのに、ここには国があり、人がいて、文明まで残っている。少なくとも、生命が死に絶えた星には見えない。
なら、考えられる理由はひとつ。
俺は、アークが崩壊する前の時代に来ちまったのか。
だとすれば、前任者がまだこの星にいるはずだ。
まずは、そいつに会わないとな。
「……どうしたんだ?」
三号の怪訝そうな声に、はっと我に返った。
どうやら、考えていることがすっかり顔に出ていたらしい。気まずさをごまかすように、ごほんと咳をする。
「つかぬことを聞くが、三号はこの星のコントラクターを知ってるか?」
「……はっ?」
何を言っているんだ、とでも言いたげな顔をされる。
おっと、まずい。この星の文明レベルじゃ分からないか。何て言えばいいか……。
「ええと……この星で一番偉い奴を教えてくれないか? ただ偉い感じじゃなくて、もっとこう、崇め奉られている感じの。昔の話でもいいぞ」
「それなら、創造神ミリアムだな。この星を創った神族のトップだ」
「そうそう、そいつだ。それで、そのミリアムってのはどこにいるんだ?」
「……死んだ」
「……死んだ?」
「ああ。とうの昔にな」
愕然とした。
今の話からすると、そのミリアムっていうのがこの星のコントラクターだろう。それが死んだ? 死んだってどういうことだよ。
コントラクターがいない。つまり、この星を管理する存在がいないということだ。そんなの、もう無法地帯じゃないか。
だが、そう考えると色々と合点がいくこともある。三種族の危うい均衡も、文明レベルに合わないイグナイトも、俺がこの星に派遣された理由も、全部が線でつながってくる。
――だが、どうも腑に落ちない。
「本当に死んだのか? 不死のはずだろ?」
「な、なんで知ってる……」
三号は意外そうに目を見開いた。だが、すぐにしまったという顔をして、視線を伏せた。
「なんだ、その反応。そのミリアムっていう奴、本当に死んだのか?」
そう聞いても、返事はなかった。話は終わりだとばかりに再び寝転がり、こちらに背を向けてしまった。
もう一度そばににじり寄り、さっきの手を使ってみる。
「お願い、お願い、お願い、お願い、お願い、お願い……」
しかし、今度は頑として動かなかった。
こりゃ駄目だ。方法を変えよう。
「交換条件でどうだ? その情報と、お前の欲しいものを交換するっていうのは」
三号は背を向けたまま、鼻で笑った。
「交換? ここがどこだか忘れたのか?」
「そこは任せろ。何かないのか? 欲しいもの」
すぐには答えが返ってこなかった。湿った藁の上で、小さく息を吐く気配だけがする。
「俺は一生ここから出られん。今さら何をもらったって、どうしようもない」
「一生? いったい何をしたんだよ」
「お前には関係ない」
そう言うと、口を閉ざしてしまった。
いつからいるのか知らないが、一生こんな狭い所じゃ、つまらないだろ。それに、今はとにかく情報が必要だ。どうにかして説得しないと。
少し考えて、ぽんと膝を打った。
「よし。じゃあ、ついでにここから出してやる。それならどうだ?」
その肩が、わずかに動いた。
「……そいつはありがたい」
「じゃあ、教えてくれ。お前の欲しいもの」
「そうだな……金と地位。それと、女かな。それに加えて、ここから出してくれるっていうのなら、考えてやらんこともない」
金と地位と女。
三つもかよ。欲張りすぎじゃないか?
まあ、それで重要な情報が手に入るんなら安いもんか。
「そうか。分かった。ここを出たら手に入れてくる。任せておけ」
「期待してるぞ」
背中越しに返ってきたその声は、どこまでも気のないものだった。




