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シーン46 子供だまし

ギース達は、リオレスの姫を追って孤児院の裏手へ回った。そこには、海を見下ろす断崖に沿って細い道が延びていた。


足を踏み外さないよう注意深く進むと、白い岩壁に洞窟の入口が見えてきた。中は思いのほか広く、岩肌はじっとりと湿っている。奥にはさらに横穴が開いていたが、その先は暗く、何も見通せない。


やがて黒いスーツ姿の男たちが、続々と洞窟の中へ集まってきた。ギースがタバコをふかしながらその様子を眺めていると、傍らに腰を下ろしていたドリントンが声をかけてきた。


「どうする。このまま突っ込むか?」


「いや、全員で突っ走って、罠にかかって全滅しましたじゃ洒落にならん。まずは偵察だ。どの班にやらせるか……」


ギースが部下たちを見回すと、顔に大きな傷跡のある男が前へ進み出た。


「その任務、俺たちに任せてくれませんか」


後ろに控える五人の目が、ぎらりと光った。首筋に刺青のある男や狐目の男など、見るからに物騒な連中が、ナイフを手に不敵に笑っている。


ギースはわずかに眉をひそめた。このA班は腕こそ立つが、どうもやり過ぎる。たとえ子供が相手でも、容赦しそうにない。だが、今は選り好みしている場合でもなかった。


「……まぁ、いいだろう」と許可すると、「感謝します」と低い声が返ってきた。


「それと、偵察ということですが、もし姫を見つけた場合はどうします?」


「どうもこうもねぇ。連れて帰れ。ただし、絶対に殺すなよ」


「ふっ、努力します。……あぁ、そうだ。ガキどもも中にいると思いますが、そっちは?」


ギースはすぐには答えず、ゆっくりと煙を吐き出した。


「……好きにしろ」


男はにやりと笑うと、仲間たちへ向き直った。


「行くぞ、お前ら。なぶり殺しだ!」


その言葉を合図に、六人は雄たけびを上げ、我先に横穴へ駆け込んでいった。


その直後――


バリバリバリバリッ!!


「ぎゃあああっ!!」


洞窟にありえない音と連中の悲鳴が響き渡った。


やがて辺りがしんと静まり返ると、不安げな視線が一斉にギースへと集まった。当の本人は落ち着き払った様子で、タバコの煙をふぅと吐く。


「……それじゃあ、B班。行ってこい」


「おおいっ!!」


部下たちに一斉に手を突き出され、ギースは思わず身を引いた。


「な、何だ?」


「何だ、じゃありませんよ! 聞こえなかったんですか!? 今の音!」


「ええ、普通じゃありませんよ、この洞窟!」


部下たちが口々に訴える中、ギースは呆れたようにため息をついた。


「仕方ねぇ奴らだな。おい、ドリントン。ついていってやれ」


ドリントンは「やれやれ」と立ち上がって背筋を伸ばし、左腕の黒鋼色の砲身に手を添えた。その具合を確かめ始めたところで、ギースが声をかける。


「おっと待った。ブラスターは置いていけ。こんなところで使って、崩落でもしたらまずい」


「ああ、そうだな」


「……それと、ガキばかりとはいえ、何をしてくるか分からん。気をつけろよ」


「誰に言ってる」


ドリントンはブラスターを取り外すと、部下たちを引き連れ、のしのしと奥へ進んでいった。


***


横穴に入ってすぐ、男たちは足を止めた。目の前の岩壁には、人が通れそうな穴が二つ開いている。それぞれの脇には木製の立札が置かれ、一方には「当たり」、もう一方には「外れ」と書かれていた。


「親切な奴らじゃないか」


そう言って、ためらいもなく「当たり」の穴へ入っていこうとするドリントンを、眼鏡の男が慌てて呼び止めた。


「お、お待ちください。こんなにあからさまに道を示すなんて、どう考えても罠です。我らをはめようとしているのです」


「……確かに。やるじゃないか。さすが眼鏡をかけているだけはある。なら、どっちが正解だ?」


「そうですねぇ……」


眼鏡の男は指でフレームを押し上げると、ぶつぶつと呟き始めた。


「子供の考えることですから、逆に『外れ』の方が安全だと考えるのが自然でしょう。……いや、そういえばあの貧相な男もいましたね。裏の裏をかいて、『当たり』の方が安全かもしれない。……待てよ? そもそも『当たり』『外れ』とは何でしょう? 安全な道が『当たり』だと思っていましたが、危険な道をそう呼んでいるとも考えられます。だとしたら『外れ』の方が安全ということでしょうか? いや、その裏をかいて、実は――」


「……行くぞ」


構わず進もうとするドリントンの前へ、眼鏡の男が慌てて回り込んだ。


「お、お待ちを。それでは、ここは二手に分かれましょう。ドリントン様がそこの二人を連れて『当たり』へ。残った我々が『外れ』へ行くのはどうでしょう」


「俺は構わんが、お前らだけで大丈夫なのか?」


その問いに、眼鏡の男は「ふっ……」と笑った。


「相手は子供ですよ。この私の頭脳をもってすれば失敗することなどありえません。まさに赤子の手をひねるようなものです。おっと、つい難しい言葉が出てしまいましたね」


そう言って仲間を引き連れ、悠々と「外れ」の穴へ入っていった。


その直後――


バリバリバリバリッ!!


「ぎゃあああっ!!」


デジャブのような音と悲鳴が洞窟に響き、やがて途切れた。


耳を澄ませても、穴の奥からは足音ひとつ聞こえてこない。不安そうに顔を見合わせる二人をよそに、ドリントンは何事もなかったように「行くぞ」と言うと、すたすたと「当たり」の穴へ入っていってしまった。


***


えらいことになった。


新人の男はドリントンの後を追いながら思った。


この会社に入ったばかりで、まさか初仕事からこんな目に遭うとは。だが、引き返したいなどとは到底言える雰囲気ではない。後悔しながら、相方とともにイグナイトの明かりを頼りに洞窟内を進んでいく。


突然、前を行くドリントンが足を止めた。何があるのかとその脇から先を覗き込み、男は思わず目を見開いた。


そこには、天井の高い空洞が広がっていた。周囲の白い岩壁からは無数のキカイ石が突き出し、その淡い緑色の光に、大きな泉の水面が照らし出されている。


ドリントンがその上方をじっと見つめているのに気づき、男もつられて見上げた。木のはしごが岩壁に沿って、はるか頭上まで伸びている。


嫌な予感がして、そっとその場を離れようとしたが、肩をがしりとつかまれてしまった。もう一人の仲間を見張り役として残し、男は渋々、ドリントンとともに泉へ向かった。


岸からはしごの下まで渡された木の足場を進み、改めて見上げる。


「た、高い……」


ガキども、こんな崖を登っていったのか?


男がうろたえていると、隣でドリントンがはしごの支柱や横木を確かめ始めた。


「……ま、まさか、ここを登るおつもりですか?」


「心配するな。新人にそんな危険な真似をさせると思うか?」と、ドリントンは優しく微笑んだ。


「当然、行くのは俺だけだ」


「本当ですか!?」


「冗談だ」


すっと真顔に戻ったドリントンに肩を叩かれ、男はびくりと身体を震わせた。何か言い訳をしようとしたが、その顔を見て、何を言っても無駄だと悟った。


仕方なくはしごへ向き直り、震える手で支柱をつかんで登り始めた。


何段か上がると、下からみしりと大きな音がして、はしご全体がぐらりと揺れる。どうやらドリントンも登り始めたらしい。


ただでさえ壊れないかとひやひやしているのに、下からは何度も「早く行け」と声が飛んでくる。心が折れそうになりながらも、一段ずつ慎重に登り、どうにか岩の縁までたどり着いた。


ほっと息を吐いて崖上に顔を出した途端、男は「えっ!?」と声を漏らした。坊主頭の小さな男の子が、そこに立っているではないか。しかも、その隣にある巨大な横穴は、入口が氷で塞がれていた。


何でこんなところにガキが? それに、あの穴、何で凍ってるんだ?


呆然とする男をよそに、男の子はにやりと笑い、その身体に赤いオーラをゆらりとまとい始める。


ま、まさか。


「ま、待っ――」


言い終える間もなく、男の子が放った炎が氷の壁を直撃した。ぴしりと亀裂が走り、水が噴き出す。直後、壁が一気に崩れた。


ドォォォォッ!!


轟音を立てて押し寄せた大量の水に飲まれ、男はドリントンもろとも下の泉へ叩き落とされてしまった。冷たい水が鼻と口に入り込み、身体が水の中でひっくり返る。どちらが上なのかも分からない。


溺れる――そう思ったところで、身体がぐいと水面へ引っ張り上げられた。男は水を吐き出し、激しく咳き込みながら、どうにか「ありがとうございます」と礼を言った。


ところが、ドリントンはこちらに目もくれず、遠くの水際をじっと見つめていた。何があるのかと視線をたどった先では、茶色い髪を白いリボンで結んだ少女が、水面に片手をつけていた。


嫌な予感がした。


次の瞬間――


パキパキパキッ!!


少女の手元から白い氷が水面を走り、逃げる間もなく、男とドリントンは胸から下を閉じ込められてしまった。少女はそそくさと岩陰へ逃げていったが、今はそれどころではない。男は氷に両手をつき、どうにか身体を引き抜こうと力を込めた。


「う、動けない……」


隣ではドリントンが氷をゴンゴンと叩き、大きく振りかぶって拳を打ちつけた。ドゴンという音とともにひびが走る。だが、続けざまに殴っても氷はわずかに欠けるばかりだった。


「助けを呼んできます!」


岸に残っていたもう一人が叫び、慌てて来た道へ駆けだした。そうだ、まだ仲間がいた。これで助かる!喜んだのも束の間、「ぎゃあっ!!」と悲鳴が響いた。何事かと顔を向けると、彼の頭に何か黒いものが覆いかぶさっている。


クモだ。ただのクモじゃない。人ひとりを覆い尽くすほどの大きさだ。


「ば、化け物……」


ようやくそれだけ呟くと、ぼとり、ぼとりと、次から次へとクモが落ちてきた。そいつらは、氷の上で脚を広げ、赤く光る目をこちらへ向ける。


水に落とされ、氷に閉じ込められた挙げ句、今度は化け物。


すぐそばで「ちっ」と、滅多に聞かないドリントンの舌打ちがした。

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