↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/60

シーン44 仲間

「……みんな、どこ?」


孤児院の外へ出たニコは、あてもなく歩き回っていた。星明かりがあるためそれほど暗くはないものの、聞こえてくるのは遠くの波の音だけで、周囲は不気味なほど静かだ。


一体どこへ行ったのだろうか。明日に備えようということで、皆早く寝床に入ったはずだった。ところが、ふと目を覚ますと、子供たちは寝床におらず、バンもイオンも見当たらなかった。


「アタシを置いて、逃げちゃったのかな……」


孤児院の守りは任せるって話だったはずなのに、気が変わったんだろうか。それなら、どうして何も言ってくれなかったんだろう。


とはいえ、置いていかれても不思議はない。バンやイオンと出会ってから、まだ数日しか経っていないし、子供たちに至っては一日ちょっとだ。ここに来たのも成り行きで、部外者と言われればそれまでだった。


ただ、彼女の方は、バンたちを他人だとは思っていなかった。


「もう少しだけ、探してみよう……」


芝生を踏みしめ、ニコは坂を下りていく。断崖の下に広がる黒い海を横目に、星明かりを頼りに森沿いまでやってきた。


暗い木々の隙間からは今にも何かが飛び出してきそうで、つい早足になる。きょろきょろと辺りを見回していると、不意に森の奥から鳥のような不気味な鳴き声が響き、尻尾の毛が逆立った。


……もう戻ろうかな。


引き返そうと足を止めた、そのときだった。


海岸近くの茂みに、子供たちが身を隠しているのが見えた。


「いた!」


喜び勇んで駆け寄り、後ろから「わっ!」と声をかけると、子供たちが一斉にびくりと肩を震わせた。


「ニ、ニコちゃん!?」


年長の女の子――サラが振り返ると、白いリボンで結んだ長い茶色の髪が背中で揺れた。ニコは嬉しさを押し隠し、口をとがらせる。


「何してるのよ、こんなところで。勝手に孤児院を抜け出して、駄目じゃない」


「僕たちだって来たくなかったよ」


割って入ってきたのは、坊主頭の男の子――コナーだった。


「夜の海、怖いし、それに眠たいし。でも、サラが無理やり――」


「どういうことなの?」


「え、えっと――ははっ……」


取り繕うように笑うサラを、ニコは表情を崩さず、じっと見据えた。やがて、ごまかせないと悟ったのか、サラは茂みをがさりとかき分けた。


その先の浜辺では、バンとイオンが並んで座り、海を眺めていた。


「何だ、二人ともいたのね……」


「……うん。実はさっき、お姉ちゃんがバンさんに話しかけるのが聞こえちゃったの。明日が心配で眠れないって。だったら少し外を歩こうかって、バンさんが言って。それで、私たちもついていこうってなったの」


「駄目じゃない! そんな盗み見みたいなことしちゃ」


そう叱りつけると、子供たちもここぞとばかりに声を上げた。


「そうだ、そうだ!」


「サラは悪い子だ!」


うつむいてしまったサラにも構わず、ニコは言葉を続けた。


「それも、こんな夜遅くに子供たちだけで。危ない獣でも現れたらどうするのよ」


「そうだ、そうだ!」


「今すぐ戻るべきなんだ!」


皆に責められ、サラはスカートをぎゅっと握りしめた。


「でも……」


「でも、じゃないわよ。ほら、帰るわよ」


そう言って踵を返し、歩き出したニコの背中に、サラのすがるような声が飛んできた。


「でも、でも……もうすぐチューするかもしれないよ?」


ニコの足がぴたりと止まった。


少し間を置いてから、無表情のまますすすっと引き返し、茂みの前に身を伏せた。それを見たサラはぱっと顔を輝かせ、すぐ隣にかがみ込んできた。


「何してるのさ。早く戻ろうよ」コナーが文句を言ってくる。


「……うるさいわね。戻りたいなら戻ればいいでしょ」


「僕たちだけじゃ無理だよ。怖いもん」


「情けないわね。だったら、終わるまでここにいなさい」


「なんだよー、さっきと言ってることが違うじゃないか」


文句を言ってもニコが振り向かないので、コナーたちはふてくされてその場に座り込み、地面に指で模様を描き始めた。


ようやく静かになり、ニコはふぅと息をついて浜辺に目を凝らした。バンとイオンは身を寄せ合ってとはいかないものの、近い距離で並んで座っている。夜空には満天の星が輝いていて、なかなかいいムードだ。これなら、サラの言うこともあながち間違いではなさそうだ。


しばらく見守っていると、隣でサラがぽつりとつぶやいた。


「楽しみだなぁー、二人の子供。どんな子だろう……」


「こ、子供!? な、何で急にそんな話が出るのよ」


「ニコちゃん、知らないの? 大人の男の人と女の人がキスしたら子供ができるんだよ。セイリュウチョウが空から運んできてくれるの」


「ばか、そんなわけないでしょ。何おとぎ話みたいなこと言ってるのよ」


「えっ、違うの? じゃあ、どうやったらできるの?」


「……オビィに聞きなさい」


そう答えると、サラは疑わしげな目で見つめてきた。ニコはその視線から逃れるように目をそらし、慌てて浜辺を指さす。


「ほ、ほら見て。何か話してるわよ」


「本当だ。でも、遠くて聞こえないね……」


「アタシに任せて」


ニコは獣耳をそばだて、聞こえてくる二人の会話をそのままサラに伝えていく。


『私、不安です。明日、うまくできるでしょうか』


『教えた通りやれば大丈夫だ。入れ替わりなんて、普通の人間には思いつきもしないだろうしな』


「入れ替わりって何?」


不意にサラが尋ねてきたが、何のことか分からないのはニコも同じだった。「さぁ? これから話すかも」とだけ答え、二人の会話に耳を傾ける。


『きっと明日は怖い人たちがいっぱい来ますよね』


『安心しろ。イオンは俺が必ず守ってやる』


『いえ、私ではなく、子供たちが……』


『大丈夫だ。あいつらには全てが終わるまで隠れててもらうからな。散々渋られて、納得させるのに苦労したぜ』


その言葉をニコが伝え終えた途端、子供たちが「やっぱりやだ!」と声を上げて立ち上がった。


「僕たちだって戦えるよ」


「そうだよ、お姉ちゃんを守るんだ」


口々に訴えながら、ニコの服をつかんでぐいぐい引っ張ってくる。


「ちょっと! アタシに言ったって仕方ないでしょ。引っ張らないで」


押し返された子供たちは、不満げに口をとがらせて手を離した。「全く、もう」とニコはぼやき、浜辺の二人へ目を戻して再び耳をそばだてた。


その途端、心臓がどきりと跳ねた。イオンの口から自分の名前が出たのだ。


動揺をサラに悟られまいと、ごほんと一つ咳払いをしてから、先ほどと同じ調子で二人の言葉を伝える。


『あとは、ニコさんですね』


『あぁ、オビィは起きる気配がないし、今頼れるのはあいつだけだ』


『でも、私のためにニコさんを危ない目に遭わせるのも、申し訳なくて……』


『大丈夫だろ。だってあいつは……』


ニコは突然、黙り込んだ。


「どうしたの? ニコちゃん。バンさん、何て言ったの?」


サラの問いかけに、ニコは少しうつむいてぽつりと答えた。


『あいつはもう、仲間だ……』


自分の口から出たその言葉が、頭の中で何度も響く。バンの言葉に喜んでしまっている自分が癪で、すぐには顔を上げられなかった。しばらくして、ふんと鼻を鳴らし、立ち上がった。


「……行くわよ」


「えっ? でも、まだチューしてないよ」


「あの意気地なしにそんなことできるわけないでしょ。それに、明日は早いのよ。今のうちに休んでおかなきゃ」


ニコの不機嫌そうな顔を見上げ、サラは開きかけた口をつぐんだ。


「ほら、アンタたちも行くわよ」


そう言って子供たちを振り返ると、海岸に目を向けていたコナーが何気なくつぶやく。


「あれ? バンとお姉ちゃん、お顔ごっつんこしそうだよ」


『えっ?』


二人は同時に声を上げた。


しばらく無言で顔を見合わせたのち、慌てて子供たちを押しのけ、茂みの向こうをのぞき込む。


浜辺では、バンが風に揺れるイオンの金色の髪をかき上げていた。コナーの言う通り、二人は今にも顔がくっつきそうな距離で、じっと目を合わせている。


な、なに。本当にやる気なの?


ニコは瞬きも忘れ、ごくりと唾をのんだ。


そのときだった。


「僕たちにも見せてよ!」


突然、背後から子供たちが押してきたのだ。ニコは「ち、ちょっと。やめて!」と声を上げたものの、受け身を取る間もなく、茂みの向こうへ前のめりに倒れ込んだ。


全身が砂まみれになり、口の中までじゃりじゃりする。身体を起こしてぺっぺっと砂を吐き出すと、服についた砂を手で払い落とした。


「もう、何するのよ。痛いじゃない!」


振り返った先には誰の姿もなかった。不思議に思いながら目を上げると、子供たちが一目散に坂を駆け上がっていく姿が見えた。


……な、何なのよ、あいつら。


その後ろ姿を呆然と見送っていると――


「何してる……」


突然の低い声に、尻尾の毛が逆立つ。恐る恐る振り返ると、そこにはあきれた表情のバンが立っていた。


「こんな夜中に、子供たちまで連れて盗み見か? 感心しないな」


「ち、違うわよ! アタシはみんなを探しに来たのよ。それに、アンタたちこそ不潔よ。こんなところでキ、キスしようとするなんて……」


「ば、馬鹿! イオンの目に砂が入ったっていうから、確認してただけだ。どうやったらそう見えるんだよ、このスケベ犬が!」


ニコの顔がみるみる赤くなっていく。


「な、何よそれ! もういい!」


勢いでごまかし、ニコは子供たちの後を追って駆け出した。だが、途中で足を止め、バンを振り返る。


「……明日、絶対勝つわよ」


それだけ言い残し、逃げるように坂を駆け上がっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。