シーン29 ポート・ソレイユの爆弾魔
捉えた……!
このまま奴を焼き尽くす――ドリントンが確信した、その時だった。
モルの眼前に、黒点が現れる。
光線がそれに触れると、その先端が大きくねじ曲がった。砲口から放たれ続ける光の奔流が一気に細く絞られ、周囲の大気を巻き込みながら、渦を描いてその一点へ吸い込まれていく。
焦ったドリントンは、ブラスターを握る手に力を込めた。轟音が一段と激しさを増し、砲口から膨大な光が噴き出した。だが、黒点はそのすべてを呑み込んでいった。
やがて砲口の光が途切れた。
白い光が薄れ、閉ざされていた視界が徐々に開けていく。その先には、傷一つ負っていない二人が立っていた。
ドリントンはブラスターを向けたまま、声も出せずにその光景を見つめる。庭を揺るがしていた轟音はすでに途絶え、辺りには息苦しいほどの静けさが広がっていた。
その静寂の中、ローブの奥に覗く白一色の目がわずかに細まる。次の瞬間、モルは腰を落としてギースの腕をすり抜け、振り向きざまに杖を横薙ぎに振り抜いた。
ゴッ!
頬を捉えた杖が、ギースの身体を芝の上へ弾き飛ばした。二度、三度と激しく転がり、削れた芝の上で動きを止める。舞い上がった土埃が収まっても、その身体はぴくりとも動かなかった。
「まさか、貴様らごときに重力球を使う羽目になるとは……」
忌々しげに吐き捨てたモルの声は、荒い息にかすれていた。しばらく肩を上下させたのち、長く息を吐いて杖を握り直す。そのままドリントンへ向き直ると、その目を光の消えた砲口へ落とした。
ブラスターは沈黙しており、そこから再び光が放たれる気配はない。そう見切ったのか、張りつめていた肩から力が抜け、杖先がわずかに下がった。
「どうやら、悪あがきもここまでのようだな」
ところが――
「……それはどうかな」
ドリントンが口元を吊り上げ、深く腰を落とした。光を失ったはずの砲口が、再びモルを正面から捉える。
「二発目、行くぞ」
その言葉に、モルの顔から余裕が消えた。
「何っ!?」
反射的に身構えた、その直後――
ブボボボボッ!
地響きにも似た異様な音が、ドリントンの尻から響いた。
……?
構えを解けぬまま、モルは理解できないものでも見るようにドリントンへ目をやった。しばし、二人の間に妙な沈黙が流れる。
ややあって、ドリントンが何食わぬ顔で口を開いた。
「……冗談だ」
「き、貴様……」
モルは目を吊り上げ、低く吐き捨てた。杖を握る手がわなわなと震え、全身を包む紫色のオーラが激しく揺らめきだす。
「そんなに死にたいか」
杖先をドリントンへ向けると、拳ほどの黒い球体が現れた。紫色のオーラがそこへ吸い寄せられ、渦を巻き始める。その勢いはたちまち激しさを増していった。
「死ね!」
そう叫ぶなり、モルは杖を前へ突き出した――そのときだった。
「コメット・ブレイク!」
巨大な緑の光柱が、真上からモルの頭頂部を直撃した。
地面が爆ぜ、土砂が空高く噴き上がる。凄まじい衝撃が庭を駆け抜け、その一角に巨大なクレーターが生まれた。
衝撃の余波が収まると、辺りに束の間の静けさが戻った。巻き上がった土煙が、クレーターを覆うように濃く立ち込めている。
その中から、一人の女が勢いよく跳び出した。空中でくるりと身を翻し、ドリントンのそばへ軽やかに降り立つ。着地とともに、踵を包んでいた淡い緑の光が次第に薄れていった。
「危ないとこやったな」
露出の多い服に身を包み、黒髪をポニーテールに結った女は、にかっと笑った。スカートを軽くはたくと、得意げに胸を張る。
「ステラ……」
ドリントンがぽつりとその名を漏らした。事情を知らないステラは、そのまま意気揚々と説明を始める。
「すごいやろ。これがうちの超必殺技や。まず思いっきり高う飛び上がって、落ちる瞬間にイグナイトで一気に加速。そんでもって、全体重を踵に乗せて――」
「行くぞ」
ドリントンはそれを遮り、ステラを片方の肩に担ぎ上げた。
「な、何すんねん! まだ説明の途中やろ!」
騒ぐ声を無視して、倒れているギースのもとへ駆け寄る。その身体をもう片方の肩へ担ぎ上げると、二人を抱えたまま正門へ向かった。
そのとき、背後から低い声が響いた。
「どこへ行く……」
足がぴたりと止まる。ドリントンは息を呑み、二人を担いだままゆっくりと振り返った。
漂う土煙の向こう――深く抉れたクレーターの上空に、モルがいた。破れたフードは肩までずり落ち、それまで隠れていた顔が露わになっている。
モグラだ。
白一色の目は怒りに吊り上がり、全身から噴き上がる紫色のオーラは、先ほどまでとは比べものにならないほど激しく揺らめいていた。
「ありゃ、生きてる……頑丈やな、あいつ」
ステラは気にした様子もなく、担がれたまま間の抜けた声を漏らした。そのままドリントンの横顔を覗き込み、ぎょっと目を見開く。
「ど、どうしたん? 汗だくやん」
答える余裕もなく、ドリントンは正門へ向き直ると再び地面を蹴った。
その瞬間、シュンッと鋭い音が響く。
モルの周囲で逆巻いていた紫色のオーラの一部が、影のように地表を走り、瞬く間にドリントンの足元へ達した。
途端に、両脚が地面へ縫い止められた。凄まじい重圧がのしかかり、足元がぼこりと陥没する。
「ぐっ……!」
抗おうと力を込めるが、両脚は微動だにしない。
「一匹たりとも逃がさん」
庭に響くモルの低い声に、ドリントンの背筋を冷たいものが走った。
せめて二人だけでも――。
ドリントンは上半身を大きくひねり、両肩の二人を正門の外へ放り投げようとした。
そのときだった。
ドォォォォンッ!
腹の底を揺さぶるような轟音とともに、屋敷中の窓から白い光が一斉に噴き出した。
窓ガラスが弾け飛び、爆風が庭をなぎ払う。
「な、何や!?」
ステラが目を見開く。その視線の先では、窓から噴き出した炎が夜空を赤く染め、黒煙が一気に立ちのぼっていた。遅れてガラス片や木片が雨のように降り注ぎ、地面を激しく打ちつける。
「ば、爆発……? まさか、あいつが!?」
そう言って、ステラはモルへ顔を向けた。
だが、モルもまた杖をかざしたまま硬直していた。目を大きく見開き、炎に包まれた屋敷を呆然と見つめている。
その異変に気を取られたのか、ドリントンの両脚にのしかかっていた重圧が緩んだ。足元を覆う紫色のオーラも急速に薄れ、やがて跡形なく消えていく。
今しかない。ドリントンはすぐさま地面を蹴った。
二人を担いだまま正門を駆け抜ける。背後では屋敷を包む炎がますます勢いを増し、遠くから人々の騒ぎ声も聞こえてきた。それでもドリントンは足を緩めることなく、暗い通りへ消えていった。
***
「あっちだ!」
爆発音を聞きつけた兵士たちが、次々と屋敷の正面玄関へ飛び込んだ。玄関ホールには、何人もの負傷者が倒れている。かろうじて息はあるものの、衣服は破れ、全身の傷から血を流していた。
「お前たちは負傷者を運び出せ! 残りは私についてこい!」
先頭に立つ兵士はそう命じると、残った者たちを率いて屋敷の奥へ急いだ。炎と煙に包まれた廊下を抜け、地下へ続く階段を駆け下りる。そのまま奥から流れてくる煙をたどり、その発生源らしき部屋へ踏み込んだ。
「これは……」
喉の奥から、かすれた声が漏れた。後ろに続いていた兵士たちも次々と室内を覗き込み、言葉を失う。その重苦しい空気を破るように、背後から場違いなほど軽い声が飛んできた。
「どうした?」
「マンドラン様……」
兵士たちは一斉に振り返り、慌てて左右へ道を空けた。その間を、燃えるような赤い髪の男がゆっくりと進んでくる。
マンドランは煙のこもる室内へ足を踏み入れると、辺りを一通り見回し、困ったように頭をかいた。
「こいつはひどいな」
その視線の先では、人間や魔族、神族のはく製が炎に包まれ、黒煙を上げていた。そればかりではない。床や壁には、誰のものとも知れない骨片や肉片が無残に飛び散っていた。




