シーン28 決死の作戦
「何をしている。早く戻れ」
命じられても、ギースは応じなかった。くわえていた煙草を足元へ落とすと、一瞥もくれずにモルの脇を通り過ぎ、正門前に横たわる男のもとへ歩み寄った。
そこで静かにしゃがみ込み、男の肩に手を添える。潰れた顔をじっと見つめるうち、指先に少しずつ力がこもっていった。
「危なくなったら逃げろって言っただろ……」
ギースは亡骸に向かって、低く呟いた。
その声を聞いたモルは、口の端を吊り上げ、嘲るように告げる。
「ほかの連中も、門の外に転がっているぞ。まったく愚かな奴らよ。一人殺したら、怒り狂って襲ってきた。全員、返り討ちにしてやったがな」
ギースの肩がぴくりと揺れた。亡骸から手を離すと、ゆっくりと振り返り、モルを鋭く睨みつける。
「てめぇ……」
しかし、モルは涼しい顔で鼻を鳴らし、薄く笑った。
「何を怒ることがある。人間など、放っておけばいくらでも増える。多少減ったところで、何の問題もあるまい。それどころか、ラクリマを食い潰す害虫が減るのだ。我らだけでなく、星にとっても――」
その言葉を遮るように、ギースのダガーが鋭い風切り音とともに飛来した。
モルはすかさず杖をかざす。
その途端、刃は青白い電撃を激しく弾けさせながら急激に減速し、鼻先でぴたりと止まった。
「キカイか。こんながらくたで、私に傷をつけられるとでも?」
呆れたように言い放つモルへ、間髪を入れず二本目が迫る。正面から飛んできた刃は目前で鋭く軌道を変え、弧を描いて首筋へ回り込んだ。
「何度やっても同じだ」
そう言って空いた手で二本目を止めた瞬間、低く身を沈めたギースが視界に飛び込んだ。下から突き上げられた拳が、顎へ迫る。
「なっ……!」
モルはとっさに横へ飛び退き、迫る拳を紙一重でかわした。意表を突かれた拍子に、二本のダガーを宙に留めていた力が途切れる。刀身を包んでいた青白い電撃が火花を散らして消え、芝生へ落ちた。
着地したモルは間髪を入れず、杖先をギースへ突きつけた。
「素手で私に歯向かうとは、愚弄しているのか」
「ふっ、何言ってる。こいつもれっきとした作戦だ。『破れかぶれ』って名のな」
そう軽口を叩きながら、ギースは足元に落ちた二本のダガーを拾い上げた。
「貴様……」
「怒るな、怒るな。これで勝てるなんて、こっちも思っちゃいねぇよ」
「……どういう意味だ?」
訝しげに目を細めるモルに、ギースはわずかに肩をすくめた。
「言ったまんまだ。てめぇは強ぇ。こんなエネルギー切れの武器じゃ、どう足掻いたって勝てやしねぇ。……だがな――」
片方のダガーを肩越しに背後へ向け、亡骸を示す。
「お前が虫けらのように殺した奴らは、俺の部下だった。そいつらを殺されて、上司の俺だけ尻尾を巻いて帰ろうもんなら、減給必至だ」
軽口めいた口調とは裏腹に、ギースの目つきが鋭くなる。静かに腰を落とし、二本のダガーを構えた。
「あのポンコツどものためだ。たとえ殺されようが、てめぇを一発ぶん殴ってから死ぬ」
「……ふん。仇討ちか」
モルは杖を構え直し、冷ややかに鼻を鳴らした。
「理解できんな。まさに人間らしい、合理性のかけらもない行動だ。そんなことをして、一体何になる」
「さあな」
答えると同時に、ギースは地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
二本のダガーが左右から休みなく襲いかかる。モルは猛攻をさばくのがやっとで、一歩、また一歩と後退していった。
不意に足元の瓦礫に足を取られ、体勢がわずかに崩れる。その隙を逃さず、片方のダガーが横薙ぎに走った。切っ先は眼前をかすめ、フードの端を切り裂く。
モルは鋭く舌打ちした。
「調子に乗るな!」
怒声とともに杖をまっすぐ突き出す。杖先がみぞおちへ深々とめり込み、ドスッ、と鈍い音が響いた。
「がっ……!」
ギースは身体をくの字に折って血を吐いた。手にしていたダガーを落とし、膝から崩れて芝生へ倒れ込む。
それきり、ぴくりとも動かなくなった。
モルは杖を構えたまま慎重に近づき、間合いを残したまま肩口を突く。押された身体がわずかに揺れたが、起き上がる気配はない。
ようやく小さく息を吐き、口元に笑みを浮かべた。
「脆いものだ。たった一撃で死ぬとはな……もっとも、この私のローブに傷をつけたことだけは褒めてやろう」
しばらくギースを見下ろしたあと、モルは杖を逆手に持ち替えた。杖先から紫色の光がにじみ出し、次第に輝きを増していく。
「あの世で誇るがいい」
無防備な背中めがけて杖を振り下ろした、その瞬間――伏していたギースが跳ね起きた。
「なっ……!」
モルの視界の端をギースの姿が横切る。振り向くより早く背後へ回り込まれ、両腕ごと胴を抱え込まれた。力任せに締めつけられ、息が喉の奥で詰まる。
「ぐっ……何の真似だ!」
拘束から逃れようと、モルは激しく身をよじる。だが、締めつける腕は緩まない。
耳元で、掠れた笑い声が漏れた。
「どうだ、こいつが『死んだふり』だ。くだらなすぎて、神族様には見抜けなかったようだな」
「離せ!」
モルは肩を振り、肘を後ろへ突き出した。だが、ギースの腕はびくともしない。先ほどまで血を吐いて倒れていたとは思えない力で、両腕ごと胴を締め上げてくる。いくら抵抗しても抜け出せず、焦りばかりが膨らんでいった。
そのときだった。
「待たせたな。準備OKだ」
庭の向こうから、聞き慣れない低い声が響く。
モルが声の方へ目を向けると、玄関扉の前で、黒い肌の大男が深く腰を落としていた。突き出された右腕のブラスターには、目もくらむほどの白光が満ちている。
「遅ぇよ、馬鹿」
背後から聞こえた声は、妙に弾んでいた。同時に、胴を締めつける腕の力が、さらに強まった。
「馬鹿な……貴様も死ぬぞ!」
モルの声が、かすかに裏返った。
「……負けるよりましだ」
返ってきた言葉には、震えも迷いもない。
正気の沙汰ではない。
モルはなりふり構わず足を踏ん張り、肩と腰を激しくひねった。靴底が芝をえぐり、土と草が辺りへ飛び散る。それでも、拘束はわずかにも緩まない。
「やれ!」
ギースの叫びと同時に、ブラスターの砲口から白い光が噴き出した。
轟音とともに庭を一直線に駆け抜け、モルの視界を一瞬で奪った。




