シーン19 明日の予言書
騒動も収まり、ダイニングには落ち着きが戻ってきた。
見当違いの推理を披露したイオンは、今や耳まで真っ赤にして俯いている。そんな様子を見て、すっかり元気を取り戻したニコが、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「さてと。イオンが言うには、これがアタシなんだっけ」
わざとらしくそう言うと、フォークでステーキを刺した。
「食べてみよっと。いただきまーす」
そのまま口へ運びかけたところで、俺は片手を上げた。
「ああ、違う違う」
「えっ?」
「いただきますじゃないだろ。いただきマンモス、って言わないと」
「……な、なによ、それ」
「今はやりの食事の挨拶じゃないか。もしかして知らないのか?」
「は、はぁ!? 知ってるし! そんなの常識だし! 馬鹿にしないで!」
ニコは琥珀色の目を吊り上げ、むきになったように俺を睨んだ。
そして――。
「い、いただきマンモス!」
やけくそのように声を張った。
その瞬間、ダイニングはぴたりと静まり返り、周囲の視線が一斉にニコへ集まった。ガロンたちだけでなく、カイルやリースまで、何とも言えない表情を浮かべる。
その空気に気づいたのか、不安そうな目が、ちらりとこちらへ向いた。
「ど、どう?」
「そうそう。こういうのは元気よく言わないとな」
俺が満足げに頷いてみせると、こわばっていた表情がふっとゆるんだ。
「ふん、当然でしょ」
ニコは得意げに顎を上げると、ステーキを口に運んだ。途端に、すました口元がわずかに緩む。
「……まあまあね」
そう言いながらも、尻尾は嬉しそうに左右へ揺れていた。
素直じゃない奴だな。
その後も、黙々とステーキを食べ進めていく。まあまあ、と言ったわりに、皿の上の肉はみるみる減っていった。
やがてニコは、さらに味を足そうとしたのか、テーブルの向こう側に置かれたソースへ手を伸ばした。その指先が容器に触れかけた瞬間、ガロンが身を乗り出す。
「ガァッ!」
「ひゃっ!?」
ニコの肩がびくんと跳ね、尻尾の毛がぶわっと逆立った。
「な、何すんのよ!」
「がはははっ! 面白ェな、その尻尾。獣人族のガキなんて、初めて見たぜ」
獣人族?
耳と尻尾が生えている時点で、普通じゃないとは思っていた。ただ、キカイ石ではなく肉を食べているし、少し変わった人間くらいに考えていたが……違うのか?
そんなことを考えていると、ガロンが乱暴に椅子を引いて立ち上がった。
「俺らはもう行くぜ。見回りしないとだしな」
そう言って皿の果物をつかみ、豪快にかじりつくと、手下を引き連れてダイニングを出ていった。
最後まで遠慮のない連中だな。見回りもどうせ嘘だろ。
まあ、分かりやすいだけまだましか。あの黒ローブの男なんて、さっきからずっと柱の陰で窓の外をちらちら見ているだけだ。いったい何をしているんだ?
……いや、それより今は獣人族のことだ。聞きそびれたな。ニコに聞いても、どうせ馬鹿にされるだけか。イオンはとても話しかけられる雰囲気じゃない。
仕方なく、カイルに聞いてみることにした。
「獣人族って、何なんだ?」
そう聞くと、けげんそうな視線が返ってきた。また何か変なことを聞いてしまったらしい。
ここはいつもの手で、記憶喪失ということにしておいた。
「なるほど、そのような事情が……それは大変でしたね」
「ああ。そんなわけで、獣人族のこともさっぱりでな。教えてくれないか?」
だが、カイルはすぐには口を開かなかった。なぜか、ちらちらとニコの様子を窺っている。
その視線に気づいたのか、ニコはスープを口にしながら、そっけなく言った。
「別にいいわよ。慣れてるし」
「……では、失礼して」
小さく頭を下げ、静かな声で話し始めた。
「獣人族というのは、人間と神族のハーフです。ご想像の通り、大変珍しい種族です」
「えっ? 何で珍しいんだ?」
「おや、そこまでお忘れでしたか。なら、前提からお話しした方がよさそうですね。さて、どこから話したものか……」
そう言って、カイルは顎に指を添えた。しばらく考え込み、やがて小さく頷く。
「そうですね、今から千年前のことです」
千年前?
ずいぶん昔の話だな。獣人族の話じゃなかったのか?
まあ、この星のことを知るにはちょうどいい。俺は黙って、カイルの話に耳を傾けた。
「かつて、人間と神族の間で戦争がありました。リュミエール戦争と呼ばれる戦いです。神族に支配されていた人間が、反旗を翻したのが始まりだと伝えられています」
また戦争か。同じ星の中で争って、くだらないことをやっているな。まあ、この文明レベルなら仕方ないのかもしれないが。
「当初は、圧倒的な力を持つ神族が優勢かと思われました。しかし、人間は数で勝り、キカイの技術も扱えるようになっていました。そのため、戦いは長期化したのです」
なるほどな。非力だった人間が、キカイのお陰で神族に対抗できるようになったわけか。イグナイトさまさまだな。
「戦いは熾烈を極め、双方に多くの死者が出ました。決着がつくまで五十年かかったそうです」
「長いな。それで、どっちが勝ったんだ?」
「魔族と手を組んだ人間が勝利しました。そこで一応の決着はつきましたが、その遺恨は今も残っています。以来、人間と神族が深く関わり合うことは、ほとんどなくなりました」
そう言うと、カイルはわずかに目を伏せた。
「ですから、人間と神族のハーフであるニコ殿は……えぇ、とても珍しいのです」
濁した言い方だったが、そこで何となく察した。
人間は神族を嫌い、神族もまた人間を嫌っている。なら、その二つの血を引くニコはどうなるのか。恐らく、今までろくでもない目に遭ってきたのだろう。
やけにつんけんしているのも、強がりなのかもしれない。そう考えると、少しいじらしくも見えてくる。
気づけば、俺は温かい視線を向けていた。その視線を感じたのか、ニコがじろりとこちらを見る。
「何その顔。キモッ」
同情するんじゃなかった。
食卓に、何とも言えない沈黙が落ちる。その空気を断ち切るように、カイルがぱん、と軽く手を鳴らした。
「少し湿っぽくなってしまいましたね。それでは、ここからは少し楽しいお話をいたしましょう」
「リース、あれを」
命じられたリースは静かに一礼して下がり、ほどなく一冊の古びた本を抱えて戻ってきた。カイルはそれを受け取ると、俺たちの前に置いた。
「これは明日の予言書です。もっとも、ここにあるのは複製ですが」
古びた表紙に、すっと指先が添えられる。
「この書物には、先ほどのリュミエール戦争のような過去の出来事だけでなく、未来に起こることまで記されていると言われています」
「予言書ねぇ……」
ずいぶん胡散臭い響きだ。
半信半疑で表紙を眺めていると、カイルは慣れた手つきでページをめくった。
「こちらをご覧ください」
俺は少し身を乗り出し、開かれたページをのぞき込む。
「なになに……海鳴りの笛、六禍とともに、リオレスの深き水底に眠る。何だこれ?」
顔を上げると、カイルがきょとんとしていた。
「……読めるのですか?」
「いや、読めるも何も、そう書いて――」
言いかけて、もう一度ページを見る。そこで、ようやく気づいた。
これは、この星の言語じゃない。四次元世界の共通言語だ。
俺は思わず、カイルに詰め寄った。
「なぁ、この本を書いた奴って誰だ?」
「さ、さあ、それは分かりません。そもそも、内容の解読が進み始めたのも最近のことですので」
カイルは不思議そうに俺を見つめる。
「それより、バン殿は何故読めるのですか?」
まずい。
四次元世界から来ました。なんて言っても、信じてもらえないだろうな。
ここは適当に流しておくか。
「いや、何でだろうな。うっ、記憶喪失で思い出せない」
さすがに苦しいか?
だが、カイルは疑うそぶりも見せなかった。
「そうですか。思い出せたら、ぜひ教えてください」
それだけ告げると、本へ視線を戻した。
「今、バン殿がおっしゃった通り、このページには海鳴りの笛の在りかが記されています。生き物を操ることができると言われる、伝説の神具です」
「へぇ、そんなものがあるんだな。六禍というのは?」
「リュミエール戦争の折、神が人間を滅ぼすために世界へ放った六体の災厄です。そのうち、ここリオレスを襲ったのが、洪禍のリヴァイアサンでした。海鳴りの笛で封じられるまで暴れ続け、その被害によって、かつてのリオレスは水底に沈んだと伝えられています」
「はぁ、そいつは物騒な話だな。でも、どうせおとぎ話なんだろ?」
「ええ。そう思われても仕方ありません。ですが――」
カイルは意味ありげに、にこりと笑った。
「もし、それが真実だとしたら?」
「なに?」
思わず聞き返す。
「実は私は、その海鳴りの笛の在りかを突き止めたのです。長年探し続け、ようやく場所を特定できました。近いうちに回収へ向かう予定です」
「本当か? だが、そんなものを手に入れてどうするんだ? まさか、そのリヴァイアサンってのを操って世界を滅ぼすつもりじゃないだろうな?」
「ははっ、まさか」
カイルは穏やかに笑い、片手を胸に添えた。
「私はコレクターでして。世界の珍しいものを集めるのが趣味なのです。単純に、この目で眺めていたいだけですよ」
「ああ、そんなこと言ってたな。へぇ、宝探しか。なかなか夢のある話だな」
「えぇ。無事に手に入った折には、ぜひバン殿も見に来てください」
カイルは笑顔で言った。
人間と神族の戦い――リュミエール戦争。四次元世界の言葉で書かれた書物――明日の予言書。それに、六禍とかいう化け物。
この星のことが、ほんの少しだけ分かってきた気がする。
「ああ、そうだ。最後に一つ聞きたいんだが」
「何でしょう?」
「その化け物を放った神って、今どこにいるか分かるか?」
「創造神ミリアムのことですね。リュミエール戦争の折に亡くなりましたよ」
カイルは、さも当然のように答えた。
***
通りの角に身を潜め、ギースは屋敷の門前を見張っていた。
門の前には二人の私兵が立ち、周囲に油断なく目を配っている。今は待つしかないと分かってはいるが、ただ見張っているだけでは、いい加減じれてくる。懐から煙草を取り出しかけた、その時だった。
塀の影から、黒スーツ姿の部下が一人戻ってきた。
「どうだった」
その問いに、部下は首を横に振った。
「駄目です。どこもかしこも私兵だらけです。庭に潜り込むだけで精一杯でした」
ギースは小さく舌打ちした。
「何だって、こんなに警備が厳しいんだ。俺らが来ると分かってたわけじゃあるまいし」
「全くです。それと、もう一つ気になることが……」
部下が声を低くした。
「屋敷内に、ガロンの姿が見えました」
「……はぁ? 何でだ?」
「分かりません。手下のアンツ族十匹と一緒でした」
ギースはしばらく黙り込み、懐から煙草を取り出した。火をつけると、赤く灯った先端をしばらく見つめる。
「まさか、あいつもリオレスのお姫さんを狙っているんじゃないだろうな」
「……どうされますか?」
「構いやしねぇ。邪魔する奴は、まとめて潰すだけだ」
ギースはそう吐き捨てると、夜の通りへ目を向けた。人通りはまばらになってきているが、まだ途切れてはいない。
「動くのは、もう少しひと気がなくなってからだ。俺が合図するまで待機しろ。ドリントンたちにもそう伝えておけ」
「分かりました」
部下は一礼し、足早に通りの奥へ消えていった。
その背を見送り、再び屋敷の門へ目を戻す。私兵たちは相変わらず隙を見せず、通りを横切る野良猫にまで目を光らせている。
「今日は長くなりそうだな」
ギースはそうつぶやくと、煙草を吸い、白い煙を夜気へゆっくりと吐き出した。




