シーン1 王への謁見
「ルミナス様、ご到着――!」
衛兵が声を張り上げると、玉座の前に控えていた臣下たちの視線が、一斉に扉へと注がれた。巨大な紺色の扉が低い音を立ててゆっくりと押し開かれ、奥から白い神官服をまとった従者たちの姿が現れた。
その背後には、一人の青年が静かに佇んでいる。
――法皇、ルミナス・エル・アステリオ。
白を基調とした法衣に深紅のマントをまとい、手には金の錫杖を携えている。ほどよく伸びた銀髪が窓から差し込む光を受け、かすかにきらめいていた。
西の大国オラシオンを背負う者としては、あまりにも若い。だが、背筋を伸ばし、静かに広間を見渡すその姿には、年齢に似合わぬ風格があった。その場にいたリオレスの臣下たちは、自然と姿勢を正した。
ルミナスは衛兵へ控えめに会釈すると、広間の中央を進み始めた。
こつん、こつん。
錫杖の音だけが、王の間に澄んで響く。広間は静まり返り、臣下たちは身じろぎひとつできない。その静けさは、息を呑むことさえためらわれるほどだった。
やがてルミナスは、玉座へ続く段の前で足を止めた。見上げる先には、リオレス国第三十七代国王、リオレス・ウルス・ハートレットが座していた。玉座に深く腰を据えたその姿には、老いてなお国を背負う王の威厳があった。
ルミナスは、王に深く一礼した。
「リオレス王陛下。このたびは丁重なお迎えをいただき、心より感謝申し上げます。姫君を妃としてお迎えできますこと、私、ルミナス・エル・アステリオ、この上なき光栄に存じます」
「――うむ、ルミナス殿よ。遠路はるばる、よく参られた」
王は穏やかな表情を浮かべたまま、低く落ち着いた声で応じた。
ルミナスはもう一度深く礼をすると、王の傍らへ視線を向けた。そこには、紺色と白を基調にしたドレスをまとった姫が佇んでいた。背まで伸びる柔らかな金色の髪に、黄金のティアラが映えている。左の瞳は澄んだ蒼、右の瞳は淡い緑。宝石のような二色の瞳が、彼女の美しさをいっそう際立たせていた。
――リオレス王国の姫、イオン・ハートレット。
その華やかさよりも先に目につくのは、彼女の表情の硬さだった。小さく唇を結び、首にかけた金のロケットにそっと指を添えている。
「お初にお目にかかります、イオン様」
ルミナスは優しく微笑み、柔らかな声で言った。
「このたびは、こうしてお会いできましたことを、心より光栄に存じます」
そう言って、丁寧に頭を下げる。
イオンは一瞬だけルミナスを見た。だが、目が合うなり、逃げるように視線を伏せてしまった。言葉は出ない。ただ、胸元のロケットを握る指先に、ぎゅっと力がこもった。
気まずい沈黙がじわりと広がっていく。
ルミナスは、困ったように首を傾げた。その様子を見た臣下たちの顔色が、みるみる変わる。
早くお返事を――。
声にはならない焦りが、いくつもの視線となってイオンへ注がれた。
それでも、イオンは口を開かなかった。返事を拒んでいるというより、声を出すことすらできないようだった。肩を強張らせたまま、ただこの場が早く過ぎ去るのを待っているように見えた。
そんな彼女の気持ちを察したのか、ルミナスは静かに表情を和らげる。
「我々は、しばらくこの地に滞在いたします。またお目にかかる機会がございましたら、その折にはぜひ、ゆっくりお話をさせてください」
そう告げると、彼は静かに一礼し、一歩下がった。
ルミナスが穏やかに身を引いたことで、場はひとまず収まりかけた。
だが、リオレスの臣下たちの動揺までは消えなかった。姫の振る舞いが礼を欠いたものと受け取られれば、今後の両国の関係にも響きかねない。
顔を見合わせる者、青ざめてうつむく者、巻き込まれまいと気配を消すように身を縮める者までいた。
その空気を断ち切るように、リオレス王が低く名を呼んだ。
「……ヴァルナス・ヌエス・ウォルナット」
「はっ!」
イオンの傍らに控えていた長身の騎士が、マントを翻し、一歩前へ出た。
背に流れる白い長髪と、燃えるような赤い瞳。中性的に整った顔立ちには、高貴な家柄を思わせる品のよさがある。十五の頃からイオンに仕える、護衛兼世話役の男だった。
誰もがイオンの沈黙に戸惑う中、彼だけは周囲の緊張に気づいていないように、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。
「ルミナス殿を、滞在の屋敷へ案内せよ」
王に命じられると、ヴァルナスは鎧の胸元に拳を当て、声を張った。
「はっ。謹んでお受けいたします!」
迷いのない声が、王の間の隅々まで響いた。
ヴァルナスは王へ短く一礼すると、ルミナスの前へ進み出た。
「ルミナス様、こちらへ」
そう告げると、彼はルミナスの前に立ち、堂々とした足取りで広間の出口へ向かった。ルミナスは静かにその後に続き、白い神官服の従者たちも列を崩さず後に続いた。
やがて一行の姿が扉の向こうへ消えるのを見届けると、王は玉座からゆっくりと立ち上がった。先ほどまでの穏やかな表情は、すでに消えている。ひと言も発することなく、マントを翻すと、広間の奥へと消えていった。
あとには、落ち着かない空気だけが残った。イオンは俯いたまま両手で金のロケットを握りしめ、まるでひとり取り残されてしまったかのように立ち尽くしていた。




