表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NoAh  作者: ばななっとう
プロローグ
1/9

プロローグ 二隻の船

「各計器、正常値。航路、異常なし」


独り言のように呟き、俺は操舵席の背もたれに体を預けた。


この船は今、とある目的地を目指して航行している。といっても、海を渡っているわけじゃない。進んでいるのは、四次元空間だ。


周囲には海もなければ、空もない。それどころか、上も下も定かではなかった。絵の具を水に溶かしてかき混ぜたようなマーブル模様の景色が、船の背後へ向かって凄まじい速度で流れていく。まともに見続けていれば、方向感覚どころか、めまいまで起こしそうな奇妙な空間だった。


目的地は、惑星アーク。生命が死に絶えてしまった星。俺の仕事は、崩壊してしまったその星を再生させることだ。


隕石の衝突か、はたまた戦争か。理由は忘れた。滅んだのは、アークの暦でいう何年だったか――それも、忘れちまったな。


まぁいい。目的地と到達年代のインプットは、すでに済んでいる。あとは船が勝手に連れていってくれる。


この船はオートドライブだ。船内のAIが、一千万分の一秒単位で全てを制御している。だから、計器がぴたりと安定しているのは当然だった。船体に揺れはなく、異様な静寂の中、ただエンジンの低い唸りだけが操舵室に響いている。


退屈だ。きわめて退屈だ。


目的地を入力してからというもの、正直なところ何もしていない。通算千回目の欠伸を噛み殺し、目尻に浮いた涙を指でぬぐう。あまりにもやることがなさすぎるので、操作盤をカタカタ叩いて、仕事をしている雰囲気だけ出してみる。


すると、船内AIの無機質な声が響いた。


『自壊シーケンス起動。反応炉、炉心解放準備。十秒、九、八――』


待て待て待て待て!


慌てて制御盤に飛びつき、キャンセルボタンを連打した。


『自壊シーケンス、中断』


赤い警告灯が消え、操舵室は何事もなかったかのような静けさを取り戻した。


「ふぃー……危ないところだった」


もう少しで、うっかり船を消し飛ばすところだった。額に浮かんだ冷や汗をぬぐい、ほっと息を吐く。


その直後、腹の奥から、ぐぅぅ、と情けない音が鳴った。


ひと仕事終えたせいか……腹が減ったな。確か、保管庫にプリンがあったはずだ。


「よっこいしょういち」


四次元世界で大流行している掛け声とともに、俺は操舵席から立ち上がった。


俺のプリンは特製だ。カラメル八、カスタード二のごく甘仕様。それにさらにカラメル一をかけて食べる。全体を十で見れば、カラメル八・一八一八、カスタード一・八一八一八……。


もはやプリンというより、ほぼカラメルだ。


そういえば、生クリームもあったよな。一緒にかけて食べよう。そう思いつつ、鼻歌混じりに保管庫の扉を開ける。


「……え?」


思わず目を疑った。


あるはずのプリンがない。というか、他の食い物すらなくなっている。空っぽになった棚を見つめたまま、俺はしばらく固まった。


代わりに、一枚の紙切れが置かれている。呆然としたままそれをつまみ上げ、広げてみた。


そこには、雑な字でこう書かれていた。


『甘すぎ。死ね』


「…………」


船内の食料を食い漁った上に文句まで残す。こんなことをするのは、あいつしかいない。ふつふつと怒りが湧いてくる。


「あんの、くそロボが……」


低く吐き捨て、俺は怒りに任せて保管庫の扉を力いっぱい叩き閉めた。


バァンッ、と船内に乾いた音が響く。


直後、甲高い警報音が船内を切り裂いた。


電子音が幾重にも重なり、耳鳴りのように鳴り響く。赤い警告灯が明滅し、操舵室の空気が一気に張り詰めた。


保管庫の扉を強く閉めすぎたのがAIの気に障ったのかと思い、もう一度扉を開け、今度はそっと閉じてみる。だが、警報は鳴りやまない。


続いて、無機質なAIの声が響いた。


『警告。前方より船影出現。現在、衝突コースを航行中』


「なに!?」


慌てて操舵席へ戻り、制御盤を操作する。操舵席の前方に淡い光が走り、空中に薄い板状のモニタが展開された。


そこに映し出されたのは――一隻の船だった。


外装は大きく剥がれ、船体のあちこちから破片が散っている。剥がれ落ちた装甲や部品は、四次元空間に白い光の亀裂を刻み、その裂け目の奥へ次々と吸い込まれていく。


半壊した船は、それを光の尾のように引きながら、凄まじい速度でこちらへ迫ってきていた。


このままじゃ、ぶつかる。


慌てて通信回線を開いた。


「こちらCW256。未確認船へ告ぐ。現在、衝突コースにある。直ちに進路を変更しろ!」


返事はない。嫌な汗が、背中を伝った。


「おい、聞こえてるか! 応答しろ! 応答しないなら、破壊するぞ!」


乱暴に呼びかける。しかし、通信は沈黙したままだった。


「この恥ずかしがり屋が……」


歯噛みしながら操作盤を叩き、レーザー砲の起動シーケンスを呼び出した。指先で複数のキーを叩き込み、認証コードを入力する。


操舵席の左右に新たなモニタが展開された。主砲制御、照準補正、エネルギー充填、安全ロック解除――起動に必要な項目が、次々と表示されていく。


船体の奥で、低い振動が唸り始めた。制御盤に表示された出力ゲージがじわじわと上昇し、充填率を示す数字が八十、九十、九十五と跳ね上がっていく。やがてゲージが端まで振り切れ、表示が白く点滅した。


制御盤の中央に、発射ボタンがせり上がる。あとは、これを押すだけだ。


「おい、撃つぞ。撃つからな!」


駄目だとは思いつつも、もう一度だけ通信へ向かって言う。


返事は、やはりない。


その代わりにAIが、こちらのためらいなど意に介さず、淡々と告げてきた。


『回避可能限界、通過。破壊可能限界通過まで、十秒』


もう迷っている暇はない。そう判断し、俺は発射ボタンに指をかけた。


直後、AIの声が操舵室に響いた。


『接近船の解析完了。識別コード――CW256』


「……は?」


思わず声が漏れた。


聞き違いか。それとも、解析ミスか。


だって、そうだろう。あれが――俺の船のわけがない。俺は今、この船に乗っている。


呆然としながら、前方の窓へ視線を上げた。


その船は、すでに肉眼でも確認できる大きさになっていた。小さな影だったものが、正面の窓の中でみるみる膨れ上がっていく。


このままじゃ死んじまう。早く押せ。


頭ではそう思っているのに、指は発射ボタンの上で硬直したまま動かなかった。


『破壊可能限界、通過』


『衝突まで、十秒、九、八……』


無機質な声が、操舵室に響き渡る。


『五、四……』


頭の中が真っ白になっていく。甲高い警報音が、水の底から聞こえるみたいに鈍った。胸の奥で鳴る鼓動だけが、異様にはっきりと響いている。


『三、二……』


迫りくる船の正面窓の向こうに、人影が見えた気がした。


『一』


警報音が、ふっと途切れた。


『グッドラック』


その声を最後に、船体そのものが砕けるような衝撃が走った。


正面の窓が砕け散り、操舵室の壁が内側へひしゃげる。床が跳ね上がり、天井が裂け、制御盤が火花を散らしながら吹き飛んだ。


「ぐあっ――!」


身体が操舵席から浮き上がった。


そう感じた次の瞬間には、砕け散った操舵室の正面から、俺は船の外へ放り出されていた。


息を呑む間もない。


周囲では、四次元空間の異様な色彩が、ぐちゃぐちゃに引き伸ばされながら流れていく。自分がどちらを向いているのかさえ分からない。それでも、何とか体勢を立て直そうと手足を動かす。


だが、つかめるものは何ひとつなかった。身体はただ、荒れ狂う流れの中を押し流されていく。


視界の端を、船体から剥がれた装甲片が音もなく次々とかすめていった。銀色の破片がマーブル模様の空間を切り裂き、そのたびに細い裂け目が刻まれていく。


一本。また一本。


白い傷のような裂け目は瞬く間に広がり、やがて互いにつながって、空間そのものを大きく裂いた。


裂け目の奥から、白い光が漏れる。


まずい。


そう思った瞬間、裂け目は一気に大きく開いた。


まばゆい光があふれ出し、視界を真っ白に染めていく。伸ばした手の先が、光の中に消えた。


俺は抗うこともできないまま、意識ごと、その白い光の奥へ引きずり込まれていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ