8 シャルル領へ
王家の紋章がついた馬車がシャルル領へと向かって走っている。
もちろん乗っているのは私とハインリッヒ様だ。
ハインリッヒ様と短期旅行ができる喜びを噛み締めながら特注だというスズランの香水を胸いっぱい吸い込んだ。
私の異様な行動を見てハインリッヒ様は嫌そうに見つめてくる。
「エミリア嬢……一応聞くが何をしているんだい?」
「……ハインリッヒ様の存在を感じていました。いい匂いで、ハインリッヒ様にお似合いの香水ですね」
深呼吸をしている私をハインリッヒ様は諦めたように頷いた。
「もう君はそういう人間だと認識するよ。一つ聞きたいんだが、エミリア嬢はなぜ姉上と知り合ったんだ?僕と近づくためか?」
「あぁ、偶然ですよ。夜会でセリーヌ様のお付きの侍女さんが体調を悪くされて私が介抱したのがご縁です。そういえば、その侍女の方はソフィアさんでした。小さくて可愛いから病弱なんですかね」
「なるほど、君と姉上は気が合いそうだな」
窓の外を見ながらハインリッヒ様は頷いている。
「どうしてそう思うんですか?確かに良くしていただいていますけれど」
「さっぱりした性格をしているだろう。まぁ、僕としてはその方が接しやすくていいけれど」
小さく呟くハインリッヒ様に私は耳を近づける。
「えっ?私が好みって言いました?」
「言っていない。ただ、何かあるたびに泣いたり震えて何もできないような女性が苦手なんだ」
振ながら泣いていたナタリー男爵令嬢を思い出す。
確かにハインリッヒ様はあまり関わろうとしていない様子だった。
「なるほど、だからナタリー様に私がハインリッヒ様のお相手だと思わせたんですね」
「面倒だろう?あの場で僕が少しでも優しい素振りを見せたらそれこそ厄介なことになる」
「確かに。クロード様にお金を融通してもらってまでハインリッヒ様と結婚したいなんて異常ですよね」
「だから女性は苦手なんだよ」
小さく言うハインリッヒ様はきっと過去に女性問題があったのだろう。
私は小さく頷いてハインリッヒ様と同じく窓の外を眺めた。
緑が多い田舎町へと馬車は進んでいる。
馬車の後ろには騎士団の護衛が二人だけ馬でついてきている。
王族の護衛にしては少ない人数だ。
「バルダー団長は私たちが殺人事件を調べに行くって知っているのに2人しか護衛をつけてくれないんですね」
窓から馬に乗っている騎士を見ながらいうとハインリッヒ様は頷く。
「大体そんなものだよ」
「何かあったらどうするつもりなのかしら」
そう言いながら私はハインリッヒ様の横に立てかけてある銀色の剣が目に入った。
彼が剣を手にしているのを見るの初めてだ。
剣には王家の紋章が書かれている。
私がじっと剣を見つめている事に気づいてハインリッヒ様は肩をすくめた。
「一応、護身用だよ」
「剣も使えるなんて素敵です。それに、その王家の紋章を犯人や疑っている人に見せるんですよね」
前世の記憶が一部蘇り印籠を見せる素振りをする私をハインリッヒ様は冷たく見つめる。
「君は、いったい何をやっているんだい?」
私の一部だけ蘇るこの思考は一体なんなのだろうか。
私は首を傾げつつ腕を組んだ。
「断片的にしか思い出せないんですよ。異世界で物語の一部を思い出すんですよね」
「……やはり平気なフリをしていても殺人事件を見たせいでショックが起こり頭がおかしくなったんじゃないのか?」
失礼なことを言うハインリッヒ様に私はムッとする。
「違いますよ。これは間違いなく真実です。犯人が崖に行ったら信じてくれますか?」
「だから君はいったい何を言っているんだ」
当たり前だがちっとも理解をしてくれないようだ。
私は説明するのを諦めて窓の外を眺めた。
シャルル領の大きな迎賓館へと辿り着く。
馬車を先に降りハインリッヒ様は紳士的に私をエスコートして降ろしてくれた。
ハインリッヒ様にお姫様のように扱われて私は上機嫌に微笑んだ。
「滞在先はこちらになるんですか?」
「クロード殿の別荘もあるが、彼の所有しているところに泊まるなんて絶対に無理だからね。何があるかわならない。姉上も別荘は新婚の時ぐらいしかきていないそうだ」
嫌そうな顔をしているハインリッヒ様はかなりの潔癖なのだろう。
どのように別荘が利用されているか考えると碌なことではないなと思い当たる。
私は頷いて一列に並んでいる迎賓館の人たちに軽く頭を下げながら歩いた。
「まさかと思うんですが、ハインリッヒ様と同じ部屋ですか?」
浮き足立っている私にハインリッヒ様は首を振る。
「まさか。安心してくれ、別の部屋だ」
「なぁーんだつまらない」
私がいうとハインリッヒ様は軽く笑う。
「君はいつでも元気だな。とりあえず、今日はゆっくり休んで明日クロード殿の別荘へと向かおう。すぐ側だから」
「わかりました」
宿の人に案内されて私たちは部屋へと向かう。
私の部屋はハインリッヒ様と同じ階で向かい合わせのようだ。
用意された部屋はかなり広く、部屋数も多かった。
きっとハインリッヒ様のお室も同じ作りになっているのだろう。
同じ部屋に泊まれないことを残念に思いながらリビングへと向かうと大きな窓から海が見えた。
「わぁ、すごい綺麗な海」
久々に見る海に感激をして窓辺に近寄ると案内をしてくれた使用人の女性が微笑む。
「ここから見える景色が自慢の宿なんですよ。夕陽が綺麗ですのでぜひご覧くださいね」
「夕陽ですか……あっ!崖があるわ」
窓の下には崖が見えて私は思わず声をあげた。
迎賓館から少し離れているが、前世で見た映像と似ており犯人が追い詰められるような崖だ。
その背後に海が広がっていてやはりここで犯人が見つかるに違いないと確信を持った。
使用人の女性はお茶を入れてテーブルの上にお菓子を手際よく置いていく。
「何かございましたらお呼びください」
丁寧に挨拶をすると部屋を出ていってしまった。
部屋に一人になり私は一息つこうとソファーに座る。
「やっと念願のお茶菓子だわ」
セリーヌ様のお屋敷でも楽しみにしていたお菓子の存在に自然と頬が緩くなる。
色とりどりのマカロンにクッキーやマフィンが並んでいる。
ピンク色のマカロンを手に取って一口食べた。
外側はサックとして口の中でほろっとトロける食感を味わう。
甘い中にも鼻をつくバラのような香りが突き抜ける。
「これ、とても美味しいわ。セリーヌ様のお屋敷で食べるお菓子と似ている」
王都の老舗のお菓子でもここまでの味を出しているお菓子屋はそうそうない。
次にクッキーを頬張る。
バターの香りが口いっぱいに広がり幸福感に満たされた。
「美味しい。私はこれが食べたかったのよ」
久々に味わう美味しいお菓子に私は感激しながら全て平らげた。




