7 ナタリー
ナタリー嬢のお屋敷を後にして、私達はセリーヌ様のお屋敷へと向かった。
お屋敷で待っていたセリーヌ様は相変わらず疲れた様子で顔色が悪い。
お茶会の時に私に紅茶を注いでくれた侍女ソフィアが今回も給仕をしてくれる。
ふわふわの茶色い髪に小柄で可愛い姿は先ほど会っていたナタリーを思い出して突然疲労が襲ってくる。
「どうだった?何かわかったことがあった?」
セリーヌ様はゆっくりと紅茶を飲みながら聞いて来る。
相変わらずテーブルの上にお菓子は置かれていない。
ガッカリしながら私はセリーヌ様にナタリーのことを説明をした。
全てを聞いたセリーヌ様は嫌悪感をあらわにする。
「本当に最低の男ね。可愛い弟をダシにして女を食っていたのね。死んでしまったから文句も言えないわ」
ハインリッヒ様はセリーヌ様をゆっくりと見つめる。
「可愛い弟?文句を言える相手の間違いだろう?……まさか、クロード殿が僕と結婚させるからと女性に声をかけていたとは驚いたね」
「ハインリッヒが早く結婚しないからよ。まぁ、全部あの男が悪いんだけれど」
怒りで顔を赤くしているセリーヌ様に私は落ち着くように手を軽く上げた。
「まぁまぁ、仕方ないですよ。ハインリッヒ様と結婚できるかもしれないってなったら期待をしてしまいますよね。ナタリー様はクロード様と親密な関係にはなっていなさそうですし、お金も貸し借りしていなさそうでしたよね」
「お金?」
セリーヌ様はぴたりと動きを止める。
「ナタリー様は男爵家でお金がないし身分が釣り合わないと悩んでいたそうなんですが、クロード伯爵が全部取り持ってあげるって言ったそうです」
私が言うとセリーヌ様の頬が引きつった。
ゆっくりとハインリッヒ様に微笑む。
「ねぇ。それって今までの女性たちもそうやって騙していたのかしら?」
「そうかもしれないね。この家の帳簿を確認したほうがいい。間違いなく不正なお金の動きがあると思うよ」
静かに言うハインリッヒ様にセリーヌ様は珍しくテーブルの上に俯した。
「最悪だわ。あの男と話すが嫌だからお金の管理は全部クロードがやっていたのよ。私は全く知らなかったわ」
「クロード殿が1人で?」
ハインリッヒ様が聞くとセリーヌ様は首を振る。
「執事頭のセドリックもやっているわ」
セドリックとは真っ白な頭に白髭を生やした優しい老人だ。
いつもニコニコ微笑んでお菓子やお茶を勧めてくれる。
「そういえば、お菓子が出てこないのは執事のセドリックさんがいないからですか?姿を見ませんね」
思い出したように私が言うと、ハインリッヒ様に冷たい視線で見られた。
「なるほど、君がお茶のたびにテーブルを見てガッカリしていたのはお菓子が目当てだったのか」
「分かりました?お茶会から美味しいお菓子に出会っていないんですよ。セドリックさんは美味しいお菓子を出してくれるので毎回期待していました」
我が家では出てこないような珍しいお菓子や手の込んだケーキが出てくることもあり密かに楽しみにしていたのだ。
セリーヌ様は力なく頷く。
「そうなのよ。こんな時にセドリックは長期休暇中なの。なんでも体調不良で田舎でしばらく療養しているわ。お菓子は彼の手作りだったのよ」
「そうなんですか。残念です」
セドリックさんのお手製のお菓子だと知り、私は肩を落とした。
「クロードの執務室なんて私は入りたくないの。ハインリッヒとエミリアが帳簿を捜索してくれるかしら。他に頼れる人もいないし、こんなことが使用人にバレたら大変なことよ」
ハインリッヒ様は嫌そうな雰囲気だが、姉の言うことは絶対のようで渋々頷いている。
私も元気よく頷いた。
「もちろんです。でも、私なんかがお家の事情に立ち入ってもいいんですか?」
ハインリッヒ様の婚約者じゃあるまいし、流石にまずいだろう。
心配している私をよそにハインリッヒ様は頷いてくれる。
「今更だろう。僕1人では嫌だし、確かに他の人にやらせるべきではないことは確かだな」
ハインリッヒ様と一緒にクロード伯爵の執務室へと向かう。
閉ざされたドアの前でハインリッヒ様はため息をついた。
「どうしたんですか?」
なかなか中に入ろうとしないハインリッヒ様を見上げると呆れたような瞳で見下ろされた。
「君は嫌じゃないのか?人が亡くなった部屋へ入るのが」
「そうですか?死体があるわけじゃないですし大丈夫ですよ」
ハインリッヒ様の意外な一面に思わず頬が緩む。
入るのを躊躇っているハインリッヒ様をチラリと見て私はさっさとドアを開けて中へと入った。
執務室は壁際に本棚が置かれており、ソファーとローテーブルそしてその奥に執務机が置かれている。
私はそっと執務机に近づいた、重厚な机はあの日のままのようで乱れた書類が散らばったままだ。
この机に俯してクロード伯爵は亡くなっていたのかとじっと見つめてしまう。
「エミリア嬢……、よくそんなじっと見ているられるね。普通の令嬢は部屋すら入るの躊躇するもんだろうに」
嫌そうに部屋に入ってきたハインリッヒ様も辺りを見回している。
私は肩をすくめた。
「そうですか?私、野次馬根性がすごいみたいなんですよね。でも現場を見るのは大切ですよ。こう言うところに犯人の手がかりがあります。名探偵って大体そういいません?」
人差し指を立て堂々と言う私をハインリッヒ様は冷たく見つめる。
「推理小説は読まないからわからないな。それに、名探偵ってなんだい?」
「あれ?この世界には名探偵って言葉ありませんでした?」
混乱している私にハインリッヒ様は軽く首を左右に振った。
「ないと思うよ。君が他の令嬢とは違うことはよくわかったけれど、それに慣れてきている僕もどうかしているな」
ハインリッヒ様は小さく呟くと壁際の本棚から一冊づつ本を取って中身を見ていく。
帳簿を探しているのだろう。
私は机の周りを調べることにして机の上に散らばっている書類を眺めた。
何が書かれているのだろうかと顔を近づけると甘い香りが漂ってくる。
「ん?この机甘い匂いがしますよ」
机の匂いを嗅いでいる私を見てハインリッヒ様は顔を顰めた。
「その机でクロード殿が死んでいたの見ただろう?そんなに顔を近づけて気持ち悪くないのか?」
「だって変な匂いがするんですよ。ハインリッヒ様の香水に似たようなもう少し甘くした感じです」
クンクンと匂いを嗅いでいる私をハインリッヒ様は嫌そうに見ている。
「僕の香水はスズランをベースに特注をしているから同じ匂いはないはずだよ」
「なるほど。でも似ている匂いですよ。ハインリッヒ様も嗅いでくださいよ」
「遠慮しておくよ。クロード殿が死んだ現場を見た上で、その机に近づける君を心から尊敬するよ」
嬉しくない賞賛を受けて私は顔を顰めた。
その後も手分けをして部屋の中を調べたが、裏の帳簿やお金の流れがわかるものは出てこなかった。
女性の情報すら見つからず、私とハインリッヒ様は疲労困憊でソファーに座った。
「何もありませんでしたね」
「クロード殿は意外と用意周到だと言うことがわかったな」
ハインリッヒ様は長い足を組んでソファーに深く腰をかけている。
その仕草も素敵で私はうっとりと眺めた。
ハインリッヒ様の足元、ソファーの下にノートのようなものが落ちているのが見えた。
椅子から降りて床に這いつくばっている私をハインリッヒ様は奇妙な目で見つめてくる。
「何か落ちています。失礼しますね」
ハインリッヒ様の座っているソファーに手を伸ばして落ちているノートを手に取った。
ノートだと思われていたものは黒革の手帳だった。
パラパラとめくると男性の筆跡でアポイントメントを取っている日取りが書いてあった。
「手帳です。かなり頻繁に人と会っていますね」
一通り見た後にハインリッヒ様に渡す。
彼は一瞬躊躇してから手帳を受け取った。
「これは綺麗なのか?毒はついていないだろうね」
「大丈夫ですよ。ハインリッヒ様、意外と潔癖ですね」
可愛らしい一面に私が笑うと、ハインリッヒ様は眉を顰めた。
「君がおかしいんだ。……これはクロード殿の手帳だね、彼の字だ」
ハインリッヒ様はパラパラと手帳をめくってため息をつく。
「会う予定の人はほぼイニシャルだが、団長が持って来た資料の中の女性と一致している部分がある。ただ、気になるのは頻繁にシャルル領に行っていることだな」
「シャルル領はクロード様が管理されている領土だから視察じゃないんですか?」
私が聞くとハインリッヒ様は腕を組んで天井を見上げる。
「それにしては滞在が短期間だ」
私はピンときて立ち上がった。
「わかったわ!きっとシャルル領に行けば証拠が見つかるかもしれないわ」
「……犯人はクロード殿ではないんだが」
呆れているハインリッヒ様に私は満面の笑みを向ける。
「手がかりがあるところには行くんですよ。それが名探偵でありサスペンスの醍醐味ってやつですね。間違いなくその領地には崖があるはずです。崖の上で犯人が犯行を告白するんですよ」
言い切る私にハインリッヒ様は長いため息をついた。




