6 調査開始
王家の紋章がついた馬車はガラガラと音を立てて田舎道を走っていく。
私の前にはハインリッヒ様が座って気だるそうに窓の外を見ている。
憧れの人と同じ馬車に乗っていることに幸せを感じていると、ハインリッヒ様が視線を向けてきた。
「エミリア嬢、体調に変化はないのかい?」
「多分、大丈夫です」
「多分?また変なことがあったのか?」
注意深く聞いてくるハインリッヒ様に私は考えるように上を向いた。
「頭がおかしくなったと思わないでくださいね。たまーに前世の記憶みたいなのが出てくるんですよ。生活とかじゃなくて、よく見ていた物語の断片を思い出すみたいな」
「……なるほど」
これ以上聞くのをやめたようにハインリッヒ様はまた窓の外を見た。
私がおかしなことを言っているとはわかっているが、聞いてきたのはハインリッヒ様だ。
私は話を続けた。
「断片的に見ていたドラマがあって、それ毎週やっていたんですよ。推理ものなんですけれど、こうやって登場人物が犯人を探すんですよ。最後犯人が犯行を告白するシーンは崖っていうのはお決まりんです」
ベラベラ話す私にハインリッヒ様は眉を顰める。
「君は、何をいっているんだ……」
理解をしてもらおうとは思わないが、ハインリッヒ様は私がおかしくなっていると思っているようだ。
「だって、本当なんですよ」
「エミリア嬢が変になったのは、クロード殿と同じ毒を飲まされたんじゃないのか?」
ゆっくりと言うハインリッヒ様に今度は私が眉を顰めた。
「そうしたら私あの時死んでいないとおかしいじゃないですか。そもそも誰かから恨みを買うことはしていませんよ。一体誰が私を殺すって言うんです?」
ハインリッヒ様は小さくため息をつく。
「確かにそうだ」
私は断片的に思い出している物語の流れは完璧だ。
意気揚々とハインリッヒ様に宣言をした。
「話は私が聞きますね。断片的な前世らしき記憶のおかげで、私聞くの得意ですから」
ハインリッヒ様と共に来たお屋敷はクロード伯爵に声をかけられたであろう男爵令嬢だ。
王都のはずれに屋敷を構えており、私たちは話を聞くためにわざわざやってきたわけだ。
屋敷に到着するとすぐに男爵令嬢の一家が迎えてくれるがハインリッヒ様が人払いをして男爵令嬢と私だけで話すことになった。
私は調書を書き写してきたノートを広げた。
「ナタリー男爵令嬢様ですね」
ハインリッヒ様の隣に座っている私をナタリー嬢は不思議そうに見つめて頷く。
「は、はい」
茶色い髪の毛のナタリー令嬢は気弱な雰囲気だが小柄でとても可愛い顔をしている。
クロード様が亡くなった日お茶会に参加していたが、それ以前のお茶会で見かけたことはなかった。
「この前は大変でしたね。お加減に変わりはありませんか?」
すぐに事件のことを聞くのもよくないと思い私は当たり障りない話から入ると、ナタリー嬢は頷く。
「お気遣いありがとうございます。私、驚いてしまってしばらく寝込んでおりました」
「そうなの。ちょっと私たち色々調べているんですけれど、あの日何か気づいたこととかありませんか?」
私が聞くとナタリー嬢は困ったようにハインリッヒ様を見つめる。
ハインリッヒ様を見つめる瞳は恋をしている女性だ。
ハインリッヒ様はナタリーにじっと見つめられて困ったように私を見てきた。
なぜ私を見るんですかと言いたいが、私が聞きますと断言したのだから頑張ろう。
「特にないのね?それでは話を変えるんですけれど、クロード様とお会いになって何か話したりしましたか?」
私が聞くとナタリーは突然体を震わせて俯いた。
今にも泣き出しそうな様子の彼女に驚いて今度は私がハインリッヒ様を見つめる。
ハインリッヒ様は明らかにめんどくさそうな顔をして私に任せると軽く手で指示をしてきた。
私は困りながらも精一杯気遣いながら優しい声を出した。
「辛いのなら無理に話さなくてもいいのだけれど、クロード様が不自然な亡くなり方をしたでしょう?私たち、バルダー団長とセリーヌ様に頼まれてお話を聞いているのよ。よかったら話してくれないかしら」
ナタリーは涙を堪えながら小さく話し始める。
「私、どうしてもハインリッヒ様とお近づきになりたくて……」
「わかるわ。ハインリッヒ様は素敵ですものね」
私は寄り添うように相槌を打つとナタリーの目からとうとう涙が溢れてくる。
「私の家は男爵家なんです。それもお金はありません」
突然何の話だろうかと困惑してまた私は隣に座るハインリッヒ様に視線を向ける。
彼も疲れたように話を振って来るなというふうに軽く首を振っている。
「そ、そうなの?まぁ、生まれは選べないものね」
「だから……どうにかしてハインリッヒ様と近づこうと思っていたらクロード伯爵が優しく声をかけてくれたのです」
「ん?」
一瞬言葉を失う私に、ハインリッヒ様の長い指がノートの一部を指差した。
私が書いたノートには“クロード伯爵は小柄で可愛い子が好み、声をかけていたずらをしている“と書いてある。
まさか、この子は被害者なのだろうか。
「セリーヌ伯爵夫人のお茶会に参加できるように声をかけてあげると。ハインリッヒ様が参加されるお茶会に呼んでくださることがわかりとても喜んでいましたがあんなことになるなんて……」
ポロポロと涙を流すナタリーに私はハンカチを手渡した。
「そう。他にクロード様は何か言っていたかしら?」
ナタリーは言いにくそうにハインリッヒ様に視線を向ける。
「……お金を融通してくれると言ってくださいました。我が家のような貧乏な男爵家はからはハインリッヒ様と結婚が難しいからお金を無担保で貸してあげるから今度ゆっくり話をしようと。でもそんなことは私一人では決められれないと言ったのですが話だけでも言っておられました」
「な、なるほど。……お金まで絡んできて厄介ね」
思わず呟いた私にハインリッヒ様も頷いた。
「そもそもなぜ僕を通さずにそんな話が進むのか理解ができないのだが……」
ハインリッヒ様の言葉にまたナタリーが泣き始める。
「だって。クロード様が話をつけてくれると言ってくださったんです。全部有通りにしていればハインリッヒ様と結婚できるように段取りしてあげると……。でも、気づきました。それは無理だって」
嗚咽しているナタリーに私は頷く。
「そうね。クロード様がいくら命令してもハインリッヒ様は結婚しないと思うわよ。……まぁ、お義姉さまのセリーヌ様が言えば別かもしれないけれど。お姉様が大好きで結婚されないそうだから」
笑みを見せる私に、ハインリッヒ様は額に手を置いて眉を顰める。
「一体その噂は何処が出どころなんだ。全くの嘘だ」
苦悩しているハインリッヒ様の姿に私の胸がキュンと高鳴った。
普段、涼しい顔をしているハインリッヒ様にしては珍しい様子だ。
私がハインリッヒ様の表情を堪能しているとまたナタリーが声をあげて泣きだす。
「私、諦めます。ハインリッヒ様とおいそれと結婚できるような身分ではなかったのです。ハインリッヒ様にはエミリア様がいらっしゃるご様子ですし。もう私が入る隙はないんですね」
声をあげて泣き出したナタリーにハインリッヒ様はめんどくさそうに頷いた。
「そうだね」
「えっ?」
否定をしないのかと驚いて固まる私にハインリッヒ様は余計なことを言うなという目を向けてきた。




