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12 崖の上での告白

走っているセドリックさんの前に私は回り込んで両手を広げた。


「待ちなさい。死んでも何もなりませんよ」


 両手を広げている私の前でセドリックさんが立ち止まった。

 私が口を開くより早くハインリッヒ様が私とセドリックさんの間に入ってくる。


「何をしているんだ君は。危ないだろう」


 庇うように前に立ってくれているハインリッヒ様に感動をする。

 ハインリッヒ様の背中から顔を出して私は再度セドリックさんに声をかけた。


「死んだら何も残りませんよ。可愛いお孫さんが悲しみますよ」


「えっ?し、死ぬ?私がですか?」


 震えながら戸惑っているセドリックさんを見て私は首を傾げる。


「死ぬつもりで崖に来たんじゃないんですか?それとも罪を告白する為ですか?」


 夕陽に照らされているセドリックさんは戸惑いながらも首を振った。


「い、いえ。死ぬつもりはありません」


 セドリックさんを追いかけていた騎士が肩で息をしながら追いついてきた。


「せ、セドリックさんがノートの切れ端を捨てようとここまできたんですよ。手にしているのを見て追いかけてきたんです」


「なるほどな!」


 バルダー団長はセドリックさんの腕を掴むと懐を弄る。

 上着の内ポケットから切り取られたノートの切れ端を取り出しバルダー団長が広げる。


「あー、確かにこれは見られたらまずいなぁ。セリーヌ様の私財にまで手を出している。それに国庫も使っているだろうこれ……。一体何に使ってたんだ?」


 セドリックさんを押さえつけながらバルダー団長はノートの切れ端をハインリッヒ様に渡す。

 ハインリッヒ様は深いため息をついた。


「宝石や金を大量に買ってどこかに隠しているね。何かあったら高飛びをしようとしたんでしょうね」


「高跳びぃ?どこに?」


 私と騎士団長の声が重なる。

 ハインリッヒ様はノートの切れ端を綺麗に折りたたんでポケットにしまった。


「どこかはわからないけれど、多額の金を人に貸して女性に手を出していた。ただ返って当てはないだろう。女性はお金も手にしているし手籠にされたことは言いづらい。クロード殿がやっていた犯罪は今の所表に出ていないがこんなことを繰り返していたらいずれバレるだろう。その時にどこかに逃げようとヒミツの財を手にしてたんだろう。それも姉上のお金でね」


「なんとなく理解したけれど、セリーヌ様は気づかないのかしら」


 私が聞くとハインリッヒ様は肩をすくめた。


「自分のお金なんていちいち気にしていないな」

「金がある奴は少しばかり減っても痛くないんだよ」


 騎士団長は小馬鹿にしたように言った。


「それじゃ、セドリックさんはどうして崖まできたの?飛び降りて死ぬつもりじゃないの?」


 私が聞くとセドリックさんは首を振った。


「クロード様が亡くなった後、帳簿を誤魔化していたことを私は知っていました。もしそれをセリーヌ様に気づかれたらと思うと私は急に恐ろしくなりその部分だけでも無くそうと思って何故か私はノートを破ってしまいました。その後ノートを持っているのも恐ろしくなり、しかし処分もできないし……」


「なるほど、そうしていたら騎士が事情を聞きにやってきたというわけだね」


 ハインリッヒ様が言うとセドリックさんは頷いた。


「腰が痛くて休んでいたのは本当です。クロード様が急にあんな亡くなり方をしてそのショックもあったのでしょう」


「そんな嘘が通ると思っているんですか!あなたのやったことは全てお見通しですよ!」


 名探偵っぽく私が言うとセドリックさんは助けを求めるように騎士団長を見た。


「エミリアお嬢様は一体何を言っているんすか?私は犯人ではありません。しかしながら、長らくクロード様のよくない行動をお側で見ていたのは確かです。クロード様に手籠にされたお嬢様達とセリーヌ様には申し訳なく思っております」


 項垂れているセドリックさんにバルダー団長は頷いた。


「ま、あんたが殺人をしてないってことはこれから調べるとして。あんたがやったのは二重帳簿をつけていたのを黙認していたことかな」


「えっ?可愛いお孫さんが手籠にされたとか、クロード様からお金を借りているとかじゃないんですか?」


 私が聞くと、セドリックさんは首を振る。


「いえ……そんなことはありませんが」


「じゃ、本当に殺していないの?」


 私の問いにセドリックさんは頷く。


「はい」


 彼が嘘をついているようには見えず私は衝撃で言葉を失った。


「そんな……崖の上で追い詰められて告白をするのは殺人犯ってお決まりなのに」


 ショックを受けている私をハインリッヒ様は呆れた様子で見つめて落とした氷嚢を渡してくれた。


「頭を少しやしたらどうだい?やっぱりエミリアは変なものを食べて混乱しているんだよ」


「違うわよ。おかしいわ」


 混乱している私を騎士団長は鼻で笑う。


「どうした。名探偵のくせに推理が全くできていないじゃないか。俺は崖の上の大捕物を期待してたんだけどよ」


 どうして名探偵なんて言葉をバルダー騎士団長が知っているのだろう。

 まさか彼も異世界転生をしているのだろうか。

 驚いた衝撃で激しい頭痛が襲ってくる。

 頭を抑えてうずくまろうとする私の体をハインリッヒ様が支えてくれる。


「大丈夫か。頭を怪我しているのに無理をするからだよ」


「じゃあ、誰が犯人なの……」


 名探偵だと思っていたのに私の推理は外れていた。

 譫言のように呟く私をハインリッヒ様が抱き上げた。


「だから犯人探しは君の役目じゃないよ」


 ハインリッヒ様のスズランの香水がふわりと風に乗って漂ってくる。

 頭が痛くて目を瞑る。

 スズランの香りは最近どこかで嗅いだことがある。

 どこだったかしら……。


「そうだわ、セリーヌ様のお屋敷で飲んだ紅茶だわ」


 ハインリッヒ様に抱き上げられながら私は閉じていた目を開けて叫んだ。

 ハインリッヒ様はギョッとして私を胡散作そうに見つめる。


「なんだい急に」


「セリーヌ様のお茶会で飲んだ紅茶が今までと違っていい香りがして美味しかったのよ。なんの匂いだろうと思ってたんだけれど、スズランの香りだったのね。大好きなハインリッヒ様の匂いなのにわからなかったわ」


 いい匂いを少しでも大量に嗅ごうと彼の胸に顔を近づけた。


 セドリックさんが不思議そうに首を傾げる。


「お屋敷での紅茶はすべて私が管理しておりますが、バラ以外の匂いがついたものはございませんよ。そもそもスズランは匂いが強すぎて食品には向かないのではないですかね。私は見たことがありませんが……」


「どう言うこと?」


 私が首を傾げると何故かハインリッヒ様がハッとして私を見つめた。


 


 

 

 

 

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