11 犯人はやっぱり崖の上
「頭がすごく痛いわ」
氷嚢を頭に置いて冷やしている私をハインリッヒ様が見つめてくる。
「たんこぶだけで済んでよかったよ。彼女がひ弱だったのが幸いしたね」
「本当だわ。少しでも力があったら頭がかち割れていたわよ」
迎賓館に戻り、私はハインリッヒ様の部屋で頭を冷やしている。
正確に言えば大きなリビングに私とハインリッヒ様はソファーに座っている状態だ。
「ナタリーが殴ったのは細い角材だったようだよ。打ちどころが悪かったら死んでいた可能性もあったよ」
ハインリッヒ様はソファーに深く腰掛けて疲れた様子で説明をしてくれる。
「だいたい、私とハインリッヒ様が結婚するから私を殺そうなんて少しおかしいわよあの子」
「残念ながら、そう言う女性は多いと思うよ。僕が少しでも微笑みかければ大体の女性は自分に気があると思うらしい。女性は厄介だよね」
うんざりした様子のハインリッヒ様はただ項垂れているだけなのに色気があってそれでいて美しい。
金色の長い髪の毛が美しさを際立たせている。
「まぁ、それはハインリッヒ様が美しすぎ罪ってやつですかね。でも、まさか気弱そうな可愛らしいナタリーがあんな醜い顔をするなんて……」
憎々しく私を睨みつけてきたナタリーを思い出して私は顔を顰めた。
「可愛らしい女性こそ醜い顔を持っていることが多い気がするね」
ハインリッヒ様の言葉に私は驚いて目を見開いた。
そのひょうしに頭が痛み顔を顰める。
「ハインリッヒ様は何度かそう言う場面を見ているってことね」
同情的に言うとハインリッヒ様は肩をすくめた。
「結婚したいと言う女性を断った時に何度か見たかな。まぁあとは色々あったよ……」
遠い目をするハインリッヒ様に今度は私が肩をすくめる。
女性に人気というだけで苦労をしているのだろう。
「それで、クロード伯爵のノートは何が書かれていました?」
私が聞くとハインリッヒ様は思い出したように頷いた。
「姉上の屋敷で見つけられなかった裏帳簿だったよ。それがひどい内容でね、多額のお金を人に貸していた」
「お金をダシにハインリッヒ様と結婚したい女性に手を出していたんですかね」
私がいうとハインリッヒ様は形のいい眉を顰める。
「それもありそうだ。女性の名前も何人か上がっていたが、その中で姉上が主催するお茶会に参加している女性はいなかったよ」
「なぜかしら?」
「姉上とクロード殿の関係は何年も前に終わっていて口も効かない状態だったからね。クロード殿がお茶会に参加させて欲しいと言えることがなかったんだろう。ただ一人例外を除いてね。ナタリーだけはなぜかクロードが推薦してお茶会に参加しているね」
クロード伯爵とセリーヌ様はお似合いの夫婦だと思っていたが関係は冷え切っていたようだ。
私は頷く。
「なるほど。……その中にまさかとは思うんですが、セドリックさんの名前はありますか?」
ハインリッヒ様は軽く笑うと首を振った。
「なかったよ」
「えっ。名探偵の私の勘ではセドリックさんだと思うんですよ。孫に手を出された挙句お金も借りてしまっていた。きっとセドリックさんはギャンブル好きかお店を開店する資金でお金が必要だったのね」
推理する私をハインリッヒ様は呆れて見ながらも頷いた。
「ギャンブル好きかどうかわからないけれどノートが数ページ切り取られていた。見られてたら困る情報があったのだろう。そしてあの別荘の鍵を持っているのはセドリックとクロード殿と姉上だけだ」
「じぁ、間違いなくノートを切り取ったのはセドリックさんね!クロード伯爵を殺したいほど憎んでいたんだわ。そりゃそうよ、可愛い孫に手を出されたんだものね」
「それも未確認情報だろう」
私はハッとして立ち上がった。
「セドリックさんを崖の上に呼んでください」
「なぜそうなるんだ」
呆れた様子のハインリッヒ様に私は断言する。
「犯人が罪を告白するのは崖なんですよ!これがサスペンス劇場の醍醐味なんですよ」
頭に氷嚢をのっけたままの私をハインリッヒ様は冷たい瞳で見つめてくる。
「君は、何を言っているんだ?」
「だって犯人はもうセドリックさんで決定ですよ」
偉そうな私にハインリッヒ様はため息をついた。
「それは我々の仕事ではないよ。今、騎士が話を聞きに行っている」
「なら私たちも行きますよ!いいところ見逃しちゃうわ!」
氷嚢を頭に乗せたまま私は立ち上がって部屋を出る。
ハインリッヒ様も諦めたのか私の後についてきた。
「行くのはいいけれど、セドリックは家にいると思うよ」
「違うわよ崖よ、崖!ほら、ちょうど夕日に差し掛かるわよ」
迎賓館で働いている人たちが氷嚢を頭に乗せたままの私と王子様のセドリック様の様子を不思議そうに見ている。
迎賓館の外へと出ると、なぜかバルダー騎士団長と鉢合わせをした。
大きな体のバルダー団長は私たちを見ると軽く敬礼をする。
「ご機嫌麗しゅうハインリッヒ王子。色男も大変ですなぁ」
ニヤニヤ笑っているバルダー団長を私は見上げた。
「どうして団長が?」
「人の手が足りないから来たんだよ。王子の連れを襲うなんて大事件だろう」
「確かに。でもいい所に来ましたよ。今からクロード伯爵を殺した犯人セドリックさんが崖の上で犯行を白状しますから」
バルダー団長は私の頭に乗っている氷嚢を指差した。
「その格好で?」
「痛んですよ。さぁ、さっさと行きますよ」
ずんずんと歩く私にハインリッヒ様とバルダー団長がついてくる。
「崖を確認していなかったら部屋に戻るんだよ。エミリアは頭を打っているんだから」
ハインリッヒ様が私を心配してくれるのが嬉しくて私は頷く。
迎賓館を出て崖がある裏へと向かおうとすると数人の人が走ってくるのが見えた。
夕陽に照らされている人物を見て私は声を上げる。
「あっ!セドリックさんだわ!」
セドリックの後ろには彼に事情を聞きに行った騎士が追いかけていた。
私は前世の記憶らしきものが蘇り喜んで氷嚢を投げ走り出す。
「ほら!やっぱり犯人が白状をするのは崖の上なんです!」
「……信じられない光景だよ」
ハインリッヒ様は呟いた。




