10 別荘へ
護衛騎士の人たちと離れて私とハインリッヒ様はクロード様の執務室へと向かう。
執務室はセリーヌ様のお屋敷と変わりはない広さで置いてあるものもさほど変化はない。
「さっさと終わらせよう。何か見つかるといいけれど」
ハインリッヒ様はやる気がない様子で執務室の机を調べ始めた。
「そうですね。犯人の手がかりってなんですかね……」
そう言いながら私は床に這いつくばってソファーの下を覗き込んだ。
ハインリッヒ様は手を止めて私を見つめた。
「君は何をしているんだ……」
「前回もソファーの下に手帳が落ちていたし。というか、手帳とか個人情報をここに隠す癖でもあるんじゃないですか?」
「そんなバカな……」
ハインリッヒ様に残念な目で見られながら私はソファーの下を覗き込み続ける。
一つ目、二つ目と覗き込んで一番奥に何か落ちているのが見えた。
手を伸ばすがソファーの下に腕が入らずに届かない。
「ハインリッヒ様、ソファーの下に手帳のようなものがあります。手が届かないんですよ。何か長いもの……その剣を貸してくれませんか?」
私はハインリッヒ様の腰についている剣を指差した。
「落ちているものを取る為に剣を使うなんて信じられないよ」
そう言いつつハインリッヒ様は剣を外して私と同じょうに床に膝をつけてソファーの下を覗き込んだ。
「確かに黒いノートのようなものがあるね」
ソファーの下に隠してあるような黒いノートをハインリッヒ様は剣を使って器用に引き寄せた。
それを手に取ると顔を顰める。
「埃っぽいな。クロード殿は隠し場所をもう少し考えた方がいい」
「あれですよ、エロ本を隠す少年みたいなものですね。大体ベッドの下って決まっているんですよ」
また過去の記憶が蘇り私は勝手にハインリッヒ様に言ってしまう。
私の前世の記憶だとわかるが断片的な変な記憶しか出てこない。
「君は何を言っているんだ」
呆れているハインリッヒ様の手から埃まみれのノートを受け取って私は窓を開けた。
窓からノートを出して埃を叩く。
「確かにすごい埃ですね。一度しっかりと掃除した方がいいですよ」
潔癖症なのかハインリッヒ様は私から離れて頷いている。
「姉上に伝えておこう。ここを使うかは知らないけれど……」
埃を払いながらふと窓から下を見ると庭に小さな花が咲き乱れているのが見えた。
小さくてよく見えないがスズランの花のように見える。
「ハインリッヒ様、庭にスズランが咲いていますよ。ちょっと見てきていいですか?」
身を乗り出してスズランの花を見ている私にハインリッヒ様は眉を顰める。
「なぜ?今はノートが先だろう」
「まぁそうですけれど、ちょっと花を積んだら帰ってきます。だってハインリッヒ様の匂いと同じなのかなと思ったら気になって……。あと、セリーヌ様のお茶会の時に飲んだ紅茶からいい匂いがしたんですよね。いつもと違う……。ハインリッヒ様の香水かなと思ったけれど生のスズランの匂いを嗅いでみたいんですよ」
「……なるほど。名探偵が気になるのなら調べてみてもいいかもしれないな。僕も少ししたら行くよ」
「大丈夫ですよ。すぐに花を取ったら戻りますから。ノートを調べていてください」
埃を出すために窓を大きく開けているハインリッヒ様を残して私は部屋を出た。
ハインリッヒ様の香水がスズランの花をベースに作られているとしたら、あの花を詰んで枕元に置いておいたら一緒に寝ている体感を味わえるのではないだろうか。
そんな邪なことを言えるはずもなく、私は1人で妄想をしてにんまりと微笑む。
階段を降りて広い玄関から外に出て裏庭へと回る。
裏庭はあまり人の手が入っていないのか、雑草が茂っておりその中にスズランの可愛い白い花がちらほらと見えた。
スズランが固まって生えているあたりを見つけてしゃがんで観察をする。
「可愛い白い花ね」
提灯のように白い花を一本摘み取って匂いを嗅いでみる。
いい匂いがするがハインリッヒ様の香水とは違う匂いだ。
ハインリッヒ様の匂いに包まれて眠るという妄想が破れてガッカリと俯く。
「全然匂いが違うわ」
背後で人の気配がしてハインリッヒ様かと思い振り向くと同時に頭に衝撃を受けた。
何かで殴られたかのような激痛が襲い私は地面へと倒れ込んだ。
「エミリア!」
ハインリッヒ様の声が聞こえて頭の痛みに堪えながらなんとか目を開ける。
スズランの白い花が揺れる中でハインリッヒ様が私を殴ったであろう人を地面に倒して首筋に剣を突きつけていた。
普段めんどくさそうにしている彼にしては素早い動きだ。
「エミリア、大丈夫かい?」
ハインリッヒ様は犯人の手を後ろに拘束しながらも私に声をかけてくる。
私が頷くより早く護衛騎士が駆けつけてくる。
ハインリッヒ様が取り押さえている犯人を代わりに取り押さえて彼らは私に声をかけてきた。
「エミリア嬢大丈夫ですか?」
「なんとか大丈夫だわ。脳天をカチ割られたかと思ったわ。頭割れていない?」
ジンジンと痛む頭を撫でている私にハインリッヒ様が駆け寄ってくる。
「大丈夫。血も出てないが医師に見てもらおう。しかし令嬢が頭が割れているとか言うかな……」
ハインリッヒ様は撫でている私の手を退けて殴られた頭を覗き込んで呟いている。
血が出ていないことにホッとしながら私は殴った人物に視線を向ける。
「いったい誰が私を殴ったの?セドリックさん?」
少し動くと頭が痛むがなんとか騎士が拘束している人物を見る。
私を邪魔だと思うのはセドリックさん以外考えられなかったが犯人はまさかの人物だった。
「ナタリー様?」
拘束されているのはまさかのナタリーで可愛らしい顔が醜く歪んで私を睨みつけている。
あまりの迫力に驚いてハインリッヒ様にしがみついた。
「なぜ彼女?どうしてここにいるの?」
驚く私にハインリッヒ様も頷く。
「全く同感だよ。なぜここにいるんだ?」
ハインリッヒ様に鋭い瞳を向けられてナタリーは一瞬でいつもの可愛い顔に戻る。
彼女の顔の変化にまた私は驚きと恐怖でハインリッヒ様にしがみついた。
ハインリッヒ様もナタリーの表情の変化に驚いたのか私を抱きしめてくれる。
ナタリーは可愛い顔をしたままハインリッヒ様に媚を売るように涙を流す。
「だって、エミリア様とご結婚されるんでしょう?それなら彼女がいなくなればいいと思ったの」
彼女の意味不明な言葉に私は思わず呟いた。
「あなたは、何を言っているの?」
ハインリッヒ様がいつも私にいう言葉がそのまま出てしまった。
彼女を拘束している騎士も呆れたように頷いていた。
ハインリッヒ様は呆れたように軽く首を振る。
「だいたい理解はできるが、君がしたことは犯罪だ。僕は君を一生許すことはないよ」
冷たくいうとハインリッヒ様は私を抱き上げた。
ふわりとした浮遊感に続いて動いたことにより殴られた頭が痛む。
「いたーい」
顔を歪める私をハインリッヒ様は心配そうに見つめてきた。
「大丈夫かい」
「大丈夫じゃないわ。わかったわ。犯人はナタリー!あなたね!クロード伯爵を殺したのもあなたでしょう!」
ハインリッヒ様に抱かれながら言う私にナタリーはまた怖い顔をして私を睨みつけてくる。
「殺すわけないでしょう!クロード様に取りいってハインリッヒ様と結婚しようと思っていたのに!死んでしまったら何もならないじゃない」
鬼のような顔をしているナタリーを取り押さえていた騎士が引き攣った顔をしている。
「女性って恐ろしいですね……。顔がこうもコロコロ変わるなんて」
確かにナタリーのいうとおりだ。
クロード伯爵を殺してもナタリーに何も徳がない。
私は痛む頭を抑えてナタリーを見つめる。
「でも、クロード伯爵に何か卑猥なことでもされたんじゃないかしら?」
「はぁ?そんなことされたらますますハインリッヒ様と結婚ができないでしょう」
「……確かにそうね」
ナタリーの言葉に納得してしまい私は口を注ぐんだ。
ハインリッヒ様はため息をついて私を抱き上げたまま歩き出す。
「とにかくナタリーのことは騎士に任せて君は医者に診てもらおう。まぁ、元気そうだから大丈夫だと思うけれどね」
「嫌ぁー、ハインリッヒ様私を置いて行かないで」
スズランの白い花が揺れる中でナタリーの声が響いた。




