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 実践体育館。能力を実際に使うことを想定して設備された体育館であり、導入している高等学校は数少ない。ドーム状に作られたそれは、外装としても内装としても従来の体育館には似ても似つかなかった。

 実践体育館を使う授業は二年生からの選択であり、一年生である錬と蒼空には未だ関係のない話だった。

 扉を開け、実践体育館に足を踏み入れる。

 密閉された空間に、見上げるほど高い天井。六角タイルが敷き詰められた床は、どこか冷たい雰囲気を感じる。

 ――サッカーコート三面分はあるだろうか。

「すげえな」

 感嘆の声が出、蒼空に共感を求める。

「うん。すごいね」

 頷き、その全貌に魅入られていた。

 シンプルに見えるが、隠された機能などがあるのではないか、と。

「――待っていたよ」

 そこには壁しかないはずだった。だが、その壁から、通り抜けるようにして実践部部長――片桐 燠は現れた。

 昨日と同じく炭のような、厚い帽子を深くかぶっていた。

 目の前で起こった驚愕の現象に目を剥き、裏声が出て、驚く。

「ど、どこから出てきたんですか?」

 蒼空が問う。

「能力ですか?」

 錬が続けて質問する。

「実践体育館の設備だよ」

 淡々と言うが、詳しくは言わない。

「一戦やってみようか」

 突拍子なく言う。いや、最初からそのつもりだったのだろう。

「錬、どうだい? やってみたらいいじゃないか」

 蒼空が背中を押す。だが、

「あの、俺の能力的にちょっと不利すぎませんか?」

 片桐 燠について、聞いて回った時、能力が判明した。詳しい使い方までは知ることができなかったが、炎系の能力者という情報は確実だということだった。

 普段木刀を愛用し、手に馴染み、まったく同じ形を量産できるまでになった。

 つまり、火と木刀では相性が悪いのだ。

「ああ。知っているよ。だから素材なら用意しておいた」

 入口の横に置かれた鉄パイプが乱雑に刺さった箱を指さす。

「濡れ雑巾も用意した方がよかったかな?」

「……真剣でやれってことですか?」

 息が詰まる。

「そうだ」

 錬にとってそれに頷くことは、人殺しになれと言われるようなものだ。

「できません」

 プライドが自制し、首を横に振らせる。

「ダメだ」

 否定の言葉。と、共に錬に鉄パイプを投げつける。

 掴み取り、逡巡する。

「どんな形でもいい。お前はもう、実践能力部だ。大会に向けてファイトだ」

「わかりました」

 錬は、人を殺すことのできるものは作らない。それが、約束であり誓いだからだ。

 武器だと認識する――能力の発動に、不可欠な条件。

「【金属バット】」

 材料が少ないことで、細くなってしまったが十分だろう。

「やる気になってくれて嬉しいよ。ああ、二対一でもいいよ」

 頷きながら、ドーム中心に向かって歩き出した。

 入口だと場所が悪いのだろう。

「蒼空は一緒に挑戦してみる?」

 ゲーム感覚に言い換えてみる。緊張を和らげようとしているのだ。

「うん。あっ、制服汚れるかな」

 ワイシャツに目を落とし、蒼空が心配する。

「体操服に着替えていいですか?」

 木曜日の今日は体育の授業が入っている。

「いいよ。行っておいで」

「すみません。じゃあちょっと着替えてきます」

 蒼空が入口に置いた鞄に、駆け足に向かう。

 燠と錬は中心で蒼空の背を見ていた。

「錬君は着替えなくていいのかい?」

 虫唾が走る呼ばれ方だ。

「俺はいいです」

 梅雨だとは言え、蒸し暑く学ランは鞄にしまってある。

 今は動きにくくはない。

「片桐さんこそ着替えなくていいんですか」

 抑揚なく錬が言う。

 燠は昨日と同じ服装で、学ランを決めていた。なのに汗一つかいていない。

「僕はね、寒がりだから」

 極度の寒がりということだろうか。それとも、――能力によるものなのか。

 蒼空は制服を綺麗畳んでからやってきた。ご丁寧に燠の忠告を受け入れてだ。

「さあ、じゃあやろうか」

 帽子の鍔を後ろに回し、顔の全容を現す。切れ長の暗い、黒い瞳。そして、いつも見る夕陽と同じ色の髪。その全貌は異国の者のようだった。

「能力の行使は好きにしていいよ。でも、倒れない程度にね」

 錬と蒼空が燠を挟むようになる。

「【氷進ひょうしん】」

 蒼空が能力を行使する。

 足を起点にして氷が這い、燠の左足を凍らせる。

 両足を完全に凍らされる前に、飛ぶ。

 後ろに一回転し、着地するところを狙い、錬が肉薄する。

 燠が舌なめずりをした。

「【炎流爆バックドラフト】」

 視界から燠が消失する。

「あつッ!」

 そのあとに襲う激しい熱気に後ろに下がりながら、腕で顔を覆う。

 ドン。と音を立てて燠が着地する。

 能力を行使することで、滞空時間を伸ばしたのだ。

「【氷進】」

 氷が這い、燠の両足を捉える。

 片足は既に凍っていた。回避する暇が生まれなかったのだ。

「【焼身バーニング】」

 凍った足が溶ける。

「相性最悪じゃない? 僕と」

「頑張って援護しろ。行くぞ」

 錬が肉薄し、バットを振るう。

 だが容易に避けられ、また、同じ技が来る。

「――【氷壁ひょうへき】」

 錬と燠を挟み壁が形成される。それが錬を守る攻撃などすぐに理解できた。

「蒼空! 足場!」

「【氷壁】」

 低い壁が幾つも形成される。転ばぬようゆっくりと足を進め、燠の隣に降り立つ。

 蒼空が氷の壁に手を当て、臨戦態勢でいる。

 燠の膝下、凍った足から水が流れていく。氷はなかなか溶けず足に纏わりついたままだった。

「魔力で作る氷はなかなか溶けないね」

 蒼空が作った隙だ。叩き込まないわけにはいかない。

 だが、振り抜いたバットが燠に当たる直前、その手を止めてしまう。このまま振るえば、骨を折り砕くことになるだろう。それが脳裏に映った瞬間、手を止めてしまう。

 人を壊す行為を、脳が拒絶した。

 その隙に燠がバットを掴み、錬の手から奪う。

 手に鈍痛が奔った。

 燠の自由を奪っていた氷は既に解けていた。

「錬! なにしてるんだ!?」

 目の前の光景に戦慄する。

 燠が振りかぶり、バットを振り下ろす。

 蒼空の能力を発動させるには、燠と錬との距離が近すぎる。

「あっ」

 殺意にまみれた攻撃に目をつむる。

「はい、アウト」

 燠がバットの先端で錬を小突く。

「え、ああ……」

「じゃ、そこで大人しくしててね」

 牙を抜かれた錬は、今だ何が起こったのかを理解できずにいた。

 錬の肩に手を置き、錬の後ろに居る蒼空に向かって歩き出す。

「さあ、君の番だ」

 宣言する。バットの先端を錬に向けて。

「【氷壁ひょうへき】」

 氷の壁が出現する。だが、それも一瞬の足止めにもならない。

 左手を壁に突き出し、能力を行使する。

 ――焼き尽くせば終わる。

 だが、その先に蒼空はどうなるか。

「【焼却インシネレート】……死んじゃうか」

 左手を握り、能力を潰す。

 そのまま、左手を下した。

 燠が氷壁に衝突する。衝突した体が氷を溶かしていく。

 そのまま、貫通する。

「相性が悪いって!」

 愚痴を言いながら一気に走り出す。

「【氷進】!」

 蒼空の走った軌跡に氷が張る。追跡できぬよう、足掻きの行動をする。

 深呼吸をし、先ほどの光景からくる震えを止める。

「降参すればー? あおいー」

 間の抜けた声を出す。高鳴る心臓が今だ止まらない。

「降参! 降参します!」

 左手を突き出す燠に蒼空が白旗を上げる。

「そう。分かった」

 頷き、蒼空を追いかける足を止める。

 二対一の状況下で、一瞬の内に勝敗が決する。

 燠の強さ、間合いの詰め方。その姿が、誰かと重なる。

 だが、どこで見たのか、脳に霧がかかったように思い出すことができない。思い出したくない何かが、燠の姿と重なっていた。

 脳裏によみがえる言葉「カルミアによろしくっす」。

 ――カルミア。

 毒のある可憐な白い花びら。

 ――燠がカルミアなのか。

 だが、それを思い出した瞬間、言い表せぬほどの吐き気に口を押えた。

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