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 扉を開け、自身の席に向かう。といっても、最前席の扉横だ。

 鞄を机に掛け、椅子に倒れ込むように座る。

 そのまま机に伏せる。

 周りからの視線は相変わらず冷たいものだ。

『あいつ、一匹オオカミみたいでうざいよな』

 いつの日にか耳にした言葉だ。

 ――腹が痛い。

 また、針で腹を刺されような痛みが錬を襲う。

 荷絨の言葉が頭から離れない。

 ――あたしが、――あんたを強くしてやるっす。

 強くなれと言われ、

 ――すみません。どうやら人違いだったみたいっす。

 突き放された。

 強くなれ。その理由を正確にまだ聞いていない。

「どうしろっていうんだよ」

 押し殺した声。

 学ランの裾に目を落とす。今着用しているものは高校で新調したものだ。夜に活動する時は、中学時の袖が短くなった学ランに腕を通す。

 溜息を一つ。徐々にやってくる眠気に意識を預けた。


 帰りのSHRが始まる。

 プリントが配布され、後ろに回す。

『世界能力演武競技大会』

 タイトルに目を落とす、それでおしまいだ。

 興味など微塵も存在しない。

「えー……っと。うちのクラスにはいないのかな。実践能力部の部員は……?」

 担任が生徒を見回す。

「いないならいいか……今日は特にない。帰っていいぞ」

 投げやりに終わりの言葉を口にする。

「きりーつ、れい」

 立ち上がり、礼をする。それぞれが、「ありがとうございました」と、ずれたことを言ったり、「さようなら」と、言い、鞄を手に取り、去っていく。

 一言も口に出さず、教室を後にした。

「れん!」

 足を止める。――蒼空の声だ。

「なあ、実践能力部、見に行ってみないか?」

「またなんで?」

 隣に蒼空が立つ。歩幅を合わせながら玄関に向かう。

 窓から差す夕焼けが蒼空の氷のような髪を、明るく染めていく。

「錬に正しい力の使い方を学んでほしいんだ」

「親父の受け売りか。先生みたいなこと言うんだな」

「錬さ、このまま半端もんなままいくのかい」

 蒼空の言葉に錬は足を止めた。説教など聞きたくなどない。

「お前ならわかるだろ?」

 錬が学ランの裾を掴む。

「新聞に載った、載ったんだ……」

 言葉が途切れる。

「もうすぐかもしれないんだ」

 拳を握りしめ、興奮する手を収める。

 蒼空の表情が曇る。

「でもさ、無理だよ」

 優しく諭すような声。その口は、全てを知っているかのように動いていた。

「はあ?」

 そんな否定の言い方に錬は腸が煮えくり返る思いがする。

「お前が言うなよ……!」

 錬にとって一番の理解者は蒼空だ。その理解者に否定されたとき、錬の口から毒があふれ出そうになる。

 歯を食いしばり、奥歯が悲鳴を上げる。

 踵を返し、教室に戻る。

「なに怒ってるんだよ!」

 言葉を無視する。溜息を吐く音が後ろから聞こえる。

「機嫌悪いけど何かあったのか?」

 心配そうな声が錬の背中に刺さり、心が痛くなる。

 蒼空が後を追いかけ、錬の隣で歩幅を合わせる。

「忘れ物しただけだ。ちょっと待ってろ」

 隣に立つ蒼空に観念したように言う。

 内心で小さく溜息を吐く。

 だが、待つことはせず、錬に合わせて歩き続けていた。

 教室の前に二つの人影が立っていた。

 一つは担任であり、帽子を深くかぶった背の高い男と話していた。

 蒼空が二歩下がった位置で止まる。

「噂をすればなんとやらだな。なんだ錬、忘れ物か?」

「はい、ちょっと……」

「丁度いい、お前に話があるという人が来ている」

 一歩前に出た帽子の男が錬を値踏みするように粘ついた視線を向ける。

「初めまして。実践能力部・部長。三年、片桐カタギリ オキだ。君を勧誘しに来た」

 右手を突き出し、不敵な笑みを浮かべる。

「すみません。俺は部活動に入るつもりはないので」

「残念だ」

 錬を一瞥する。その視線には何か含みがあるように見えた。

 そういうと、担任の方に向き直りお辞儀をし、去っていった。

「いさぎのいい人だね」

 蒼空が錬に声をかける。それに、頷き、存在しない忘れ物を教室から持ってきて、帰路に就く。

 廊下には生徒がちらほらと歩いていた。多くは部活動で残っている生徒達だ。錬も蒼空もまだ、部活に所属はしていなかった。

「やっぱりさ、見学だけでも行こうよ。部長が直々に来てくれたんだしさ」

 そこだ。錬はそこに疑問を持っていた。

 なぜ、自分に勧誘しに来たのか。

 首を横に振り、考えても仕方がないと処理する。と、同時に蒼空に否定の意を示す。

「いいよ。俺はこのまま一匹オオカミで生きていくから」

「はいはい。かっこいい、かっこいい」

 拍手をしながら錬を褒める。

「なあ、今日は久しぶりに一緒に帰らない?」

 自転車置場までついてきた蒼空は、自転車に跨る錬を止めた。

「ああ。いいよ」

 頷き、自転車を押す。

 いつも蒼空は歩いての登下校のため、自転車で一緒に帰ることはない。

 校門を出て、坂道を下ろうとした時だった。

「学ランマン」

 その言葉に反応し、錬の心臓が飛び跳ねる。

「その所在はここから約四キロ離れた地点で活動をする中学生のコスプレをした高校生、か。いいシナリオだね」

 指先から血の気が引いていく。唾を飲み込むが、喉の渇きで痛みが走る。

 聞いたことがある声だった。それはついさっき、部活動に勧誘してきた先輩――部長・燠だった。

「私を待つ、大切な後輩が待っているから単刀直入に言う」

「なんですか」

 深く深呼吸をする。ことでようやく声が出る。

「人数が足りないんだ、部活に入れ。君が嫌がるのは分かるが、……分かるだろう?」

「脅しですか」

 決めつけた口調で錬が言う。

「そうだ。ついでに君も入らないか?」

 何も言えずに固まる蒼空に勧誘の手を差し伸べる。

「え? あ、考えときます」

 いきなりの言葉に、戸惑いながら答える。

「では決まりだね。Uターンして部活動に来てもいいよ。場所は実践館だ。待っている」

 言い切ると同時に踵を返し、学校に戻っていく。

 二人の間に沈黙が流れる。最初に口を開いたのは蒼空だった。

「やばいよ……錬! 身バレしてるよ、やばいよ!」

 不安気な声で蒼空が言う。その言葉に錬も不安が込み上げ、吐き気がする。

「俺やっぱ先に帰るわ」

 蒼空に別れの言葉を告げ、自転車に跨り、坂道を滑走していく。

 蒼空からだいぶ距離が離れたところまで下った。

 赤信号でブレーキを思い切り握る。だが、それでは錬の化け物のような鬱積は晴れず、ハンドルを殴りつける。

「クソ! クソッ!」

 溜めていた怒気を放出する。

 ――新聞に載ったからなんだ。それで活動ができなくなれば本末転倒だ。

 錬を『学ランマン』と確信する情報は何か。なぜ、実践能力部が錬を欲するのか。

 爪を噛み、信号が変わるまでの暇をつぶすかのように考えに耽る。

 信号が青に変わり、思い切りペダルを踏み込む。短時間で考えなどまとまる筈がなかった。

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