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 駅のホームで電車を待つと、空が陰りだす。

 アスファルトを水が打ち、泥の匂いが辺りを満たす。

「二年前、覚えているっすか」

 舞台の上には二人しか立っていなかった。

「受験勉強してたかな」

「やっぱり……、忘れたふりをするんすね」

 悲しげな瞳は、誰のせいか。

 目を伏せ、錬が踏む足元の点字ブロックに目線を合わせる。

 錬は誤魔化したつもりではなかった。

 二年前。

 凍ったカラス、――人間。手の先端が凍り、肺を凍らせる。

 血に染まる世界に響く誰かの悲鳴、焼けた肉の匂い、人を殺す悪魔。

 その年のことを錬は何も覚えていない。漠然とした記憶の中で、こんなことがあったな程度の認識だ。

 ホームからも聞こえる程に近い遮断機が点滅する。

 遮断機の音が響く。

 荷絨が顔を上げた。その顔には今まで気づかなかったが血痕が付着していた。

 ポケットに手を突っ込み、顔を横に背けた。

「一万人のあんたが――」

 後ろを電車が通り過ぎる。位置、雨音と相乗してその声は消えてしまった。

「――去る、反吐が出るっすね」

「失礼」

 荷絨の言葉を無視し、取り出したハンカチを顔に当てる。

「ごめん、何て言ったか聞こえなかったや。俺が一万人を救った話?」

 適当にそれっぽい言葉を作り荷絨に投げる。

「すみません。どうやら人違いだったみたいっす」

「え?」

 ――人違いだった?

 変わらぬ現状を変えようと、行動を起こした。その行動に差した光が、また消えようとしていた。

「人違い……? なんの冗談だよ……」

「申し訳なかったっす」

 感情が籠った声で荷絨が頭を下げる。

「やめろ! ……俺はそういうのに弱いんだ」

 顔を上げ、哀しげな瞳を向ける。

 人生を変える覚悟を求められたとき、錬は頷いた。

 死ぬかもしれない。そう思った時、荷絨を助けたいと思った。

 ――これで、終わりなのか?

「あたしはもう行きます。もうすぐ、接触してくる者がいます。死にそうになったらそいつが庇ってくれるはずっす」

 電車の昇降口に足を踏み入れる。

「カルミアによろしくっす」

「おい、待てよ……」

 出す声が弱弱しくなっていく。

 自分がなぜ引き留めようとしたのか。目の前の少女に何を思ったのか。

 後ろに下がり、流れ出る乗客を避ける。

「帰りの電車……どうするんだよ」

 押し殺した、誰にも聞かれぬ声。

 地面に零れた血が踏まれ、引き延ばされる。

 滴り落ちていた血は、改札から続いていた。

「お前も……俺を置いていくのかよ」

 溜息を吐き、椅子に腰を掛ける。

 スマホを開き、時刻表を調べる。

 調べる手が震える。脳裏によぎる荷絨の言葉。

『一万人のあんたが――、――去る』

 この言葉に反応し、細胞が逆立つ。

 奥歯を噛みしめ、右手をもう片方の手で包む。

「っ!」

 収まらぬ震えから逃げようと、右手を殴りつける。

 隣に座るサラリーマンが怪物を見るような視線を突き刺す。

 ――何を期待していたんだ。変われると思っていたのか。

 雨が周りから温度を奪い去っていく。雨の音だけが残響する静寂に包まれる。


 家に着く。人は誰もいない静寂な廊下に、光が差し込まれる。スマホに出力される時刻は十九時を表していた。

 玄関扉を閉めれば廊下は暗闇に包まれる。暗闇のまま自室に向かい、電気をつけた。

「疲れた」

 力の入らぬ口から溜息にも似た言葉が零れ落ちる。

 風呂を後回しにし、布団に飛ぶ込む。敷かれていない、折りたたまれただけの布団は、それでも、錬が寝るに十分だった。

「カルミアってだれだよ……」

 仰向けになり、目を腕で伏せる。

 思考を巡らせようとするが、意識が遠のいて、落ちていく。

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