2の6
錬の脳内に二つの声が響く。
『能力の真価は、覚醒後に決まる』
一つは心が落ち着く――師匠の声音だった。
『―――――』
ノイズだった。それが声だと分かったのは、意味が直接は入ってきたからだ。
それは、能力を使う直前に響く声と酷似していた。
十秒。短い時間で理解する。刻まれた能力の使い方を。
置かれた学ランに裾を通す。
錬の足音にカルミアが振り返る。
定規剣の片割れ。刀身の破片を手にする。
「【透刻槍】」
破片が矢の形に成す。槍というには短すぎるのだ。
カルミアに向かい、槍を投擲する。
頭部を狙った槍を、頭を少し動かす、最小限の動きでカルミアは回避する。
「仮面の内側を見せろ」
「ヒーローが来る。早急に決着を付けましょう」
スマホの入力端子から放たれる光が、一条の束へと凝縮される。
カルミアが肉薄する。
錬は、一歩も動かず、微動だにしなかった。
ただ、仮面の下で口角を上げていた。
横に一閃、錬の腹部に光が奔る。
――【武身錬成刃法】。
自分自身を武器とする闘法。
服を切り裂く光の斬撃は、錬の皮膚を切り裂けず、ただ熱を伝えるだけだった。
突きの攻撃が立て続きに放たれる。
低姿勢。柔軟さを生かすカルミアの癖だ。
だが、それも貫通することなく、灰皿に煙草を押し付けるように、光は潰される。
腹を武器の一部だと認識することで、変質が起こる。変質は、光の斬撃を通さぬほどに硬化していた。
顔を上げ、二つの仮面越しに両者の目が合う。
「怒りは、ありますか?」
仮面越しに伝わる高揚感。カルミアは今、きっと笑っているのだろう。
カルミアがスマホの光を消し、錬と向き合う。
「ないよ」
「残念です」
だが、その高揚感がすぐに感じられなくなる。
「お前、どこかであったっけ?」
背丈に、声音、どこかで感じたことのある既視感だった。
塞がった傷跡、硬化した身体。カルミアの勝機は絶望的に見えた。
手を、カルミアの顔に伸ばす。
伸ばした錬の腕をカルミアは掴み、そのまま、押し倒す。
地面に倒れる錬の胸に膝を付け、スマホの入力端子を目に向けた。
「半分。貴方の化けの皮を剥いで見せましょう」
「剥いでみろよ。鉄の味しかしないぜ」
心がどこか浮いていた。
今、この状況でも錬の脳内は危険信号を出せずにいた。
「決着を付けようか」
錬が言い切る前にスマホの光が、襲い掛かる。
左手で、その光を受け止め、右手で胸に乗る膝を掴み引く。
転がり、膝をつくカルミアを錬はただ眺めていた。
余裕だ。錬には今、余裕があった。
目の前に転がる弱者を笑う余裕が。
「清々しい気分だ」
「最大出力」
光が目を眩ませる程に光り輝き、錬に向けられる。
「【手槌】。低い場所からいこうか」
拳を握る指の境が癒着し、曖昧になる。
右手の五本指が一塊の鉄塊へと変質した。
カルミアに向かい、一歩一歩を深く、重く歩み寄る。
対照的に、錬に向かい一気に肉薄する。
光と、拳が交わる一瞬。
錬の下から突き上げる鉄槌の拳に、カルミアが光を重ねる。
錬の手に一瞬食い込む光の斬撃。
だが、光が拳を斬り伏せるより早く、錬の拳がカルミアに到達する。
腹を捉えた拳は、カルミアを吹き飛ばす。
カルミアの持つスマホから光が消えた。
「誰なんだ」
倒れるカルミアの仮面に手を掛ける。
仮面が剥がれ、素顔が露になる。
その顔を――錬は知っていた。
「は? なんで?」
だが、名前が出てこなかった。印象が薄く、その記憶が回帰されない。
その瞬間、視界が歪む。
体が押し潰されるように重かった。
「くッ」
――能力の限界。体を修繕したところで、その前に失った肉体は戻ってこない。
地面に倒れる。
遠くでサイレンの音が響く。
意識が、闇へと落ちていった。
――人影が一つ、増える。
人影は錬へ歩み寄る。
そして、仮面を外し、顔を覗き込んだ。
「辛そうだね」
錬を抱き抱える。
人影は近くで横たわるカルミアを一瞥した。
「君もか。困ったね」
小さく溜息を吐き、能力を行使する。
「【殺許霊】。燠、これは借りだよ」
伸びる影から半透明な人型の何かが現れる。
それは、同様にカルミアを抱き上げると、人影の後を追った。
人影の胸ポケットに仕舞われたスマホからは、音声が響くことはなかった。




