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 部活終わりに蒼空が燠に呼ばれる。

 実践体育館には錬を含め実践能力部、五人全員が集まっていた。

 話が終わった蒼空が錬と合流する。

「なに、話してたん?」

「能演のこと、枠取れないって」

「補欠か」

 息を深く吸い込み、痒くなる頭を掻く。

 世界能力演武競技大会――能演の出場参加枠に錬は入っている。

 そう、燠から聞かされていた。

「ま、別にいいんじゃね? こういうの得意じゃねえだろ?」

 気まずい空気を避けるため、話題を振る。

「うん。僕は錬とできるのが楽しいから、別に気にしないよ」

 蒼空は落ち込んだ様子もなく、笑った。

「そうか」

 だが、錬には蒼空の笑みが、作っているようにしか見えなかった。

 蒼空に声をかけようとして、口を止める。

 ――無理をして、俺についてきているのなら、無理をする必要はない。

 その言葉が喉から出かかる。

 昔にも一度、言ったことがある。

 その時、蒼空は泣き出しそうな顔をしていた。

「それよりも、さ。また、新聞に載ってたよ」

「うん」

 声が沈む。前まで毎日のように駆けていた。だが今は、行こうとすると足が竦んでしまう。

「まあ、頑張ったから」

「ヒーローが動くかもね。そろそろ」

「最悪だな。蒼空はヒーロー、まだ好きなのか?」

「うん。好きだよ」

「そうかよ」

 苦笑するしかなかった。今、錬は笑えてなどいなかった。

 蒼空の両親はヒーローだった。だからこそ、錬はヒーローが嫌いだった。

「無理してるの?」

「え?」

 その表情を異変と受け取ったのか、心配そうな声音を発する。

「いや、無理なんてさ……うん。無理はしてないよ」

「いくら錬でも、無理なことはある、と思う。錬さ、世界ってどのくらい広いと思う?」

 錬の隣で蒼空は大きく腕を広げた。次の瞬間、蒼空が思い切り腕を閉じ、手を鳴らす。

「でもね、この世界で錬が勝てる相手はこのくらいしかいない」

 そう言いながら、少しだけ隙間を開けた両手を錬に見せつける。

 錬を心配しているからこそ、厳しいことをいうことを錬は理解していた。それが分かっていても、否定したくなった。

 その隙間に手を、差し込み、思い切り開き、蒼空の腕を広げる。

「いや、このくらいだね」

 錬より強い奴など山ほどいると言いたかったのだろう。錬も痛感していた。

「そうだね。錬なら、そのくらいかもね」

 その声音は諦めた様子ではなった。親友として、蒼空は笑ってくれていた。

「そういえば、前行ったラーメン屋あるじゃん」

「ん? あったかな……」

 そう言い、記憶を辿る。

 終着点が見えぬ、記憶に、苦笑しながら蒼空の方を見やる。

「忘れちった」

「マジで? 老化早くない」

 冗談交じりに蒼空が答える。

「まあ、で、そのラーメン屋がどうしたん?」

「うん。潰れちゃったんだよ。前行ったら」

「最近多いよな。チェーン店つえー」

「ね。それに、同じ会社のっぽいよね、同じ色でさ」

「あの、紫色のだろ? 家の近くにもあった」

「僕の家の近くにもできたよ」

 街が一色で染まっていくような感覚だ。個性が潰されていく。世界がモノクロに染まっていく。

 だが、錬としてはそれは嫌ではなかった。

 全てが均質化された、個性のない世界なら、錬も周りと同じ人のように笑える気がした。

 昇降口に着き、自転車置き場の方に足を向ける。

「じゃあな」

 そのまま別れ、ペダルを思い切り踏みしめ、蒼空に軽く手を振り学校を後にした。



 日付が変わり、錬は階段を駆け下りた。

 零時、丁度の行動だった。

 歩きながら身に着けた仮面に手を触れる。

 仮面を着けているときは、表情を変えることができなくなる。

 ――まるで別の人格になったように。

 夜の静寂に、アスファルトを蹴る音が響く。

 蒸し暑い空気が錬を覆う。

 すれ違う人が錬を振り返る。

 ふと、足を止めた。建設工事の横断幕が目に入ったのだ。

 否――目に入ったのは、横断幕を背に、もたれかかる影が居たからだ。

 暗闇に目を凝らし、その人物の輪郭を捉える。

「荷絨なわけ、……ねえよな」

 自嘲気味に笑う。地面へと目を逸らしてしまう。

 だが、一瞬映った、不気味さに、視線が戻される。

 錬の目に映るその景色は不自然だった。

 人影の顔が見えない。輪郭がなかった。

 ――能力か?

 それにしては不自然だった。厚みがあるのだ。

 錬の存在に気づいたのか、影が暗闇から錬に歩み寄ってくる。

 背丈は錬より少し低いか同じくらいの女性であり――錬と同じ高校の体操着を着用していた。

 そこで、違和感がはっきりする。

 ――仮面だ。錬と同じく仮面を身に着けているのだ。

「特異点」

 錬に歩み寄る女性が独り言つ。

 それは、能力の発動ではなく、錬へ向けられた言葉だった。

 だが、それ以降口を噤んだまま、五歩程の距離で足を止めた。

「荷絨から。話聞いてる?」

 唐突に出された名前に、刹那、鼓動が跳ね上がるのを感じる。

「……カルミア」

 気づけば、錬は呟いていた。

 その言葉が出てくるのは必然だった。荷絨の別れ際に伝えられた名前。

 回答はそれしか用意されていなかった。

「人を殺した、あなたを私は認めない。私は、あなたに賭けない」

 女――カルミアが、ポケットからスマホを取り出す。

 ――俺が、人を殺した?

 その言葉を聞いた瞬間、吐き気がする。

 思い出す記憶を、脳が拒絶する。

 それを、認めたくなどなかった。

「なにもんだ? おまえ」

 質問に答えず、錬にスマホの側面を向けると、刹那、錬の体を縛る糸が射出された。

 糸は腕を巻き込み、腹を締め付ける。スマホから射出された糸を手に取ると、錬を工事の横断幕へと投げ飛ばす。

 右半身に激しい痛みが奔り、地面の冷たさが身体に伝わっていく。

「やるんだな」

 起き上がり、学ランの埃を掃う。

「例え、世界を救うとしても、明日を奪うあなたに光は見せない」

 カルミアの手にするスマホから、一本の鋭利な亀裂が走る。入出力端子から発せられる光が一直線に収束していた。

 光の周りの空気が歪んでいた。

 熱気を帯びた光の剣が、街灯のない闇をただ静寂に照らしていく。

 刹那、カルミアが一気に肉薄する。

 逃げ場は、後ろにしか残されていなかった。

 工事現場へと足を踏み入れる。鉄骨だけが組み立てられた骨組みのみの建物へと。

 背中に感じる殺気に、振り返る。

 カルミアは既に錬の目前で剣を構えていた。

 スマホから横一文字に放たれる光を避ける。と同時に拳を振るう。

 刹那、視点からカルミアが消える。足を開き、地を這うような低空の構えで剣を構えていた。

「は?」

 呆然と口から言葉が零れる。

 弾むように飛び、体勢を刹那の時間で立て直す。

 突きの攻撃が来る。

「っ!」

 身を翻すが、横腹を掠め、鋭い痛みが奔る。

 一瞬で体勢を戻したカルミアが、錬を逃がさんばかりに踏み込み、横に一閃、スマホが光った。

 後ろに飛び、距離を離す。

 左腕の焼けるような痛みに、歯を噛みしめる。

 スマホの剣は学ランを引き裂き、腕に裂傷を残した。切れぬもの等、ないと言わんばかりだった。

 右手をポケットに突っ込む。

 ――定規。ナイフを持つようにして、定規を構える。

「【定規剣じょうぎけん】」

 剣というには短すぎる長さだ。だが、真価はここからだ。

 カルミアが肉薄する。定規の先端をカルミアに突き出した。

「10パーセント【増身刀ぞうしんとう】」

 定規剣が一気に身を伸ばし、剣と言える程の長さに身を変えた。

 カルミアの手に向かって定規剣を振るう。

 定規剣が収束した光の束と交わり、赤く光る。その瞬間、光が屈折し曲がる。

 だが、一瞬の間に定規剣が山吹色、白熱へと変化し、沸き立つ蜜のように溶断される。

 光が元の一に戻るように、一直線に亀裂を走らせる。

 身体を捻り、攻撃を避ける。

 刃を振るわれたアスファルトの地面が、一直線に削り取られる。

 体勢を崩した錬は地面に転がり、積み上げられたセメント袋に衝突する。

 袋に定規剣を突き立て、無理やり破る。肉薄するカルミアを巻き込み、辺りを粉塵で満たした。

 舞い上がる灰色の雪が、スマホから発せられる光の剣を乱反射させる。

 同時に喉を焼くような乾きが錬を襲う。涙で視界が歪んでいた。

 積み上げられたセメント袋の隣に立てかけられた、鉄骨を支える仮止めのクランプ。

 その隙間に折れた定規剣を差し込み、体重のすべてを預ける。

 手のひらに、皮膚を裂くような痛みが奔る。息ができなかった。

 だが、構わず抉り倒す。鈍い金属音と共に、夜の静寂を切り裂く重低音が木霊する。

 カルミアが後ろに飛び退き、アーチを描くように、距離を離されてしまう。追撃をする暇などない一瞬の行動だった。

 逡巡する。

 ――一気に詰めるべきか?

 否だ。相手の能力を知らぬ錬にとって、反撃を食らうかもしれない、動けぬ盤面だった。

 それに、左腕が使い物にならない。絶えず焼けるように痛む傷を放置していては、目の前に集中などできなかった。

 涙の溜まった瞳を拭い、カルミアを見据える。

「来なさい。空白ブランク相手に怖気づいたのですか」

 錬の思考を見透かしたように、挑発する。

 ブランク――この世界の無能力者の蔑称だ。

「お前は俺たちを助けてくれるんじゃないのかよ!?」

 時間を稼ぐように、叫ぶ。

 一瞬の思考。周りにあるものはなにか、何を使えるのか、どうすれば勝てるのか。

「お前は何で、俺を殺そうとする」

 カルミアの姿を照らすスマホの光に、目が釘付けになる。光の剣は、瞬き一つが命取りになるような恐怖を与え続けた。

 カルミアに問うた答えは、一瞬の間で返ってきた。

「明日を生きようとした人は、生きる権利があった。諦めた人は、それを託す権利があった。みんな今を生きてるの」

 カルミアが一歩前に踏み出す。

「それを奪った貴方には、今、何の権利が残っているの?」

 その言葉が言い終わるタイミングでカルミアが走り出した。

 ベルトを取り外し、頭に鳴り響く言葉を叫ぶ。

「【留腰剣りゅうようけん】」

 周りを漂う粉塵が、まるで時が止まったかのように静かに漂う。

 一向に消える気配のない光の剣が、錬を捉える。

 突きの攻撃。

 スマホから発せられる剣と、錬の刃無き剣が交差する。

 カルミアが刃を振るうたび、地面を抉り、壁を引き裂く。

 錬の攻撃をカルミアが剣で受け止めず、ただ避けた。

 スマホに、光は宿っていなかった。

 カルミアが光を消滅させた一瞬の間。自由になったスマホから、噴出する糸が錬の自由を奪う。

「つッ!」

 傷口に糸が食い込み、肉を削り取っていく。

 鋸で挽かれるような摩擦に、歯を噛みしめる。

 カルミアが射出された糸を手に取り、錬を骨組みだけの鉄骨へと投げ飛ばす。押しつぶされるような感覚に、剣を掴む感覚が唐突に断たれる。

「ぐっ――。……またかよ」

 硬い鉄骨に、意識を奪われそうになる。

 衝撃が内臓に達し、鈍痛が奔る。

 立ち上がるが、意識が飛びそうになる。

 鉄骨を背に立ち上がる。限界に近付きつつあった。

「解放しないのですか?」

 目の前が霞む。

「人は殺させねえ。絶対にだ」

 留腰剣は既に手から消えていた。

 次の武器を造りだす。

 学ランを脱ぎ、能力を行使する。

「【制剣せいけん】」

 学ランを武器へと変換する。

 だが、――行使されることなく、学ランは学ランのまま、姿を保っていた。

 拒否反応。学ランに、能力を使うことを、脳が、錬が拒んだのだ。

 カルミアが肉薄する。

 身を守ろうと、横に反れようとする。

 だが、身体が動かず、攻撃を許す。

 口に鉄の味が広がった。

 深く刺さる光が、体内を爆ぜる衝撃が奔る。

 それと同時に、体の内側から凍えていくような感覚が広がり、指先が震えた。

 光の束に、手を近づける。

 だが、その手が光に触れる前に、カルミアが引き抜く。

 流れ出る血が血だまりを作る。

「亡霊と共に目を覚ませ。堕ちろ、錬君」

 血だまりに身体が落ちる。湿った音が鳴る。

 錆びた鉄の匂いが、鼻を満たす。

 意識が、闇へと落ちていった。

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