第16話 もう決めた絶対帰らない
休憩前と比べると再開後の勉強は思いの他捗った。一番の問題だった麻央も大人しく問題集と向き合っていたし、変な妨害やつまらない嫌がらせをしてくることもなかった。
時計を見るともうじき七時、解散するにはちょうどいい頃合いだ。
麻央はともかく、七海さんは家まで距離があるからその点も考慮すれば妥当だろう。遅くなったら家族も心配するだろうし。
「ふ……んーっ。そろそろお開きにしようか」
大きく背伸びして息を吐く。
全身から感じる開放感が勉強に集中していた何よりの証拠。頭をたくさん使った上にずっと座りっぱなしだったから、身体を動かすのが気持ち良い。
「あ、もう七時回ってたんだ」
「七海さん、途中まで送ってくよ」
「じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。帰り道ちょっと不安だったんだ」
七海さんは勉強道具をテキパキと学校指定のバッグに詰め込んでいく。
明日は終業式で中学最後の冬休みがすぐそこまで来ている。冬休みの間の勉強会について一緒に予定を立てておきたかったし、送っていくのは都合がいい。
「ハル出掛けるの?」
「七海さんの家結構遠いからな。途中まで送ってくる。麻央は何か欲しいものある? ついでに買ってくるよ」
「ナゲットくん」
「味は? いつもの?」
「今日はタルタルの気分」
「あの新発売のやつ? この前食べたけどイマイチだったぞ」
「じゃあいつもので」
「はいよ。じゃあちょっと行ってくるから」
「いってら〜」
「待って待って待って!」
ドアに手をかけた瞬間、七海さんがかつてない慌てぶりを見せる。
「な、なに!? 今のやり取り!」
「「え? なにが?」」
僕と麻央の反応が被る。
「〜〜っ! だからなんで小鳥遊さんがここに残る流れになってるの!? 絶対おかしいよ!」
「おかしくないよ?」
「小鳥遊さん!? おかしいよ! だってもう夜なんだよ!? 遅い時間なんだよ!? 小鳥遊さんのご両親も心配するでしょ!?」
「全然?」
「あーそっか、そこまで説明してなかった。僕と麻央って親同士が仲良いから——」
「ハルが説明すると周りくどくなるから黙ってて。七海さんの帰りが遅くなる」
遮られる形で黙らされてしまう。勉強で疲れているはずなのに麻央の声に張りがある。疲れで変なテンションになっているとしたら面倒だな。
だが、そこまでして説明する役を買ったんだから、わかりやすく纏められるかお手並み拝見といこうじゃないか。
「見ての通りこういうことだよ。七海さん」
「おい! 雑すぎんだろ!」
説明する気これっぽっちもないじゃないか!
僕の邪魔しといてなんて手の抜きようだ。いつになく勇ましい顔謎にしやがって……まるでゲームで強い人と当たった時みたいだ。臨戦体制というか、本気モードっていうか、慣れない勉強で感情のコントロールに支障をきたしているのか?
「……っ」
ほら見たことか!
割り込まれた挙句、意味わかんない説明されて七海さん反応に困ってるじゃないか!
やっぱり麻央に任せるべきじゃなかった! ポンコツ幼馴染め!
「ごめん麻央が変なこと言って。麻央ってうちの両親公認っていうか昔からこれが当たり前というか——」
「じゃあなに? 小鳥遊さんまだ帰らないの? お勉強会お開きなのに?」
「それは大丈夫だって! 麻央の家すぐ隣だし!」
あれ? 七海さん今僕と話してるはずなのに麻央のことしか見てないような……。
なんだこの蚊帳の外感……。
「わたしは帰らないよ。それより時間大丈夫? 早く帰ったら?」
「お開きはお開きだよ? 解散なの。小鳥遊さんも絶対に一緒に帰るの」
「ううん、勉強会は終わりでここからはわたしたちの時間。バイバイまたねよいお年を」
「っ!!」
「え!? な、七海さん!?」
七海さんは僕の横を勢いよく通り抜けると、麻央と向き合う形になって座り込んでしまった。
「小鳥遊さん……意味わかって言ってる?」
「もちろん」
「七海さーん、帰るんじゃ……」
僕の呼びかけに振り返るどころか反応すらない。それどころか七海さんの背中から『邪魔するな』と圧を感じる。背中で語るってこういうことなのか。
「あのね? 幼馴染幼馴染言ってるけど楠君だって男の子なんだよ? 何してくるかわからないんだよ?」
「あの……僕を除け者にして悪者に仕立てるのやめてもらえません?」
「大丈夫。だってハルだし」
当然のように僕抜きで会話は続く。部外者感が半端じゃない。
「へー、信頼してるんだ。どうなっても知らないよ?」
「別に? だってハルと一緒のベッドで寝ても何も起こらないし」
「は……は? 一緒のベッド?」
「幼馴染ならこれぐらい普通だよ。ハルは寝相悪いから朝には床に転がってるし」
寝相が悪いのは他でもない麻央で僕はベッドから蹴落とされたから床に転がっているんだ。
と、声を出してツッコミたいのに会話に入れる気がしない。
「それにわたしは何か起こっても……いい」
麻央が何か呟いたが急に小声になったせいで聞き取れなかった。
「だ……ダメダメダメダメ! そんなの絶対だめ!」
対して七海さんは手をブンブン振って大慌て。
「わたし達の問題。ね? ハル?」
「へ? まあ……」
さっきまで無視してたくせに急に振ってくるなよ。
「楠君最低」
「え? なんで僕? いきなりひどくない?」
流石の僕もそろそろ傷つくぞ?
「楠君、今日泊まってもいい?」
「だめ」
「今日!?」
なんで僕のリアクションより麻央が答える方が早いんだよ。
「どうして小鳥遊さんが答えるの? これは私と楠君、二人だけの問題です」
「ううん。わたしはハルの家の子でもあるから関係ある」
「なに? それも幼馴染?」
「うん」
「あのね小鳥遊さん、さっきからずーっと言いたかったけど、とっくに幼馴染の範疇超えてるからね」
「超えたら超えたでいい」
「〜〜っ! 楠君! いいよね! 私泊まっても!」
「だめ」
「明日終業式だからなあ……」
休みだったらまだしも朝イチで家に戻るのは大変じゃないのかな? あ、でも七海さん制服着てるし、通学バッグも持ってるから着替えさえどうにかすれば無理ではないのか。
それと麻央、僕を差し置いて勝手に断るんじゃない。
「ず、ずるいよ小鳥遊さん。自分はいいのに私はだめって」
「ずる? わたしは七海さんを心配してるの」
「ずるだよ。私だって小鳥遊さんが心配なのに」
「余計なお世話、真似しないで」
「してない」
僕のことは心配してくれないんですね。二人とも今日一日で仲良くなりすぎだろ。
「心配しなくていいよ。わたしはハルといるのが一番安心するし、ハルもわたしぐらいがちょうどいいんだよ」
「な……! そ、そうやって小鳥遊さんだけで勝手に全部決めつけるの良くないと思うんだけどなあ!」
「わたしだけじゃない。学校中の生徒公認、ついでに先生も」
「小鳥遊さんはそれでいいの? 私達春には高校生なんだよ? これから色んなことや出会いがあるのに」
「言ったじゃん、ちょうどいいって。わたしみたいなのは今が一番いいの」
「そうやって自分を低く見積もるのよくないよ? 楠君のこともだけど」
「全然。ハルには可愛いしか取り柄がないわたしがちょうどいい」
「だからずるいよ! そういう決めつけ!」
二人がなんでこんなにヒートアップしているかさっぱりだが、麻央が自分で自分のこと『可愛い』と認識しているのだけわかった。しかし普通自分で言いますかね? 可愛いのは事実だけどさ。
「もういいから帰った方いいよ。これ以上は時間の無駄」
「〜〜っ!」
「おっつー」
「……もう決めた。私絶対帰らない」
「だめったらだめ。ハル、七海さんを丁重に送ってあげて」
「な、七海さん? 勉強会ならまたいつでもできるから。明日も学校だし、今日は帰ろ?」
膝を抱えて座る七海さんの肩を叩くが一向に動こうとしてくれない。
「もう無理疲れた立てない動きたくない」
七海さんがらしくないことを言い始める。麻央のグータラが感染ったのだろうか。
「はあ……駄々っ子だね……ハル手伝って。めんどいけど起こしてあげよ」
「お、おう。七海さんごめんね、少し触るよ?」
麻央と一緒に七海さんを抱え起こそうとするが……
「ちょ!? 七海さん!?」
明らかに抵抗するような力の入れ具合と姿勢を取られる。
「うっへえ……重い」
「麻央! もうちょっとやる気だせ!」
いくらなんでも体力無さ過ぎだろ!
「私重くない……駄々っ子じゃない」
「ムリムリ重い潰れる潰されちゃう」
「だから重くないって言ってるでしょ……!」
「二人とも真面目にやれって!」
僕の孤軍奮闘も虚しく三人仲良く倒れ込んでしまった。
「……」
「え……」
「……っ!? ごめん!」
二人が床に体をぶつけないよう動いたのが悪い方に働き、僕は七海さんと麻央に抱きつくように倒れてしまった。
すぐに離れはしたものの、その後何があったか頭が真っ白になってよく覚えていない。




