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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第17話 ちくちくちくちくちくちくちくちく

「えいっ!」


 道端に小石が転々と転がっていく。

 街灯の灯りが控えめな住宅街では、転がっていった小石はあっという間に見えなくなって、音だけが薄暗い夜道に虚しく響く。


「そこだ!」


 どこかにぶつかったのか、カーンと一際高い音が辺りに反響する。


「このっ!」


 七海ななみさんは勉強疲れというものがないのか、次から次へと小石を勢いよく蹴飛ばしていく。普段の女の子らしい歩き方とは打って変わり、小学生男子にも負けず劣らずのジグザグ歩行で次々とフリーキックを決めている。これがまた女子にしては中々振りが鋭い。


 それにしたって、何がここまで七海さんをエネルギッシュにさせているのかさっぱりだ。

 帰る前はムリだの動けないだのらしくないことまで言っていたのに……もしかすると七海さんはかなりの夜行性なのかもしれない。それだと昼間の大人しさと今のアクティブな姿の説明もつく。


「七海さ〜ん、暗い中はしゃぐと危ないからそのへんで」


 近隣に住んでる人にも迷惑かけてしまうかもしれないし。


「……はしゃいでません」

「あ、また」


 僕の言うことなど知らんぷりで、七海さんはまた鋭いコーナーキックを決める。

 しかしこの原動力は一体どこから来ているのだろう?


 もしかしたら、さっき僕が抱きついてしまったのを怒っているのでは……?

 そう考えると道端に転がっている小石をシュートしているというよりは、手当たり次第に蹴散らしているように見えてきた。

 となると七海さんはしゃいでいるのではなくて、今とてつもなく怒っているのでは?


 だとしたら僕が取れる行動は一つしかない。


「七海さん、ごめん」

「……なんで謝るの?」

「いや……その……」


『抱きついてしまってごめん』と言うわけにもいかず言葉を詰まらせる。


「理由もないのに謝らない方いいよ?」

「だよね……」

「本当にないんだ」


 七海さんは石を蹴るのをやめてはくれたが、視線を落として足を止めてしまった。


「違うんだ。さっきはごめん……その、迷惑かけちゃって……でもわざとじゃないのは本当だよ」

「……はあ」

「本当にごめん!」

「わざとやってるのか本気なのか全然わっかんないなあ……」

「わざとじゃないよ! あれはバランスを崩しちゃって、七海さんがどこかぶつけないように咄嗟とっさに動いた結果なんだ」

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな……まあいいや。結局それが小鳥遊たかなしさんにも抱きついちゃった理由?」

「いや……! 麻央まおはたまたまそこにいただけだって!」

「ふーん。すみませんね、私がいなかったら小鳥遊さんと抱き合えたのに邪魔しちゃって」

「別に麻央と抱き合いたかったわけじゃない。てかないからそんなの。抱きつくとか抱き合うとか」

「そーですよね。その気になれば小鳥遊さんとはいつでも抱き合えるし、くっついたり抱きついてもらえるもんね」

「あ、あのさあ! どうしてそう何でもかんでも麻央に結びつけるかな! 今は麻央の話はしてないだろ!」

「なに? さっきまで謝ってたくせに」

「七海さんが変に言い掛かりつけてくるからだろ? 僕だって悪気があったんじゃないのに」

「じゃあ私が怒ってる理由もわかるの? くすのき君はわかってて謝ってるんだよね?」


 家を出てから碌に目も合わせてくれなかった七海さんがようやくこっちを見る。

 七海さんを怒らせたいわけじゃないのに、こんな喧嘩けんかみたいな雰囲気になりたくないのに、僕も噛み合いの悪さにもどかしさを感じてならない。それ故に語気が荒くなって七海さんと衝突しょうとつしてしまう。


「そ、それは……」

「やっぱりだ。楠君は私の気持ち全然わかってない」


 怒っているような、悲しんでいるような、どちらとも取れそうな表情を七海さんはしている。辺りの暗さがそう感じさせるのか、それとも本当にどっちもなのか……どちらにせよ原因が僕にあるのは確かだ。


「わかったよ……言うよ」

「いいよ。無理しなくて」


 そう言いつつも七海さんは視線を外さないで僕の続きを待ってくれている。

 恥ずかしいだとか気まずいだとか言い訳している場合じゃない。


「その……さっきは抱きついちゃってごめん。七海さんが怒るのも無理ないよね」


 いざ口に出すと自分のしでかしたことの大きさを実感してしまう。

 一瞬だったとはいえ、確かにあの瞬間に七海さんを押し倒してしまったのだ。


「……ノンデリカシー」

「う……謝ったのに」


 でも今回ばかりは七海さんが全面的に正しい。


「楠君がノンデリカシーなのって、小鳥遊さんの影響もあるのかもね」

「へ? 麻央?」

「よくよく考えたらあんな幼馴染が昔からベッタリなら仕方ないのかも」

「あの? 七海さん?」


 どんな思考を巡らせているのかさっぱりだけど、七海さんの中で何やら勝手に情報が整理されているみたいだ。


「ねえ」

「え……七海さん……?」


 少しでも手を動かせば触れてしまいそうなとこまで距離を詰められる。


「楠君は押し倒した相手が小鳥遊さんだけだったらどうしてた?」

「別に……何も。僕と麻央は幼馴染だから」


 押し倒すどころか今日は麻央に引っ付かれたりしたし。特別驚く必要はない。最近の麻央の嫌がらせ傾向からするとそういう手段も絡めてきそうだし。


「じゃあ、その……私だけだったら? 楠君が私と二人きりだったら?」

「〜〜っ!」


 距離が近いのもあって七海さんの問いかけがますます状況をリアルに想像させた。

 僕が七海さんを押し倒して……抱きしめてしまったら?

 多分いつもみたいに『ノンデリカシー』と怒られるのだろう。普段なら多分そう。だが今の七海さんとその状況になったら、どんな反応をされるのかが見えてこない。



 いつも通りなら七海さんがこんな質問するはずがない。質問の意図がまるで読めず頭がぐるぐるする。押し倒してしまった後……。


 ——七海さんは黙って見つめてくる。なんとなくそんな気がした。


「ちょっと楠君、黙るのはずるいよ」

「あ、いや……ちょっと……」

「もう。はっきりしないなあ」

「ちょっと待ってよ。今日の七海さんなんか変だよ」

 

 なんだよ。まるで押し倒されるのが嫌じゃないみたいなさ。

 自意識過剰なのは承知している。

 でも普通嫌だったらこんなことわざわざ訊いたりしないよな……。


 ——じゃあ僕はその状況になったらどうすればいい?


「……ま、いいかな。小鳥遊さんとは違うってわかったから。いい意味で」

「当然だよ」


 麻央と七海さんじゃ性格も何もかも違うんだから。


「そうだ。楠君さっきまでいっぱい謝ってたよね?」

「え? うん……」


 話が急に戻ったな。


「私のお願い一つ聞いてくれる?」

「聞いて許してもらえるなら」

「それは楠君次第」

「僕にできることに限るけど……」

「じゃあ目を瞑って」

「こう?」


 言われた通り目を瞑る。七海さんがクスリと笑った気もするけど、ひとまず機嫌を直してもらえたみたいなのでよしとする。


「まだだよ〜」

「ちゃんと瞑ってるよ」


 立ったまま目を瞑るなんて滅多にしないから変な感覚だ。


「……っ」


 背中に僅かな重さを感じる。同じことを勉強中に麻央にされたばかりだ。


「なるほど……こんな感じなんだ」

「七海さん? これは一体……」

「これ? 小鳥遊さんごっこ」


 明るい調子で七海さんが答える。文字通り麻央を真似て僕に背中を預けてきたのだ。


「麻央の真似しても面白くないと思うけど」

「そうかな? 私はとーっても楽しいよ。あ、今は小鳥遊さんの名前禁止」

「へ? だって七海さんから出したんじゃ……」

「いいの」


 色々言いたいとこだけど、大人しく七海さんの身体を支える。


「うんうん。やっぱり私とじゃ楠君の反応も違うんだ」

「そりゃ状況も違うし」

「小鳥遊さんの時は『どけ』とか『邪魔だ』とか言ってたもんね」

「麻央のは嫌がらせだからだよ」

「名前出しちゃだめって言ったのに」

「え〜……」

「罰としてもうしばらくこのままね」

「……別に僕はいいけど」


 七海さんの独特のルールに縛られたまま、僕達は背中を合わせたままその場にしばらくいた。


 寒空の下何をやっているんだと呆れられてしまいそうだけど、この時間は全然嫌じゃなかった。七海さんが醸し出す落ち着いた雰囲気がそうさせるのか、それとも普段より少し棘のある一面を知れたのが嬉しいのか……。

 一つだけ言えるのは、明日も学校で会えるのが僕は嬉しいんだ。

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