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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第13話 ガラスの靴は見つからない

 ギーコギーコと隣のブランコが弧を描くように揺れる。

 ふと視界に入った夕焼け空は、うっすらと深い青色がにじみ始めていて、今にも月が姿を見せようとしていた。


「あ」


 声に反応して目を向けると七海さんの足からスニーカーが落ちていた。プラプラと遊ばせていたからこうなるのは目に見えていた。

 七海さんがブランコに乗ったまま足を伸ばしてスニーカーを拾おうとするが、届きそうで届かない場所に落ちてしまったようで中々拾えないでいる。

「予め断っとくけど僕でも取れないからね」

「まだ頼んでません〜」


 何か言いたげだったので先手を打っておく。

 靴を拾おうとして勢いのついたブランコに直撃なんて大惨事は絶対にごめんだ。


 止めずに拾うのを諦めたのか、七海さんは漕ぐのをやめてブランコをゆっくりと減速させていく。


「……」

「ど、どうしたの? 七海さん」


 無言で見つめられるのに耐えかねて声をかける。


「楠君について色々考えてた」

「え? 僕?」

「うん、今何考えてるのかなーとか。あ、小鳥遊さんか」

「勝手に自己完結しないでください」


 あれだけ僕が麻央の話題から離れようって言ったのに掘り返してくるとは……七海さんって、もしかして粘着質?


「あとは髪伸びたなーとか、晩御飯は何食べるのかなーとか」


 七海さんは下から覗き込むようにして少しだけ顔を傾けた。

 ブランコがスピードを落としていくにつれて目と目が合う時間が長くなる。


「野球部は独自の決まりがあったからね。無駄にね」


 大昔の丸坊主とまではいかないが、校則よりも野球部の基準はかなり厳しめだ。

 部活動がない今、特にこだわりもないし、髪を切る頻度は少なくなっている。暖かくなるまでは今ぐらいがちょうどいい。


「夕飯はそうだなあ……母さんの作り置きがあればそれを食べるし、なければ残ってる冷凍食品を適当にかなー」

「楠君はお料理しないの?」

「残念ながら料理は全然ダメなんだ。昔母さんからキッチン出入り禁止にされたレベルなんだ」

「ぷっ。出入り禁止って何したの?」

「買ったばかりのフライパンをダメにしました」

「あーあ。家庭科の授業真面目に受けてないからだよ」

「だって家庭科の授業って慣れてる人が勝手にテキパキやっちゃうだろ?」

「言い訳かっこ悪い」

「ぐぬ……」


 七海さんは間違いなくテキパキ側だろう。要領良く作業をこなす姿が容易に想像できる。


「それとね、さっき楠君が言ったことも考えてたんだ」

「えっと……?」

「新しい思い出で埋めればいい」


 落ち着いた声音が胸の奥に染み込んでいく。

 なんとなくだけど、七海さんはこの話がしたくて色々と前置きをしたのだと気づいた。


「確かに言ったけど……」

「新しい思い出は楠君のこと?」

「え……それは」


 顔が熱くなる。

 二つ返事で応えればいいのに、僕の口は中々次の言葉を出してはくれない。


「楠君が私の思い出埋めてくれるの?」

「た、多分!」

「あ!」


 恥ずかしさのあまりブランコから飛び退いた。


「ごめん、つい……」

「このタイミングで謝るの最低だよ?」

「う……」


 冷たい視線がザックリ突き刺さる。言葉に出さずとも『ノンデリ』と思われているのが見て取れる。


「先に降りたなら靴拾ってね」

「え? そういうルールだっけ?」

「……」

「は、はい」


 有無を言わさないプレッシャーに耐えかね、近くに落ちている方を拾って手渡す。


「念の為確認なんですけど、あっちに飛んでったのもですか?」

「思い出を埋めるって言ったくせに」

「それとこれとは話が違うんじゃないかな」

「へー。靴も拾ってくれないのに思い出は埋められるんだ? 私の思い出ってそんなに軽いんだ?」

「そんな酷いこと思ってないよ! でも自分で飛ばしたんだから自分で拾ってよ!」

「小鳥遊さんがお願いしたら絶対に拾ってくれるのに?」

「わかったよもう……行けばいいんだろ行けば」

「小鳥遊さんにもそんな態度取るの?」

「七海さん絶対何か勘違いしてるって」

「してません」


 また何かにつけて麻央を引き合いに出す。なんだか麻央の我儘に付き合ってたせいで、七海さんにまで悪い影響を及ぼしてそうだ。真似するようになったっていうか……。

 二人は学校以外では面識がないはずなんだけど、意図せず変なシナジーを起こしている。

 七海さんにまた一つ『ノンデリ』に続く新たな弱点を握られてしまった。


 思い出を埋めるのに躊躇ためらいがあったわけじゃない。言いよどんでしまったのは、歩道橋の時の七海さんの話が引っかかってしまったからだ。

 七海さんの思い出が僕の思い出となんらかの形で関わっているのであれば、それを埋めてしまうのはいけない気がした。

 実はお互いに忘れているだけで僕達がなんらかの形で会っていたとしたら……。


 敷地の端に飛んでいったスニーカーを拾って戻ってくると、ブランコはすっかり止まっていて、七海さんは膝を抱えて女の子らしく座っていた。


「そうだ。楠君、私の演技また見たいって言ってたよね?」

「うん。言ったけど」

「小鳥遊さんの真似ではないけど、小鳥遊さんならこうしそうだよね」


 七海さんは靴を履いていない方の足を向けてきた。


「あの、これは?」

「履かせて?」

「麻央は……うん……言うのかなあ……」

「ね? 言いそうでしょ?」


 というより最近似たような要求をされたばかりだ。

 黒いタイツに包まれた足が小さく動く。こんなに近くからだとタイツの繊維だけじゃなく、僅かに透けた爪先部分から七海さんの足の指まで見えてしまう。


「ちょっと、見てないで早く履かせて」

「え……マジでやるの?」

「当たり前です」

「……わかりましたよ」

「きゃっ!!」

「七海さんどうしたの!?」


 靴を履かせるために足を掴んだのだけど、思いの外大きな声を上げられて退いてしまった。


「ごめんなさい。楠君の手が冷たくてびっくりしちゃった」

「急に大きな声出されてこっちの方が驚いたよ」


 落としてしまったスニーカーを拾う。


「七海さん、そこまで驚くなら自分で履いたら?」

「そうはいきません」

「はあ……そうですか」


 再び向けられた足を手に取る。


「ん」


 七海さんが短く息を吐く。

 力を入れたり指を動かす度に七海さんの足と擦れ合い、タイツ特有のザラザラとした肌触りと体温が伝わってくる。七海さんは思いの外体温が高いようで、僕の手の冷たさを気づかされる。


「ご苦労様」

「……」

「楠君?」


 昔観た『シンデレラ』のお話をふと思い出した。

 虐げられていた少女が舞踏会で王子と恋に落ちる。しかし、魔法が切れてしまいガラスの靴を落として少女はいなくなってしまう。その後ガラスの靴を頼りに少女を探しにきた王子と結ばれるまでがシンデレラのお話。

『みさき』もシンデレラみたいにガラスの靴みたいなわかりやすい手がかりを残してくれていれば、今すぐにでも七海さんにあてがうのに……。



「ちょっと楠君?」

「あれ? 七海さん? 呼んだ?」

「楠君って……もしかして足が好きな人?」

「ん? なんの話?」


 七海さんが困った様子で足をモゾモゾさせていた。

 話の流れがイマイチ読めないが、ひとまず僕のワンタイム召使いは終了だ。

 

 そう、シンデレラは作り物のお話。

 魔法なんか存在しない。

 そもそも僕は王子どころか召使いでもない。

 七海さんも灰かぶりなんて呼ばれてない。

 

 ——ガラスの靴は見つからない。


「ねえ楠君、やっぱり私と同じ高校に行こうよ」

「え?」

「葵空でも泉谷でもいいよ。私が勉強教えてあげる」

「だってそれは悪いってこの前言ったよ」

「いいよ気にしなくて。教える方も勉強になるって言ったじゃない」

「そう言われてもさあ……」

「……じゃあ言い方を変えるね」


 七海さんは胸に手を当てて息を整えると、


「思い出のために楠君の時間を私にちょうだい」


 しゃがみ込んでいる僕を見下ろしてはっきりと告げた。

 普段は前髪で隠れている目が下からはよく見える。まっすぐに僕を見据えていて、確かな強い意志を感じた。

 七海さんから目を離せずに僕は静かに頷いた。

 心に何かが引っかかったまま。

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