第12話 ちくちくちくちくブランコ
「逆に訊かせてもらうけど、楠君は小鳥遊さんの何を知ってるの?」
「そりゃもう全部だよ」
「うわー……」
好きなことや嫌いなこと、得意不得意だろうとなんでも知ってる。幼馴染ならこれぐらい当然だと思うんだけど……自分から訊いてきたくせに七海さんがあからさまに引いてる。
「てかそろそろ麻央から離れない? なんか最近ずっと麻央の話ばかりしてる気がする」
「人目も気にせず四六時中ベタベタしてるのに嫌なの?」
「してないから。仮にベタベタしてたとしても話題に出す理由にはならないよ。他の人だってもう僕と麻央の関係は気にしてないだろ?」
「へー。小鳥遊さんのこと独り占めしたいんだ?」
「違うって! そろそろ他の話がしたいって意味!」
七海さんが意地の悪い笑みを浮かべる。
僕の反応を面白がっているだけなんだろうけど、どうにも麻央の話題になると言葉の節々に棘を感じるんだよなあ。上手く言えないけど一々脇腹あたりがチクチクするっていうか、執拗に突かれているというか……。
だから麻央の話はしたくないのに……。
環境委員の時はもう少し僕に優しくしてくれたと思うんだけど、七海さんも受験勉強の毎日でストレスが溜まってんのかなあ……。
頭の良い人は勉強疲れとは無縁だと思っていたけど、どうやら僕の見当違いらしい。
「じゃあ何の話しよっか? 部活も委員会も引退しちゃったし、テストの結果とか受験勉強?」
「いや……勉強の話も今は遠慮したいかな」
本来なら受験生がするべき話なんだろうけど、下校中くらいは他の事を考えたい。
頭が痛くなってくるような話は学校ですればいいし、あれこれ数式や英文をノートに走らせるのは家に帰ってからでいい。
せっかく七海さんと一緒に帰っているのだから、麻央も勉強も関係のない楽しい話題で埋め尽くしたい。
他の人とでも出来る話を七海さんと二人きりの時にするべきじゃないと僕は思う。
七海さんとしか出来ない話をしたい。
「見かけによらず我儘だよね楠君」
「そうかな? 普通だと思うんだけど」
少なくとも麻央よりはマシだろう。我儘という括りで一緒にされるのは大変遺憾である。
「あ。今絶対小鳥遊さんのこと考えたでしょ」
「七海さん超能力者? 大正解」
「すごいでしょ」
「え……? 本当に超能力者なの?」
「そんなわけないでしょ。楠君の頭の中はいつも小鳥遊さんでいっぱいだから誰でもわかりますー」
言って七海さんは一際強くブランコを漕いだ。
結局麻央に戻ってきてしまうのか、どう考えても七海さんの方から意図的に話題を戻しているよなこれ。
「別にいつもではないよ。最近は七海さんのことばかり考えてたし」
「……え……ええ!?」
七海さんが両足を出して強引にブレーキをかける。
結構勢いあったのに大丈夫だろうか……絶対痛いだろうし、また靴の中に砂が入ってそう。
「七海さん大丈夫? 痛くなかった?」
「い、今のもう一回言って!」
「痛くなかった?」
「その前!」
「七海さん大丈夫?」
二つの意味で。
「あーもう! 焦ったい! 私のこと考えてたの?」
「ま、まあ……」
麻央や七海さんのこと以外にも進路や将来のことも考えるけど、そんなに驚くか? 僕が麻央以外のことを考えるの。
どちらかというと、麻央が勝手に僕の頭の中に入ってくるイメージなんだけどな。
こう、小さい麻央があちこちから出てくる感じ。入ってくるというより生えてくる? 想像しただけでも恐ろしい……。
ただでさえ部屋に居座られているのに、頭の中にまで住みつかれてはたまったものではない。帰ったら出て行ってもらうようお願い申し上げなくては。
「どうして? どうして?」
七海さんが身を乗り出して詰め寄ってくる。
普段の控えめな印象とは打って変わって、こんな行動的な一面もあるのだと少し驚いた。
「この前の演技、もうちょっと見たかったなって」
「……なに? また小鳥遊さんの真似してほしいの?」
「違う違う! もっといろんなバリエーションの演技見たいって思っただけ」
声に明らかな凄みが増したので補足を入れる。
この場にいなくとも場をかき乱すとは……さすが麻央としか言いようがない。
でも待てよ?
本当に素直で毒っけのない麻央ならそれはそれで見てみたいかも。七海さんなら演じられるかもしれない。
想像してみよう……毒を吐かずに他人に思いやりを持てる心優しい麻央を……。
……いやもう別人では? マジで誰?
「へー、そう。たとえば?」
「ちょっと待ってね。少し考えさせて」
「考えないと出てこないんだ。へ〜」
冷たい視線を受けながら頭の中を整理する。
また心の中を読まれそうだから間を置いたのに、かえって逆効果だったようだ。
「そうだ! 少しギャルっぽいのできる? ちょっと強気な感じの。それなのに育ちはお嬢様みたいな」
「いや」
即答。実にわかりやすいノー。
「また誰かに見られたらって思うと心配? 大丈夫だよ。あんな偶然二度も起こりやしないって」
「違いますやりません」
「えー? どうしても?」
「いやです」
麻央にそっくりな演技を見せてもらえたから、今度は美咲のイメージに寄せてもらおうと思ったのに七海さんの反応がすこぶる悪い。ひょっとすると苦手な分野なのかもしれない。
七海さんが美咲みたいな喋り方をしたらどうなるか純粋に興味があったから残念。
「なんか具体的過ぎるのが嫌」
「……そう」
「それと楠君が目をキラキラさせてるのがイヤ」
「僕が期待の眼差しを向けるのはイヤですか」
「それもあるんだけど何となくムカムカする。イライラする」
「ごめん……不快にさせてしまったみたいで」
「ううん、楠君にじゃなくてギャルっぽい人にムカムカするの。誰それ? 楠君のお友達にいるの?」
「あっと……まあ、苦手なタイプって誰でもいるよね」
『会ったことないよね』と出かけたところで強引に軌道を修正した。
美咲のことは別に隠しているわけでもないんだけど、今ここで喋るのは良くない気がした。そういえば、美咲にも七海さんのことは話していなかったよな。話す必要もなければタイミングもこれといってなかったし。
思い返すと、美咲は美咲で突然機嫌が悪くなる時があった。今の七海さんはその時の美咲とよく似ている。
はっきり言って性格も見た目も全く真逆の二人なのに、訳のわからないタイミングで同じように不機嫌になるのが不思議だ。顔も名前も互いに知らないのに奇妙なところでシンクロしている。
それにしたって、僕には二人がムカつく理由がさっぱりだ。
「なーんかさあ、楠君はその人に言われたいセリフを私に言わせようとしてる気がする」
「〜〜っ!?」
ま、まさかね。
美咲の真似で優しい言葉をかけてもらえないかなとか邪な考えをする筈ないだろ?
いやほんとだよ?
純粋に七海さんの演技に興味があってなんだよ?
「最低だね」
「まだ何も言ってないんですけど」
「……」
僕に無言の圧力をかけると、七海さんはスニーカーをポーンと飛ばした。スニーカーは思いの外勢いよく飛んでいき、危うく敷地の外に出そうだったが、うまい具合に園内に落ちてくれた。
「ノンデリカシー」
七海さんはやたらと丁寧にお決まりの台詞を言って、もう片方のスニーカーに指を入れ始めた。
さっき片足立ちで苦戦していたのに懲りずにもう片方も飛ばすつもりなのだろうか。飛ばした後のこともちゃんと考えているのだろうけど、力加減は間違わないでほしい。
散々ノンデリカシーと言われているお返しとまではいかないけれど、七海さんは人一倍大人しいのに意外と足癖が悪い。前々から思ってたけどさ。
七海さんのつま先でプラプラと揺れているスニーカーを眺めながら、決して口には出さずに胸の内で押し留めておいた。




