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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
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第11話 ちくちくブランコ

 歩くたびに足元についてきている二つの影がゆらゆらと揺れる。片方は僕ので、隣をピッタリくっついているもう一つの影は七海ななみさんだ。

 夕日に伸ばされているせいで影が重なっているようにも見えるが、実際のところ僕等は片腕分の間隔を空けて歩いている。


「ひとまず家の近くまで送ってくよ」

「当たり前です」

「……そういえば僕、七海さんの家ってどこか知らないんだよね」

「当然です」

「は、はは……」

「笑うとこですか?」

「ち、違うのかなあ……」


 や、やりづらい……! 

 図書室のやり取り以降、七海さんはずっとこんな調子だ。

 どういう理由があるのか知らないけど、僕に怒っているのなら一緒に帰らなければいいのに。この空気で一緒に過ごすのを強制させるとか……。

 あれこれストレートに文句を言われる方がよっぽどマシだ。ですます口調なのが余計に空気を悪くしている。

 何が七海さんをここまで不機嫌にさせているのかわかんない。


「ねえ」

「は、はい!?」


 重い空気の中急に喋りかけられて声が裏返りそうになる。背筋がピンと伸びたのが自分でも感じ取れた。


「寄ってもいい?」

「別にいいけど……」


 七海さんが指さしたのは、小ぢんまりとした公園だ。ボール遊びをするような広さはなく、公園のサイズに合わせた滑り台とブランコが二つあるだけ。

 七海さんは滑り台の方に向かうとそのまま上って行ってしまった。


「滑り台って昔は小学校にもあったんだって」

「そうなの?」


 七海さんが上から声をかけてくる。心なしかちょっとだけ優しい雰囲気に戻った気がする。


「うん。私が通ってたとこはあったみたい」

「それは向こうの学校?」

「そう。結構昔からある学校だったらしいよ」

「なんで無くなったんだろうね、滑り台」

「さあね。学業には必要ないって判断されたんじゃない? 鉄棒と違って逆上がりもないし」

「登って滑るだけじゃ勉強にならないもんね。ところで七海さん、逆上がりは?」

「できますー」


 出来ないのを期待して訊いてみたが、七海さんの運動神経の良さを忘れていた。

 廊下を走っているのを注意された時といい、足はそこそこ速いし、体力も普通の女子以上にあるんだよな。


「もしかして向こうの学校で何か運動とかしてた?」

「全然。あっちでは友達もいなかったからクラブとかも入ってなかったし」

「そっか……」


 前の学校のことになった途端に七海さんの声のトーンが低くなった。


「昨日話してくれた昔の友達とは会わないの?」


 七海さんは向こうの学校にあまり良い思い出はなかったらしいから、戻ってきた時の話を振った。本当は小一の時とか向こうにいた時をもっと知りたいんだけど、そこは七海さんから打ち明けてくれるのを待つべきだ。七海さんと『みさき』に何か接点があった可能性がチラついても。


 ——『みさき』とはもう決別したのだ。七海さんを巻き込んでまで意識しちゃいけない。


「うーん……どうだろ?」

「なんか微妙な反応だね」


 七海さんにしては珍しくどっちつかずの曖昧な返事だ。


「相手が覚えていなかったり、私に対して関心がないのに一方的に覚えていてもね」

「さすがに覚えてると思うけど……」


 暗くならない話運びをしたつもりだったけど、明らかに良くない流れな気がする。途中までいって言葉に詰まってしまった。


「そうかな……子供の五年は結構大きいんだよ。それだけ離れちゃったら私抜きでも人間関係が完成しちゃうし、私抜きでもきっと問題なく続いていくよ」


 七海さんはそう言って滑り台の上でスカートをたたみながらしゃがんだ。


「中学でも話す人は何人かいるけど、結局大人になったら……ううん、卒業したら私のことなんか皆どうでもよくなっちゃうんだろうな」


 今の七海さんの姿が『みさき』と再会した自分のように思えた。仮に僕が『みさき』と再会したとして、僕のことをどうでもいいと思っていたらどうだろう? 多分それなりに落ち込みはする。昔の思い出ってなんだったんだって憤りすら感じるかもしれない。

 でもそれは仕方のないことなんだ。悲しくてさびしいかもしれないけど、だからこそ進まないといけない時もある。同じような思い出を持っている僕だからこそ言えることがある。


 ——過去と決別して前に進めた僕にしかかけられない言葉がある。


「だったらさ……」

くすのき君?」

「新しい思い出で埋めればいいんだよ」


 僕も少し前まで一つの思い出に固執こしつしていた。その結果人を傷つけたこともあった。

 思い出を大切にするのは悪いことじゃない。でも、過去にとらわれ過ぎて今をないがしろにしたり、周りが見えなくなったり、未来と向き合えなくなるのはダメだ。


 同じ名前を持つ美咲の抱える悩みと一緒に向き合うことで、僕も『みさき』の思い出との正しい在り方を見つけられた。

 美咲がそうしてくれたように、今度は僕が七海さんに手を差し伸べたい。


「ぷっ……あはは。楠君がそれを言っちゃうの?」

「え、あれ……僕なんか変なこと言っちゃった?」

「そうだねー。二年ぶりに小鳥遊たかなしさんと仲直りした楠君にだけは言われたくないかな」

「ち、ちが……! 麻央と僕は長い間喧嘩してたみたいなもので——」

「はいはいお熱いですね〜」

「話を最後まで聞いて! 悲しい思いをし続けるくらいならもっと前向きに未来を見ようねって話!」

「そうかそうか。楠君の未来は小鳥遊さんのものってことか」

「あ〜! もう! 全然違う!」


 七海さんは揶揄う調子で笑うと滑り台から滑り降りてきた。


「うわ! 靴に砂入った」

「人のこと揶揄からかってるからだよ」

「ちょ、ちょっと楠君こっち来て」


 靴を脱いで片足立ちになって跳ねている七海さんの傍に寄る。

 ぴょんぴょんしている七海さんを眺めているのも面白そうだったけど、絶対に後が怖いのでここいらで大人しく従う。


「肩かして」

「はい」

「ありがと」


 足を踏んづけられる。


「踏む必要は?」

「今のは仕方ないじゃない」


 ぐりぐりしてるように見えるのは見間違いかなあ?

 スニーカーをひっくり返して砂を取り出す七海さん。もう片方にも砂が入っているみたいで、靴を器用に履き替えている。


「昨日は違うって言ってたけど、やっぱり楠君は思い出より今の関係を選ぶよ。あ、昨日観た映画の話ね」

「いやいや。何度でも言うけど僕は絶対に主人公の方を選んでるから」

「え〜? だって今、新しい思い出で埋めるとか言ったじゃない」

「それはそれだから。だって七海さんと映画の主人公じゃ状況が違うじゃないか」

「ふーん……じゃあどう違うの?」

「まず七海さんの友達が女の子の可能性——」

「そういうのいいから」

「いたっ。踏まないで」


 至極しごく真っ当なことを述べたはずなのに丁寧に踏み直される。


「……だってさ、映画の主人公は思い出の相手をずっと影から支えていて、最後には不本意とはいえ正体も明かしたんだろ? なのにさ、報われないなんて……」

「可哀想って思った?」

「どうだろ。でもさ、なんか他にもあったんじゃないかってヤキモキした」

「じゃあ逆に、主人公がいない間ずっと傍にいた女の子は? もし選んでもらえなかったら?」

「や……それは……」

「ね? どっちかは悲しい結末が待ってるんだよ」

「うん……そうなんだよ。分かってはいるんだ」


 誰かの想いが報われれば、報われない想いもある。


「ね! やっぱり楠君はライバルの女の子を選ぶんだよ。ほら、小鳥遊さんにも似てるし」

「いや、それでも僕は多分再会した方……つーか麻央に全然似てないから」


 一途で好きな人に尽くすタイプって微塵みじんも似てる要素が無い。

 どうも最近の七海さんは何かと麻央に結び付けたがっている気がする。


「本当〜? 新しい思い出は〜?」

「それは相手が自分のことを忘れていた場合だから。でもあの映画の女の子はずっと覚えてたんだろ? だったら僕は……うん」


 一瞬美咲の顔が浮かんだ。なんで今美咲のことを思い出すんだよ。


「最後まではっきり言わないの本当に優柔不断ゆうじゅうふだん。楠君ってノンデリだけじゃなくてちゃらんぽらんなんだね」

「ちゃ、ちゃらんぽらん?」

「ばーか」

「あ! また踏んだ!」


 七海さんは僕を踏んづけると、靴のかかとを踏みながらブランコに向かって駆けていった。


「ねえねえ隣来て。一緒に乗ろうよ」

「僕はいいよ」

「いいから。来て」

「……りょーかい」


 仕方なく隣のブランコに腰を下ろす。

 七海さんはギッコンギッコンとブランコを揺らして徐々に勢いをつけていく。


がないの?」

「僕はいい。このままのんびりする」


 僕までブランコを漕いでしまったら喋りにくいだろうし、今は童心に帰るよりも七海さんのことをもっと知りたい。


「映画、他にはどう思った?」

「男の子に対してずっとムカムカしてた。なんでコイツ気づかないんだよって」

「あー、私も。でもさあ、あの男の子って楠君に似てるよね。四六時中小鳥遊さん似の女の子とベッタリだし」

「いやいやいやいや! 僕も麻央も全然似てないから!」


 男の子の方に限っては完全に論外だろ。


「七海さんずっと勘違いしてるけど、麻央ってあんなに人に尽くすような奴じゃないからな?」


 麻央が天上天下唯我独尊なのは、これまでの中学校生活と文化祭実行委員で知れ渡ったはずなんだが。

 人が良過ぎる七海さんには謎フィルターがかかっていると見た。


「やれやれ。楠君は小鳥遊さんのこと案外わかってないんだね」

「そんなことない。麻央のことは僕が一番わかってる」


 じゃなきゃあんな魔王様と十年以上も幼馴染でいられない。


「……ノンデリ男」


 七海さんが何か呟いたが、ブランコが風を切る音でこちらに届く前に掻き消されてしまった。

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