第28話 指先でもらう君からの滅セージ(仮?)
「はい、もしもし」
『もしもーし。陽也くん今何してた?』
「ちょうど家に帰ってきたとこ」
『そうなんだ。あたしも部屋から電話かけてる』
受話器越しに聞こえてくる美咲の声は普段通り明るいのだけど、良い意味で落ち着いた雰囲気を醸し出しているように感じた。
スマーとフォンを肩と耳で挟みながら冷蔵庫を物色する。
慌てて部屋を出たから飲み物もお菓子も置いてきぼりにしてしまった。
適当なペットボトル飲料を取り出し、キッチンの椅子に腰を下ろす。
家族揃って食事するときはここを使うのだが、一人でいるときは部屋で済ませるのが多い。とっくに慣れたことだけど、家族三人で使う場所を一人で占領すると、優越感よりも虚しさが勝る。この家は一人で使うには広さが大分余分だ。
「急に電話してどうした? 何かあった?」
「なーに? 用がないと電話しちゃいけないの?」
「いや、そんなことないけど……」
できればメッセージなりメールなり使って事前に知らせといてほしかった。そうすれば麻央のことも上手く撒けたと思うんだけど……撒けたよね?
「打ち上げの場所、良いお店見つけたから教えとこうと思って」
「それで電話してくれたのか」
「まーそうだけど……それだけじゃないってか……ね?」
「ね?」
とは?
「ほら、最近メッセージはしてたけどあまり話してなかったじゃん? 陽也くん返事遅いし」
「それはごめんだけど……」
自然に表情が緩む。
謝ってはいるけど、頭では全く別のことを考えてる。
美咲は絶対に無意識に言っているけど、あれこれ追求したい自分がいる。訊いたところでまたいつもの心を抉り取る返しなんだろうと知っていても、どうしても都合のいい方に考えてしまう。
「あとは栞のこともあるし」
「だよね。僕もちょうど話したいと思ってたんだ」
「とりあえずありがと。栞の手伝いしてくれて」
「お礼を言われる程じゃないよ。一緒に文化祭の小道具買いに行っただけだし」
「あとなんだっけ? 彼氏彼女で実行委員やってる人が大変って聞いたんだけど」
「あーうん。そのカップルなら大丈夫じゃに?」
「じゃに? じゃにってなに?」
思い切り噛んだ。
この話題に触れてほしくないがために捲し立てたのが完全に裏目に出た。
「特に彼女さんの方が大変だったんだって?」
「まあ……それはそれでいいんじゃね?」
「はあ? 陽也くん現場にいたんじゃないの? 栞が言ってたよ?」
「いたけど……」
やっぱりこの問題に首を突っ込むんじゃなかった。それと姉さんになんでもかんでも喋りすぎだろ妹! 姉さん大好き過ぎだろ!
『つーかさ、彼女さんの方がうちの学校でもすごい有名なの! 高橋愛菜だっけ?』
「小鳥遊麻央な……あ」
結構惜しかったせいでつい訂正してしまった。
『ねーねー、今度会わせてよ。めっちゃ可愛いんでしょ?』
「入学当初は話題になってた……と思う」
大丈夫だ僕。嘘はついてないし、ヤバい部分には触れられてない。まだ隠し通せる。
「ハルー遅いよー」
「げ!」
『げ?』
なんで降りて来るんだよ麻央!
「すぐ戻る! 頼むから部屋に戻って!」
口パクとジェスチャーを交えて麻央に訴える。
『その子と話したことある?』
「少しだけ」
「呼んだ?」
「呼んでない! なんで寄ってくるんだよ! 向こう行って!」
僕の必死の訴えも虚しく、麻央は椅子を引いて隣に腰を下ろしてしまった。
『陽也くん? さっきから近くに誰かいるの?』
「いないいない! 人っこ一人いないから安心して」
「? ハルなんの話してんの?」
「違う! 麻央には関係ない!」
『はぁ? 違う? 何が? 関係ないって何?』
美咲の語気に圧力が増す。
「呼んだ?」
「呼んでない!」
『ねえ、それよりさっき麻央って言わなかった? あたしの気のせい?』
「気のせい気のせい」
おっかしいなあ……僕は美咲とも麻央とも彼氏彼女の関係ですらないのに、なんで一人だけ修羅場体験してんだ?
「ハル遅い。いつまで電話してんの?」
「なっ!? 麻央何すんだ! 頼むから静かにしてくれ!」
『あ! 今女子の声した! それに麻央って言った!』
麻央がわざと声を大きくした挙句、僕の手からスマホを奪おうとした。
「早くお部屋おいでよ」
『やっぱ誰かいる!』
完全なる『詰み』の状態。僕にはもうこれしか方法が残されていなかった。
「美咲ごめん! また後でこっちから連絡する!」
『は、はあ!? 意味わかんないし!! おい待てコラ!! ちゃんと説明し——』
終了ボタンを押してトークルームを閉じる。
「……うー」
強引に切り上げちゃったけど、めちゃくちゃ怒ってたよなあ……。
美咲なら後で事情を説明すればわかってくれると思うけど、この後に来るであろうメッセージが怖い。滅セージだ。
「長い」
「あのな……人が電話してる横から割り込んでくる奴があるか」
電源を切って画面が真っ暗になったスマホに目をやる。
これで美咲から鬼リコールの心配は無くなったけど、電源をつけた後が恐ろしい……。
まさか今から家に殴り込みに来たりしないよな?
「話あるから来て」
「はあ……はいはい」
「あ。ここでもいいや」
「はいはいはい」
今度の打ち上げで何か埋め合わせをしなければ。その前にはまずこの魔王様、もとい麻央の問題をどうにかしないと始まらない。
「ハル、明日から一緒に学校行こうよ」
「……はああ!?」
「いいじゃん。昔は行きも帰りも一緒だったんだし」
「今と昔じゃ状況がまるで違うだろ。今日の帰りだって誰かに見られたらってドキドキだったんだぞ?」
「なんで?」
「なんでって……普通にわかるだろ」
「全然」
「はーあ……あのさ、学校の誰かに見られたらマズイだろ」
放課後に野上君と会ってしまったのはとりあえずセーフ。
野上君は好き好んで人に広める人間じゃない。念の為、本当に念の為メッセージは送っておくけど。
「わたしとハルが付き合ってんじゃないかって?」
「そ、そうだよ!」
よくもまあ恥ずかしげもなく、顔色ひとつ変えずにそんなこと口に出せるな。
「ハルはわたしと噂になったらダメなの?」
「ダメに決まってんだろ! 麻央だって同じだろ?」
この前は後輩達の話のネタにされてるのがストレスになってたみたいだし、付き合っている橋田どころか、全く関係のない僕なら相当な負担に決まってる。
「家が近所の幼馴染なら普通だと思うけど?」
「彼氏がいるのを除けばな」
「……もう別れるから平気でしょ」
「この際だから言っとくけど、やっぱり橋田の件は自分ではっきり伝えるのが後腐れもないと思う」
「そう」
「確かに言いづらいとは思うけどさ、別れるなら麻央から直接言ってもらいたいんじゃないかな? 橋田も」
「うん……」
「多分、長引けば長引くほど言いづらくなる」
橋田も切り替えるのが難しくなってくる。
「……だよね」
麻央はようやく自分で伝える決心がついたのか、口数が少なくなってしまった。協力を求めてきた時はどうしたものかと思ったが、あとは当人達でどうにかできるだろう。
「橋田のことは手伝ってあげられないけど、他にできることがあるなら相談に乗るよ」
「じゃあ明日一緒に学校行こ」
「その『じゃあ』てなんだよ」
いちいち麻央の意図が読めないんだよな。




