第22話 知り合いの別れ話
「ほらほらみんな解散解散」
「え〜? 平山先輩、今すごくいいとこじゃないですか〜」
何やら駄々を捏ねている後輩達を、平山は自分諸共次々と教室から追い出していく。
「……あの」
「まだ何人かいるから」
「はい」
僕はというと七海さんに学習室に残るよう頼まれている。
「早く帰ってくれないかなぁ」
廊下の様子を窺う七海さんの後ろ姿を見つめる。
並風中の校則に遵守した冬服、至って普通の格好に普通の背格好。髪型も普段通り、下の方で二つに結んだおさげのスタイル。
以前僕がプレゼントしたヘアピンは今日もつけていないようだ。
「そろそろいいかな。ごめんね、残ってもらっちゃって」
「ん、いいよ。帰っても勉強する気にならないし」
勉強する気にならないは言い過ぎだが、参考書と向き合っても、結局麻央達のことがチラついて少しも集中できないに決まっている。それに、部屋にまた麻央がいたらと思うとうんざりする。
僕自身に落ち度はないけれど、昨日の今日で真央と顔を合わせるのは嫌だ。
次に会ったら今度は僕があれこれぶちまけてしまいそうで怖い。
「あー、いけないんだ。受験生がそんなこと言って」
「仕方ないんだって。七海さんだって勉強したくなかったり、なんとなくやる気が出ない日ってあるだろ?」
「そりゃ勿論。でも楠君は部活サボったりしなかったよね? 本当はもっと深刻な問題があって勉強できないんじゃないの?」
「七海さん、僕がサボったことないってなんで知ってるの?」
体調不良や練習に参加できない事情があった時以外休んだことはない。
だが、野球部のチームメイトも皆んな同じようなもんだ。僕が特別真面目だったのではない。
それでも少し嬉しく思う。
「今は私が質問してるの」
「ごめん」
七海さんはくるりと回って背中を見せるが、怒っている様子はこれっぽっちもなくて、どちらかというと上機嫌に見えた。足踏みをしたり、回ったり、スカートをパタパタさせたりと、なんだか今の七海さんは子供っぽい仕草が目立つ。
「それで? 委員会中ずっと考えてたことってなに? それが楠君の勉強できない原因でしょ?」
「……まあ、そう」
結局のところその話題にされてしまうのか……
「楠君、悩んでるんでしょ?」
「うん……」
「はい」
「ん? チョコレート?」
「あげる」
「ありがと」
個包装されたチョコビスケットを受け取る。
前にも七海さんからチョコレートをもらったけど、学校にお菓子を持ってくるのってダメだったような……。
校則をしっかり守っているようで、意外と守ってないんだよなあ。お菓子って見つかったら結構やばい気がするけど、七海さん上手いこと隠してんだな。
「とりあえず甘い物でも食べてリラックスしようよ」
「なんかいつも悪いね」
「全然そんなことないよ? 私は楠君の助けになりたいだけ」
七海さんが一歩こちらに詰め寄る。
前髪に軽く隠れた瞳と目が合い、思わず目を背ける。
あまり目立つことはないんだろうけど、目が大きくてパッチリしてて、髪型や服装次第では麻央に負けず劣らずの人気になっていただろうなと考えてしまう。それはなんだか複雑だけど……。
「ね? 楠君、どうして悩んでるのか私に教えて?
「……教えたいのはやまやまなんだけどさ」
「ね?」
なんだろう……そこはかとなくプレッシャーを感じる。
「やっぱり無理だよ。七海さんには関係のないことだから」
いつも優しくしてくれる七海さんに迷惑はかけられない。
ここで僕が七海さんに頼って、橋田は無いにしても、麻央に因縁を吹っ掛けられたら目も当てられない。大人しい七海さんが悪態や暴言に耐えられるはずがない。
七海さんが悪く言われるのは絶対に嫌だ。見たくない想像もしたくない。
「あ! 先生!」
「へ?」
七海さんが柄にもなく大きな声をあげる。
「楠君、今お菓子持ってるよね?」
「っ!?」
な……嘘だろ?
これをくれたのは他でもない七海さんで、僕は受け取っただけだ。
でもこの状況だと、校則違反を言い渡されるのは僕だ。
「ね? 話す気になった?」
「ひどいよ七海さん……こんなのってないよ」
七海さんが何を思ってこんな非道なことをしているのか全然理解できない。
僕はただ巻き込みたくなかっただけなのに。
「私だって……こんなことしたくないよ。でも力なりたい助けになりたいの」
「七海さん……」
「私には意地張らないでよ」
「わ、わかった。全部話すよ」
「おーい。呼んだか?」
「先生、文化祭のしおりっていつ頃出るんですか?」
「今週中には出るんじゃないか?」
「わかりました。ありがとうございます」
「早く帰れよー」
先生の後ろ姿を見送って胸を撫で下ろした。
まさかチョコクッキーがリモコン式爆弾になるとは思いもしなかった。
七海さんはニコリと微笑むと、適当な椅子を引いて行儀よく脚を揃えて座った。
「はい。楠君、ここ座って」
「楽しい話じゃないからな」
向かいの席に腰を下ろす。
「……知り合いの話」
「うん。知り合い君」
僕の話を聞けるのが嬉しいのか、七海さんは脚をぱたぱたさせながらポケットからチョコクッキーを取り出す。もうやりたい放題である。
「僕の知り合いには付き合ってる人がいるんだけど——」
「〜〜!?」
グシャアっ!!
七海さんが手に持っていたクッキーが激しい音を立てて砕ける。
「ちょ! 七海さん!? 溢れてる溢れてる!」
「……いたの? 彼女」
七海さんが何やらブツブツ呟いているが、目の前で大惨事が起こっているので耳を傾ける余裕がない。
粉々に砕けたクッキーが、七海さんの制服やらタイツにかかりまくって大変なことになっている。幸い床には落ちていないが、今先生が通りかかったら完全にアウトだ。
「とりあえずこれ使って!」
「……」
七海さんにポケットティッシュを差し出すも、受け取る素振りすら見せず手元から落ちていく。やむを得ず僕ができる限りで片付ける。
不可抗力ってことでいいんだよな? 七海さんは電源が切れたみたいに全然反応しないし……。
「これで綺麗にはなったけど……七海さん大丈夫?」
「大丈夫じゃない……」
クッキーが砕けたのがよっぽどショックだったのか、七海さんの目が虚だ。
「それで話の続きなんだけど」
「聞きたくない……」
声が小さくて全く聞き取れない。
「付き合ってる人と別れたいって相談されたんだ」
「絶対別れた方がいいよ! 今すぐ!」
「うわ!? びっくりしたあ!」
いきなり大きな声出すもんだから飛び退いちゃったよ。
危うく椅子から転げ落ちるとこだった。
「くすの……知り合い君はどうしてすぐ別れないの?」
「それがさ、自分から別れ話をするのが嫌なんだってさ。それで僕に手伝えって言うんだ。おかしいだろ?」
「そんなことないよ。楠君どうして別れ……手伝わないの? 自分のことのように全身全霊粉骨砕身死に物狂いの命懸けで協力してよ」
「他人の恋愛事情に命まではかけられないよ」
僕の命は僕のためにあると思いたい。
「とにかく私は賛成。楠君は絶対に力になって。それでちゃんと別れてくださーい」
意外にも七海さんは麻央寄りの意見だった。
優しいように見えて、案外恋愛事にはドライなのだろうか。それとも女の子同士、麻央と意見が合うとか? ないない、それはないだろ。
「でもさ、困ったことに片方からはもっと仲良くなりたいって相談されてるんだよ」
「無理。絶対に無理」
「なぜに?」
「もう相手からは気持ちがないって思われてるんでしょ? それなら何もできないよ。これ以上付き合い続けても傷が深くなるだけだから、すっぱり潔く別れるしかないんだよ」
『遅かれ早かれ絶対に別れるよ』と七海さんは付け足した。
橋田には気の毒だけど、これが現実なのかもしれない……。
「じゃあさ、どうすれば傷つけずに別れられると思う?」
「うーん……相手に嫌なとこを見せるとか? お互いに気持ちがなくなれば傷つきようないもんね」
「そっか……なるほど」
「例えばほら、デリカシーがないとか。私は慣れたけど」
「……僕の悪口じゃないよね?」
七海さんの意外な一面を知りつつも、僕はなんとなくこれから先を思い描いた。
これ以上傷つかないように自然と別れるのが、橋田も救う結果にもなるのではと。
麻央に協力すると決めたわけじゃないけど、新た可能性ということで頭に入れておいた。




