第23話 やる気の無い彼女と頼れる彼氏、無関係の環境委員
「麻央ちゃ〜ん。みんな頑張ってるからさ、ね?」
「小鳥遊さん、機嫌なおしてってば〜」
委員会活動を終えて自分のクラスに戻ると、教室の中から女子数名の声が聞こえてきた。
和気藹々と文化祭準備をしているという様子ではないようで、トラブルの中心にいるのが麻央なのは秒で把握できた。
「楠君、しっかりね。あとで続き聞かせてね」
「あ……うん。また今度」
七海さんが言う『しっかりね』は中の惨状をなんとかしてねって意味ではなく『知り合い』の別れる手伝いをしてあげてという意味なんだろう。
しかし前の意味で捉えたくなるくらい、扉の向こうが混沌としているのが伝わってくる。
「はあ……」
重苦しいため息が自然に出てくる。
絶対に関わりたくない、このまま立ち去りたい。
どのみち委員会活動の後はクラスに合流しなきゃいけないから、ここでうだうだ考えても全くの無駄なんだけど……。
「ハニー! どうしたんだよ。頼れる彼氏に話してくれよ」
「今だ」
橋田の声が聞こえてきたところで、そそくさと反対側から教室に忍び入る。物音を立てず、かつ俊敏に。
隣のクラスの橋田がどうしてここにいるのかはこの際置いといて、今はその存在感を存分に利用させてもらうとしよう。
「さ! ハニー、オレも手伝うから頑張ろ?」
「はあ……めんどくさい。鬱陶しい」
すかさず教室の隅に身を隠す。
思っていた通り、騒ぎの原因は麻央のようだ。状況から察するに、麻央に手を焼いていたところに橋田が来たってところか。
この様子だと打つ手無しって感じだし、こんな一大事に先生もいやしない。
どうしたものか……
「小鳥遊さん文化祭実行委員ならもう少し真面目にやったら?」
クラスでカースト上位の気の強い女子が語気強くする。
「わたしはやるなんて初めから言ってない。そんなにやりたいなら代わって」
「はあ!?」
「うるさい」
「ストップストップ! ハニーも慣れないこと続きで疲れてんだよ。な?」
「……少し可愛いからって調子乗り過ぎでしょ」
「あーめんどい」
ピリピリとした空気が辺りを覆い尽くす。
これまで麻央にこんなに責任のある立場が回って来なかったから、この傍若無人さも表立って目立つことはなかった。
しかし三年になって、遂に麻央の望まぬ形でスポットが当たり、最悪の目立ち方をしている。
クラス全員で取り組む行事の代表ともなれば、必然的に注目される。
態度の悪さや協調性の無さが浮き彫りになり、クラスの輪を大きく乱すことになる。
橋田と付き合ってからのストレスの溜まり具合といい、悪いようにしか物事が噛み合っていない。
「さーてやるぞ! ハニーどこからやる?」
「なんでもいい」
こんな時だってのに、実行委員の野上君の姿も見えない。橋田がなんとか取り持とうとしている。この重苦しい空気の中で、あのテンションを保ち続けるのはさぞ精神力がいるだろうに……。
でも昨日の麻央の本音からすれば、今の橋田のフォローは逆効果かもしれない。
橋田にとってはお気に入りの愛称なのかもしれないが、麻央は『ハニー』と呼ばれるのを嫌っている。こうして注目を浴び続けるのも相当なストレスなはずだ。
でも伝えようにも今の状況だと手段がないし、橋田の頑張りに水を差すことになる。
僕が出たとこで火に油を注いでしまうかもしれない。
今はほとぼりが冷めるまで——。
「あー! 先輩見つけた!」
「は!? 結城さん!? なんで!?」
「ハル……」
麻央達に向いていた視線が一斉に僕に集まる。
「先輩なんとかしてください!
「なんで結城さんがここにいるんだよ?」
なんてことだ……とんだ伏兵がいたものだ。
「小鳥遊先輩のクラスが大変だって聞かされたから、文化祭実行委員として見に来たんです!」
「自分のクラスはどうしたんだよ……」
一年生が三年のクラスまで来るなとは……働き過ぎだし、怖いもの知らずにも程があるだろ。よくこのギスギスした空気の中残れたな……。
この前橋田にビビってたのに、どんだけ責任感強いんだよ。もっと違う場面で発揮すればいいのに。
「ハルの言う通りだよ。早く自分のクラスに帰って」
「た、小鳥遊先輩何言ってんですか? わたしは揉め事があったから——」
「必要ない。帰って」
「な、なんなんですか!」
プンスカと文句を言いながらも栞は教室を後にする。
事の始まりは麻央だってのに、悪いことしちゃったな……。
「ハニー、今のはかわいそうだよ」
「ハル何してたの?」
「は? 委員会だけど……」
橋田の声が聞こえていないのか、麻央は気にする素振りも見せずに詰め寄ってくる。
「委員会よりクラスの作業が優先。昨日言ったよね」
「だから委員会が終わってから顔出すって先生にも言ってるよ。そっちこそ話聞いてないだろ」
「関係ない。わたしの作業はハルがいないと進まないんだからちゃんとして」
「そんなの——」
「ハル、話合わせて」
言い返そうとした途端、麻央は更に身体を寄せて僕にだけ聞こえるよう呟いた。
どういう思惑があるかは知らないけど、この雰囲気を打破するには一芝居打たなきゃいけなそうだ。クラスのために、それこそ橋田の頑張りを無駄にしないために。
「ごめん……ここからはしっかりやって取り返すから。みんなもごめん」
「ノッキー……」
誰もが釈然としない表情だったが、橋田だけはみんなとは違い、複雑な感情が入り混じった顔をしていた。
しかもその矛先は他でもない僕だった。そんな気がした。




