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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
28/121

第28話 裸足の人

「あ、雨降ってきた……」


 ポツポツと当たる雨に触発され、ようやくずぶ濡れの身体を起こした。


美咲みさき、いい加減離れてくれ」

「……」


 顔に不満を出しながら美咲はのそのそと僕の上から退く。

 美咲は言い争いがヒートアップしてからは馬乗りになって、引っ掻くわ叩くわ好き放題した挙句、暴れ疲れたのかおおかぶさってきた。

 普段の僕だったら心臓が飛び出るくらいドギマギする体勢なのに、喧嘩の延長線のせいで全く無感動。何でもいいから早く退いてほしい一心だった。


「よっ……と」


 わかってはいたけど、服が海水や砂を吸ってとんでもなく重い。


「どこ行くの?」

「ずっとここで寝っ転がっても仕方ないだろ? 雨も降ってきたし、人に見つからないとも限らない」


 万が一通報でもされたら完全にアウトだ。警察から始まり学校の先生に親、事態があっという間に大事になっていくのが容易よういに想像出来る。


「待ってよ」

「待ってるだろ。美咲も一緒に来るんだよ」

「ん」

「なんだよ?」


 美咲は『当然でしょ』と言いたげに手を伸ばしてきた。


「起こしてよ」

「……はいはい。せ〜の」

「……」


 手を繋いで引っ張り起こそうとするが、とうの美咲から起き上がる意思をまるで感じない。重力に逆らうどころか僕の邪魔でもしているような力の入れ具合だ。


「あのな。ふざけてんなら置いてくぞ」

陽也はるやくんこそ真剣にやって。人に見られたら困るんでしょ?」


 それは美咲だって同じだろうに。

 多少強引だが、らちが明かないので美咲の背中に腕を回してかかえ起こした。


「ほら行きますよ美咲お嬢様」

「ムカつく言い方」


 もうどうしろと……。

 美咲の中ではまだ喧嘩が終わっていないようで一々攻撃的だ。この場を離れるのにいっぱいいっぱいで、僕はもう喧嘩の行く末なんかどうでもよかった。元々この喧嘩は勝ち負け云々じゃない。


「歩くのは自分でお願いしますよ。美咲お嬢様」

「そのお嬢様ってのやめて」

「ごめんね美咲ちゃん」

「きもっ。バカにしてんの?」


 砂浜を並んで歩く。

 降り始めたと思っていた雨は、少しもしないうちに勢いを増して雨粒も大きくなっていく。

 身体についた砂はこれで落ちるし、誰かから事情を聞かれたら雨で濡れたと誤魔化せるから好都合だ。まだ日付は変わっていないから天気予報は一応当たってはいたようだ。


「あれ? 美咲、靴はどうしたの?」


 砂浜を抜けたところで美咲が裸足はだしだと気づく。

 僕は靴を脱ぐ猶予ゆうよもなく海に飛び込んだおかげで靴の中はびしょびしょ。


「……なくした」

「はあ……裸足の人」

「だってしょうがないじゃん! 戻ってくるつもりなかったし! 陽也くんも来たし! つーか裸足の人って何!? もっと可愛いのあるでしょ! そこまで言うなら人魚姫まで言えバカ!」

「僕が来たのは全く関係ないだろ」

「あ〜。海に入る前に脱いだから、ここら辺頑張って探せばあるかも」

「もういいよ……」


 この暗闇と雨の中探すのは無理だ。海に入る前に脱いだのなら恐らく流されてるだろう。

 かといって小石や凹凸のある道を裸足のまま歩かせるわけにもいかない。


 僕は美咲に背を向けてしゃがんだ。


「……陽也くんに探させるのも悪いもんね」

「僕に探させようって一瞬でも思いつく時点で悪いよ」

「蹴っていい?」

「やだ」


 言い終わる前に美咲は両腕を僕の腕に回し身体を密着させた。

 雨の冷たさの中に美咲の体温がわずかに感じられて、取り返しがつかなくなる前に間に合ってよかったと心から思った。


「ぐぁ……重い」

「パワー不足なんじゃないの? あたしにも負けてたし」

「女子相手に本気で取っ組み合いするはずないだろ」

「じゃあちゃんとおぶってよ」

「マジでなんで靴脱いだんだよ……」

「履いたまま濡れたら気持ち悪いじゃん」

「そこは気にするのか」


 美咲がプラプラと脚を動かす度に余計に負荷がかかる。悪気はないんだろうけど、濡れているだけでも負荷がキツイから大人しくしててほしい。

 階段を上がり切ったところで美咲を抱え直す。


「や、やっぱ重いって……もう限界」

「ねー。陽也くんデリカシーないって言われない?」

「……っ!」


 僕が物語の登場人物だったら頭の上に『!』と出ていただろう。

 美咲と出会ってから数えても、結構な回数言われている。


 それも全く同じ相手に……。


「な、ないよ?」

「はい嘘。絶対嘘」


 でもそれは今みたいな状況と違って、僕に完全に非があるから甘んじて受け入れなければならないのだ。

 ちょっとしつこ過ぎる気もするけど……。

 頭に浮かんだ七海さんの顔が全然笑っていない。『ノンデリ男』とご丁寧ていねいに音声付きで再現されている。


「絶対女子だ」

「……男子は普通言わないよ」

「そういえば陽也くんさ」

「ん? 美咲?」


 美咲の声のトーンが下がり、腕の力が強まった気がする。ちょっと苦しい。


「あたしとプレゼント買いに行った時に何か買ってたよね? こそこそと」

「や……なんのこ——ぐえっ」


 首をめられる。

 七海さんに相談に乗ってもらったお礼を買っていたのだ。まさか見られていたとは思わなんだ。


「なに? 仲良い子いるの? あたしには関係ないけどさ」

「じゃ……じゃあなんで怒ってるんだよ」

「なんかムカつくの!」


 首を絞められながら濡れた人間をおぶさるなんて……。

 馬車を引く馬もこんなに大変なのかと全く嬉しくない体験をした。馬車に乗るのはシンデレラだろうに……。

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