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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第一章 『ガラクタピエロと裸足の人魚姫』
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第27話 僕がいる

 死に物狂いという言葉はこういう時にだけ使っていいのだと僕は思った。


 駅に戻っているはずの美咲みさきが海に身体の半分をからせていた。


 何度も何度も名前を叫んで、砂に足を取られながら不恰好に走った。

 言葉にならない声を発して、メチャクチャな走り方で。それこそ獣のように一心不乱いっしんふらんに。


「美咲!!」


 海に入ってみたかったなんて好奇心じゃないのは一目で察した。

 美咲の目からは光が完全に消えていて、魂が抜けて人形みたいになっていた。


 どうして僕は気づかなかったのだろう。

 帰りの時間を全然気にしていなかったのは、帰る必要がなかったからなのだ。


 美咲はこのために来たんだ。

 このために海に行きたかった。

 僕に海に連れて来させたのはこのため。


 美咲が最後に僕に告げたのは、『最後』ではなく、『最期』だったのだ。


 ——あんまりじゃないか。


 最初からこうするつもりで僕とここまで来たっていうのか。

 最後に僕だけに別れを告げて、誰にも知られないままいなくなるなんて……。

 どうしてそんな勝手なことをするんだよ。


「やめろ! 美咲!」

「陽也くん……なんで……?」


 間一髪のところで美咲を捕まえた。

 肩まで海に入っていて、あと数秒遅かったら取り返しのつかないところだった。

 僕は永遠に美咲を見失ったままだった。


「いいから! とにかくこっちに戻れ! なに考えてんだ!」

「やめてよ……邪魔しないでよ」

「ふざけんな! こんなの僕が許すわけないだろ!」


 抵抗する美咲を押さえつけて強引に浜辺はまべに戻った。

 女子とはいえ、身長差のない相手を引っ張りながら水の中を移動するのはかなり体力を消耗した。


「離して! 離してよ!」

「離したらまた馬鹿な真似するだろ!」

「なんで戻ってきたの!? 誰にも邪魔されないはずだったのに!」

「いい加減にしろよ! あんな言葉を僕に残してから死ぬつもりだったのか!? 僕に一生後悔しろってか!?」

「違う! あたしはただ……あたしがいなくなれば全部良くなると思っただけ!」

「いいわけないだろ! そんな馬鹿な思いつきで軽々しく命を投げ捨てるな! 僕や家族の気持ちを考えろ!」

「うるさい! 考えてこうしたの!」

「なんだと……?」


 一瞬のすきをついて美咲が僕の手を振り払う。


しおりから聞いてる? あたし、栞の本当のお母さんに似てるんだって。声とか性格とか。だからあたしといると昔のこと思い出すんだって。そんな奴があんなふざけたプレゼント渡してくるんだもん。消えた方いいよね」

「やめろよ!」

「お父さんもあたしと話す時絶対に無理してる。お母さんはあたしのこと一人で育ててる時に、たくさん無理して身体が悪くなった」

「もうやめてくれ……」

「ほらね。あたしがいない方がみんな幸せなんだよ。ふふっ! あはははははっ!」


 光を失った瞳で美咲が壊れたように笑い出す。


「違うだろ……!」

「は? 何か言った?」

「僕がいるだろ! 僕は美咲がいなくなったら絶対に嫌だ」

「……よくそんなこと言えるね」

「なに……?」

「栞と抱き合ってたくせに」

「どういうことだ?」

「栞から送られてきたんだよ。陽也くん随分ずいぶんと仲良かったんだね。あたしとしては複雑な気持ちだけど、二人が幸せならどうでもいいや」

「待てよ! そんなのいつ……!」


 一つだけ心当たりが浮かんだ。教室で倒れそうになった栞を支えた時だ。

 まさかあの時耳元でなった電子音は……。


「絶対に嫌だなんて嘘だよ。陽也くんだってあたしが消えればいいって思ってる」

「それは間違いだ! 僕はそんなこと一度も思ってない! 美咲!」


 再び沖の方へと歩き出した美咲を後ろから押さえつける。


「……っ! いい加減しつこい!」

「どうして! どうしてわかってくれないんだ!」


 美咲を押さえつける力が強まる。


「家族がそんなこと思うはずないだろ! 美咲を嫌ってたら、これから一緒に暮らすなんて嘘でも言わないだろ!」

「じゃあなんでやめたの!?」

「美咲も栞もバカだ!」

「はあ!? 勝手に話変えないでよ!」


 美咲が腕を振り回した際に肘がモロに入り、またしても距離を取られてしまう。

 しかし今度は沖の方ではなかった。

 美咲は背を向けるでもなく僕を強く睨みつけた。

 それでも怯むわけにはいかない。


「美咲も栞も悪くないじゃないか!」

「〜〜っ!」

「悪いのは全部、栞達を裏切った奴だろ! 何もかもそいつのせいじゃないか! どうして美咲と栞が傷つけ合わなきゃいけないんだ!」


 僕は息を深く吸って、目一杯次の言葉に気持ちを込めた。


「美咲も栞もお互いに大切に思ってるんだよ! なのにいなくなろうなんてするな!」

「……今更どうにもできないじゃん。頑張っても全然ダメじゃん」

「諦めるなよ! そんな奴にいつまでも滅茶苦茶めちゃくちゃにされたらダメなんだよ! ……また頑張ればいいだろ」

「無理だよ……」

「無理じゃない。僕は二人のことを見てきたんだ。絶対に昔みたいに仲良くなれる」


 過去はもう変えられない。諸悪しょあく根源こんげんの人間も、とっくに栞達に何をしたかも忘れている。それなのにいつまでも過去にとらわれて苦しむのは絶対に間違っている。


「いいよ……時間が経てば普通に戻ってるよ」

「……っ」


『時間が解決してくれる』と美咲の口から聞いてようやく気づけた。


 僕はずっと恐れていたんだ。

 美咲達にこれ以上関わることを、踏み込むことを、気持ちを入れ込んでしまったら、美咲達のために頑張ってしまったら、失った時に傷つくから。傷つくのが怖くて、無意識に遠ざけていた。

 『きっかけがあれば』『話す時間があれば』『僕にできることなんか』並べてきた言い訳は全部自分を守るためのものだった。自分可愛さゆえに僕も美咲達を傷つけるのに加担かたんしていた。


 僕がもっと勇気を持っていればこんなことにはならなかった。


 失った悲しみをいつまでも引きずって、失うのを恐れ続けていたんだ。

 結局僕も過去に囚われたままだったんだ。



「……美咲、違うんだよ。時間は何も解決してくれない。壊されたものは壊されたままなんだよ。何かを変えるには自分たちでなんとかしないといけないんだよ。いなくなってからじゃもう取り返せないんだよ」

「……さっきからなんなの? まるであたしが何も頑張ってないみたいな言い方」

「そんなことない。僕は美咲に諦めてほしくないって思って——」

「頑張っても意味ないって言ってんじゃん! 陽也くんだって全然のくせに!」


 水飛沫みずしぶきが上がるほどの勢いで海水をかけられた。


「自分だってあんなに野球頑張ってたくせにさあ!」

「……はぁ!? 急に水かけてきて逆ギレってなんだよ! 今は僕のことは関係ないだろ!」

「関係あるから! 全然報われないのに何いつまでもしがみついてんの!?」

「しがみつかなきゃ皆についていけないんだよ!」

「それが意味ないって言ってんの!」

「美咲! 言っていいことと悪いことが——」

「あんな顔して野球すんなバカぁ!!!」


 美咲の目から大粒の涙があふれ出した。


「痛いの! 苦しいの! 悲しいの! 嫌なの! 陽也くんがボロボロになってるのあたしが嫌なの! なんでわかってくれないの!?」

「は……? まさか……今までずっとそれを……?」

「あんなに苦しむんなら野球なんてさっさと辞めろ!」

「練習なんだから苦しくて当然だろ!」

「違う! 全然違う! そうじゃない! 他の人と違って陽也くんはなんか壊れそうなの! 遊びに行った時も全然違ったじゃん!」

「なんだよそれ……意味わかんない」

「うるさあい!! わかんないって言うな!! わかれバカ!!」

「美咲……」


 僕も美咲と同じなのかもしれない。

 涙声で叫ぶ美咲の姿が何度も何度も胸に突き刺さる。

 

 痛い。苦しい。悲しい。嫌だ。美咲が泣いているのは僕が嫌だ。


 

「野球なんか辞めてあたしと一緒にいればいいんだよ! カラオケだってあの日一緒に行きたかったのに! 練習があるとか平日は無理とかいつも突き放してばっかり!」

「突き放したって……僕だって頑張って時間作ったんだぞ!」

「うるさい! 全然足りてないんだよ!」

「そんなに遊びたかったらそれこそ勇気出して栞を誘えばよかっただろ!」

「よくない! 気安く栞って呼ばないでよバカ!」

「僕だってなあ! 三年間やってきたのを今更捨てられるはずない!」

「他に楽しいこといっぱいあるのにバカじゃないの!?」

「こっちは真剣にやってんだ! 楽しいとか楽しくないとかじゃないんだよ!」

「あんなの陽也くんの居場所じゃない!!!」

「美咲! いい加減にしろよ!」

「分からず屋!」

「自己中我儘!」

「バカ!」


 僕と美咲は次第に全く意味のないことにまで喧嘩の火が回っていた。

 水をかけあって、引っかれて押し倒されて叩かれてと。もみくちゃになってずぶ濡れになって、溜め込んでいたものを全部吐き出した。



 ******



「重い……美咲どいて」

「はあ?」


 長い言い争いの末、僕と美咲はすっかり力尽き、砂浜で両者引き分けという感じに倒れ込んでいた。


「……ほら、帰りの電車が来るぞ。美咲だけでも先に帰れって」

「いやだ」

「もういい……勝手にしろ」

「絶対離れてやるもんか」


 意地をぶつけ合うだけの大喧嘩は実に幼稚なものだった。

 一番伝えたかったことが美咲に届いてくれたのか自信がない。


 『僕がいる』


 もう一度はっきりと言えばいいのに、今になって恥ずかしさが出しゃばっている。

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