第12話 卓越した守備が光るショートストップは長打力も侮れない右投げ右打ちの新入生
身体がハンパなく軽い。
試合前のキャッチボールの時点で感じていたが、肩や膝の窮屈さや重さをまるで感じない。部活を引退してからもジョギングや筋トレは日課にしていたけれど、それだけじゃ今のコンディションの良さは説明がつかない。実際に野球からは一年近く離れている。悪くなるならまだしも、良くなるってどういうことだ?
理由は分からないが、一つだけ確かなのは、中学で部活をしていた頃よりも明らかに調子がいいってことだ。
球技大会二日目の最終種目だけあって、生徒の多くが見学に集まっている。
野球と言っても九人で行う本格的なものじゃない。ベースは一塁と三塁とホームのみ。ピッチャーとキャッチャーに加え、野手三人が守備につき、軟式球を使用した五人野球だ。普通の野球と違って面白いのが、野手三人の配置は自由なところ。もっとも大半はオーソドックスな一塁線三塁線とを外野で結んだ守備配置になるのだけど。実際にどこのクラスも似たような配置だ。
そんな中僕は中学でも守っていたショート、いわば三塁線付近を守って——
「っ!」
「陽也!」
プレイボールを宣言されて間ないうちに、センターに抜けそうな強烈な打球が飛んでくる。
——追いつけ……る! 捕——止めない——。
「アウト!」
塁審のアウトコール。
「遙馬、ワンナウトな」
「は、はるや……お前マジか……?」
「え? なんかまずかった?」
遙馬がベースカバーに入るのを確認していたし、しっかりストライクの送球だったぞ。
よく見るとチームメイトだけじゃなく、相手チームや見学している生徒も似たような反応をしている。
「いやいやそうじゃねーって楠。追いついただけでもすげえのに普通あれアウトにするか?」
松下がマウンドから近寄ってくる。
「普通の二遊間のゴロじゃない? ヒット性ではあったけど」
「足が速いてか、動き始めが速いのか?」
外野に居たはずの堀が声をかけてくる。
「それもあんだけど、陽也は捕ってから投げるまでがめちゃくちゃ速い」
褒めてもらえてるとこ悪いんだけど、アウト一つ取っただけでプレーを止めてしまうのはいかがなものかと思う。全然悪い気はしないんだけどね。
「勢い止めないために一回転しながら投げてもストライクだもんな。並風出身半端ねーわ」
「う……うん。堀、中学の話はあんましないでくれ」
「この調子で頼むぞ楠」
マウンドに戻っていく松下に人差し指を立てて応える。
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「中学で対戦した時も思ったけど、橘マジで足はええな」
「まーな。ベーランじゃ負けたことねーよ」
一回表の守備が終わり、遙馬、堀、僕の三人でベンチに戻る。
「うっし。とりあえず守備はこのメンツなら問題なさそうだな」
「向こうはやっぱり森先輩がピッチャーか。どうやって点取るかだな。こりゃどっちも点入んねーな」
ピッチャーの松下、キャッチャーの牧田と合流して話し合いに混じる。
「確かに速いな……」
森先輩が投げるボールは糸が引いたようにキャッチャーミットに吸い込まれていく。スピードだけじゃなく球威も相当ありそうだ。
「あれで変化球も凄いんだからな。スライダー受けさせてもらったけどフリスビーかよって」
牧田がキャッチャーマスクを外して息を吐く。
「じゃあ、当初の予定通り楠、橘、堀、おれ、松下の順でいいな?」
「おう! 頼むぜ陽也!」
「ほんっとうにいいのか? 僕バッティングはマジでダメだからな」
中学通算一安打だぞ……。
「あの守備があんならバッティングは多少なら目を瞑るって。多少は」
「とりあえず森先輩の球筋ぐらいは見てくれ。できれば球数投げさせて」
堀と松下がヘッタクソなフォローを入れる。
まあ、僕の実力ならこの役割も納得なんだけどね。試合に勝つためなら、なんだってやってやるさ。
バッターボックスに入り、見学している生徒の方に目を向けた。他のクラスや先輩達、そしてクラスメイトの集まりの中には美咲と七海さんの姿もあった。
「……っ」
目が合いそうになったところでマウンドのピッチャーと対面する。
綺麗なワインドアップから投じられたこの初球に対して、僕はどうするか昨日からずっと決めていた。
「っ!!」
空振りして転んだっていい、明日身体が痛くなったっていい、醜態を晒して笑われたっていい。正真正銘全力のフルスイングをボールに向かって叩き込んだ。
「なっ……!?」
森先輩がレフト方向を振り返る。
パカンという音と確かな感触はあったが、肝心の打球の行方を見逃してしまった。打球がフェアなのかファールなのか分からないまま、バットを持ったまま一歩二歩と下がる。
森先輩をはじめとした相手チームの反応からしてレフト方向——。
「「「おおおおおおおお!」」」
「……え」
歓声が上がり塁審がぐるりと大きく手を回す。
これってもしかして……
「ホームラン……」
つい呟いてしまった。
まだ飲み込めないままベースを一周すると、自チームから手荒い歓迎を受ける。
「おおおおお! 陽也! マジ陽也!」
「ナイスバッティング!」
「打撃でも魅せるねえ!」
「先輩相手に確信歩きとかやるなあ!」
「いやちがっ! あれはどこ飛んだか分からなくて!」
確信歩きって確かあれだろ? プロ野球選手がホームラン確信した時にやるやつ。ホームランどころかヒットも碌に打てなかったやつが何を確信するってんだ。
「まあ、なんにせよ」
「今のは一点以上の価値があったな」
松下と牧田が顔を合わせてにやりと笑う。その先にはマウンドに集まっている先輩達の姿があった。
「叩くなら今だな」
「うっし。相棒に続くか」
バッティンググローブをはめる堀とヘルメットを被る遙馬。
「あ、そうだ。試合前に言うの忘れてたんだけど、みんなちょっといいか?」
遙馬の近くに五人が集まる。
「昨日の話だ。陽也が言った言葉がある」
「え? 僕?」
『負けられない』とか『燃えてきた』とか言ったかもしれないけど、今思うと少し恥ずかしいな。
遙馬め。それをネタに揶揄おうってか。
「負けるという選択肢はない」
「言ってないが?」
なんで妙に芝居がかってんだよ……。
「かっけえ……」
「意外とビックマウスなんだな」
「でも言うだけのことはあるよな」
「だから言ってないが!?」
入学して一ヶ月とはいえ僕のキャラ把握して無さ過ぎるだろ。
「オレそれでわかったよ。陽也ならやるってな。本当は野球が大好きなんだってな」
「遙馬、早くバッターボックス入れって」
そして塁に出てしばらく黙っててくれ。
「じゃあ行ってくる。負けるという選択肢はないからな」
「いいから早く行けってば!」
打席に集中する選択肢をとっとと選んでくれ。




