第11話 先輩後輩
パシュンパシュンと乾いた音が体育館内に響き渡る。バドミントンラケットがシャトルを勢いよく打ち出し、コートの中を右へ左へと飛び交う。
球技大会一日目の室内競技のラストを飾るのはバドミントンだ。人気競技なのもあって見学に来てる生徒も多く、自分のクラスの得点や失点の度に一喜一憂している。
かくいう僕も見学人の一人で、遙馬をはじめとした野球に参加する面々と体育館を訪れている。
「おお! すっげ! あれも拾うか
」
一緒に見学している一人が手を叩く。
「バックハンドうまいな」
「ハイバックって言うんだっけ?」
「あの二人ってバド部?」
「さあ……」
遙馬が視線を寄越したので濁しておく。
「てかあそこのコートマジレベル高いな……」
そう、僕達含め注目を集めているのは美咲と七海さんがいるコートだ。現役バドミントン部ですら釘付けになって見入っている。
学校中で絶賛注目の的になっている二人が、同じコートでバドミントンをしているのだ。そりゃあ観客も賑わう。
「なあ陽也、あの二人なんで練習中にシングルスの試合してんだ?」
「……そうだよ! あの二人同じクラスじゃん!」
会場で一番白熱している試合をしているから全然忘れていたが、美咲も七海さんも僕達も一年二組。
この後の試合に向けたウォーミングアップをする時間だってのに、互いに譲らない熱戦を繰り広げている。
「そういえば、球技大会のバドミントンにシングルスってあったか?」
「ないない。ダブルスだけ」
「なぜにシングルス?」
四人が揃って首を傾げる。一番背が高いのが松下。筋肉質で声が低いのが堀。天然パーマが牧田。そして一番うるさい遙馬。いかにもスポーツマンって感じでみんな僕より身体が大きい。
球技大会で同じ競技に参加するだけあって、今日は朝から僕も含めたこの五人で行動している。ちなみに僕以外既に野球部に入部している。
「二人ともガチ過ぎるだろ……バッチバチじゃねえか」
「試合前にばてなきゃいいけど」
試合に魅入る四人を尻目に、僕は頬杖を付いた。あの二人は初対面で最悪の出会いをかまし、最悪のまま同じクラスになってしまった。
トラブルこそ起こしていないが、話しているとこは勿論、一緒にいることすら見たことがない。
卒業式の日以来だ。美咲と七海さんが対面しているのは。
たかが学校行事なのに。二人とも力の入れ具合が尋常じゃない。
まさかだけど……まさかまさか、喧嘩の続きを今してるってことはないよな……?
「楠、ちょっと聞いていい?」
牧田が僕の背中を叩く。
「なに?」
「あの二人って何かあんの?」
「なんで僕に訊くんだよ。何故にそう思う」
「いやー楠ならなんか知ってそうだなって」
「悪いけど知らないよ」
「あの二人全然話さないのに、すごい意識してるように見えんだよなぁ」
松下が欠伸混じりに入ってくる。
「入学式の実力テストも学年一位と二位だしな」
堀が続いて
「全然違うタイプなのにライバル視めちゃくちゃしてそうだよな」
遙馬が締めくくると他三人が全員頷く。
「ライバル視ねえ……」
美咲と七海さんの試合に目を向ける。
藤本さんもバドミントンに参加しているようで、律儀に七海さんの応援をしている。
両者バドミントン経験者と一目で分かるフォームとフットワーク。ハイレベルなのは確かのに、二人のプレイスタイルはまるで違う。
正確なコントロールと緩急で試合を組み立てる七海さんに対し、美咲は派手さとトリッキーなプレイが目立つ。
そして一回一回のラリーがとてつもなく長い。本番前に終わるとは到底思えない。
「マジか!」
「やっば!」
松下と堀だけじゃなく、体育館全体が一瞬どよめく。
不利な体勢に崩された美咲が、咄嗟に逆の手にラケットを持ち替えてシャトルを弾き返したのだ。
そのプレーが流れを呼び込んだのか、美咲がワンセット先取した。
「っしゃー!!」
声をあげてガッツポーズする美咲。いやこれ試合前の準備運動だよね?
二セット目に入る前に本番が来てしまい、結局決着はつかなかった。
最後まで観れなかったのを悔やむ声が尋常じゃなく多かったのが、この競技の主役が誰かを物語っていた。
******
「……勝負の世界ではよくあることだけどな」
一緒に体育館に残っていた遙馬がポツリと呟く。他の三人は外の競技を見に行って別行動をとっている。
観ている試合は七海さんと藤本さんのペアの試合だ。
試合はあまりにも一方的で、三年生相手にかなり劣勢を強いられている。練習であれだけ実力を見せた七海さんは徹底的にマークされていて、まともに勝負をしてもらえない。
となると狙われるのは藤本さんだ。運動神経は悪くないにしても、経験者が二人がかりでかかってくるようなもので全く歯がたたない。
遙馬の言う通り、勝負の世界ではよくあることだ。相手の弱点を突くのも劣っている方を狙うのもセオリーだ。
だがこれは交流を目的とした学校行事。それでも真剣にやってるから勝ちに拘るのはまだ頷ける。
しかし……。
「うーわーかわいそー」
「俺らそんなにコワイ先輩に見える〜?」
「手加減してやれよ〜」
上下関係がつきものの学校なら仕方ないのかもしれない。
だけど、このヤジにも似た弄りがものすごく神経を逆撫でする。悪気や虐めのつもりはないのかもしれない。でもこれを受けるのは、受け止めなければならないのは、今コート上にいる七海さんと藤本さんだ。
「今のが最終セットだったのか」
「そうみたいだな」
七海さんと藤本さんのペアは惨敗。先に美咲達のペアが勝ったから、まだ次に望みを託せるが、相手が現役バドミントン部の先輩なら勝ちの目はほとんどないだろう。
「よー橘」
「森先輩じゃないっすか! ちわっす!」
体育会系モード全開で挨拶を返す遙馬。この感じだと、声をかけてきたのは野球部の先輩だろう。
「わりーな。バドミントンうちのクラスが勝っちまって」
「いやーマジ先輩のクラス強すぎっすよ」
「お? そっちは」
「あ、こいつ楠陽也っす。小学生の時からのダチっす」
「はーん。野球部入るって噂の?」
「……どうも」
野球部に入るつもりはさらさら無いので適当な挨拶をしておく。もう体育会系じゃないからそんな暑苦しい挨拶をする必要はないのだ。
「うちのクラスの連中みんな結城美咲派だったんだけどさぁ、七海綾香もなんていうかいいよなー。俺全然わかんなかったんだけど、必死に試合してんの見て唆るっていうか」
「先輩そういう話はもう少し遅い時間に頼みますよ〜」
「遙馬、僕ちょっと水飲んでくる」
「おう」
「すみません失礼します」
森という上級生は視線だけ少し寄こした。
中学の時は当たり前だったのに、どうにもこのノリは苦手だ。
今思うと、よく三年間も野球部にいられたな僕。
******
体育館に戻ろうとしたところで、昇降口に誰かがいるのに気づいて咄嗟に身を隠してしまった。下駄箱の向こう側にいるのは——。
「……うっ……ううっ……」
藤本さん……。
啜り泣く弱々しい姿が嫌な記憶を呼び起こさせる……。
数に物を言わせた嘲笑に侮辱。あの大雪の日にあった出来事が沸々と蘇ってくる。
単純に試合に負けたことよりも、自分のせいと思い込んでいるのが彼女を苦しめているのだろう。
それだけじゃない。
本人はどこまで自覚しているのかわからないけど、あの野次の数々が藤本さんを追い詰めているのだろう。
それ以上は聞き耳を立てず体育館に戻った。
僕が声をかけても、何を言っても藤本さんを追い詰めそうだったから。
だから藤本さんは誰にも見つからないようなところで泣いていたんだ。声を殺して泣いていたんだ。
******
「お。陽也戻ったか」
「あれ? 野球部の先輩は?」
「とっくに戻ったよ。それより聞けよ。明日オレ達、初戦から森先輩のクラスだぜ? 超優勝候補じゃんよ〜」
「森先輩のクラスってそんなに強いんだ」
「森先輩うちの野球部で一年からエースだからな。他も野球経験者ばかりだし」
「ふーん……」
正直言って僕はこの球技大会に対してモチベーションはほとんどなかった。なんせ二度とやらないと決めていた野球だし。
でも今はちょっと違う。
「うちのクラスもいいメンバーなのになあ。こりゃ厳しいなあ……」
「そんなことより遙馬」
「どした?」
「明日は絶対に負けられないな」
「陽也!? お前マジでどうした!? 別人みたいだぞ!? あんなに乗り気じゃなかったのに」
「今も乗り気じゃないよ。でもね……ちょっと燃えてきた」
クラスメイトをあんな笑い者にされたら血が騒ぐってもんだろ。
そんなにお望みなら本物の見世物ってやつを見せてやろうじゃないか。
そう、ガラクタピエロをね。




