第10話 適材適所
「さーてと、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか? 陽也」
「なんだよ前置きも無しに」
何を教える必要があるのか明確にしてもらわないと話が始められない。まあ、始まらない方が良さそうな予感がプンプンするのだけど。
「あの二人についてだよ」
「だから誰だよ」
「とぼけんなって。結城美咲と七海綾香だよ」
「……ん」
まだ温かい蕎麦のつゆを啜る。鶏の出汁がしっかり効いている。
「食うのは一旦やめろ」
「伸びちゃうだろ」
意思表示として丼を寄せる。
嫌な予感ってのは中々どうして当たってしまう。
結城美咲と七海綾香。二人の評判は入学一週間も経たないうちに校内に広まり、二週間が経った今でも冷めるのを知らない。それどころか、最近は先輩達もゾロゾロと教室の前まで見に来る始末。
おかげで僕と遙馬はこうして空いている食堂で学食を満喫できるのだけど、これでは二人と仲直りどころか話しかけるのすら困難だ。わかってはいたけど、同じ学校の同じクラスだってのに、今までよりずっとずっと遠い存在に感じてならない。
「入学式の時は適当に誤魔化してたけど、やっぱ何かあんだろ」
「んん……」
「七海綾香はまだしも、結城美咲まで……マジでどうなってんだよ」
「ふう。遙馬、まずはじめに言っておきたいんだけど」
「勘違いだとか気のせいだってのは通用しないからな」
「む……」
先回りされていた。あんまり考えてなさそうで昔から結構鋭いとこあんだよな。
「普通あんな名指しで推薦しないだろ」
「まあ、そうだよなあ……」
「七海綾香もたまに陽也のこと見てるしな」
「え? そうなの?」
「その嬉しそうな反応腹立つなあ〜」
「ち、違う! そんなんじゃない!」
実際のとこは嬉しいんだけど、話がこんがらがりそうなので力技で押し切らせてもらう。
「んーで? どうなんだ?」
「……七海さんとは中学で同じ委員会だったんだ。みさ……結城美咲とは前に妹のことで相談を受けてたんだ」
嘘は言ってない。本人達のいないこの場で掘り下げる話じゃないし、誰かに聞かれて広まったりしたら二人迷惑がかかる。高校に入ってすっかり距離ができてしまったけど、足を引っ張るような真似はしたくない。
「いいのか? 毎日のように先輩達が見に来てっけど」
「僕がどうこう言える立場じゃない。二人と付き合ってるわけでもないし」
「そういう問題じゃないと思うけどな」
言葉に息詰まって水を手に取った。
遙馬に指摘されるまでもなく理解してる。だけどもここで僕が首を突っ込んで、中三の時みたいに問題が大きくなったらと思うと動くべきじゃない。
「昨日も結城美咲が先輩に告白されてたらしいし、七海綾香だって休み時間に声かけられてただろ?」
「……ここ最近はずっとだな」
初めのうちは休み時間に数人が見に来る程度だったが、ここ数日で人数も増えてきた。中には教室に入ってくる人もいる。隙間時間を狙って呼び出したり、放課後に昇降口で待っていたりと、正直言ってやり過ぎだと思う。
時間が経てば落ち着くかと思っていたけど、事態は一向に収まる気配が無い。悪意が無いとはいえ、先輩達がゾロゾロと下級生を訪ねてくるだけで萎縮してしまう人もいる。あまり良くない状況だ。
友達が多くてコミュニケーションも上手い美咲はともかく、七海さんは絶対に負担に感じているだろう。
それに何より、僕は二人が見せ物みたいになっている今の状況が嫌いだ。七海さんと一緒にいる藤本さんや、美咲達とつるんでる男子グループはどうも思わないのか?
「陽也〜? 何考えてんだ?」
「んあ? しっかりしろよって話」
「お前にだけは絶対言われたくないと思うぞ」
「うるさい。僕は学級委員だ」
「まだ仕事もしてないだろ。そういうのは立候補した奴が言えんだよ」
「……」
「ま。陽也がオレと同じこと考えてそうで安心した」
「あんなの見てて気分良くなる奴いないだろ」
「まあな。てか陽也結構顔に出るのな」
遙馬が声を出して笑う。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。頼もしいというか、信頼できるというか、遙馬が僕の知る奴でよかったと思う。
「遙馬、もう部活に出てるんだろ? だったら先輩達に頼んでみたら?」
「真顔で無理難題吹っかけんなよ……」
持ち前のキャラでなんとかなりそうな気もするけど。
「仕方ないだろ。僕は今日から学級委員の仕事があるんだ」
「おい陽也。お前学級委員に託けて言い逃れの理由にしてないか?」
「みんなの代表なんだからこれぐらい当然の権利だろ?」
「学級委員程度で助かった。絶対権力持っちゃダメだな」
「みんなが僕を変えたのさ」
「被害者面すんな。ていうか陽也こそなんとかできるだろ」
「え? なんで?」
言って遙馬は水に入っていた氷を齧る。
「七海綾香も学級委員になっただろ」
「ま、まあ……なったけどさ」
そう言われても、七海さんとは卒業式の日以来一言も話していない。時間にして一ヶ月。正直何故立候補したのか不思議でならない。
「さっきまで学級委員てイキリ散らしてたのにどうした? お?」
「うぜえ……」
「とりあえず、そっちはそっちで頑張ってもらうとして」
「話の畳み方が雑すぎる」
ただ単にこの話題に飽きただけだろ。
「いつになったら野球部に入るんだよ? もうみんな練習始めてんぞ」
「何回も断ってるだろ。野球は中学で終わり。はいおしまい」
「いーや続くんだよ。オレもう陽也が入るって先輩達に話しちまったぞ」
「あーあ、先輩に嘘付いたのはまずいな。お気の毒」
「随分調子こいてんなって言ってた」
「何吹き込んでんだよ!」
僕の高校生活を終わらせるつもりか。今後関わらない先輩達に目をつけられてもなんとも思わないが、居心地が悪くなるのは嫌だ。ていうか自分にも良くない方に働くって考えないのかこいつ。
「てなわけでだ。明後日の土日、全校交流の球技大会があるだろ?」
「ああ、あれか」
既に僕は卓球に参加するのが決まってる。ゆるーくやらせてもらおう。
「陽也が野球経験者って聞いたら快く交換してくれたぞ」
「おい……余計なことすんなよ」
「やるからにはベストメンバーで勝ちに行くだろ。実際交換してくれた奴は卓球で全国行ってるしな」
「逆になんで野球入ろうとしたし」
「それはかくかくしかじか」
「ほ、本当に言う奴があるか」
「なにツボってんだよ陽也」
昼休みとはいえくだらな過ぎる。こんなやりとりで時間を使いたくない。本当にくだらない。
「先輩達に宣戦布告もしたし、もうやるっきゃねーよ」
「はあ……マジで今回だけだからな。球技大会だけだからな」
たった一日、本当にたった一日だけだ。そこで僕が大したことないのが知れ渡れば、遙馬もスッパリ諦めてくれるだろう。手打ち料ってことで引き受けるしかない。
「ついに始まるんだな! 陽也!」
「始まる前に終わらせんだよ」
なんだその拳は。
「お! さすが先輩達に宣戦布告するだけある」
「僕はなんもしてないぞ?」
「そっか?『先輩に勝つのが礼儀』って陽也が言ってただろ?」
「どこの陽也だよ」
ドッペルゲンガーでもいるのかな。
「先輩にも陽也が言ってましたって」
「僕休んでいいか?」
これほど味方の中に敵がいるを体現する奴もそうそういまい。
さあて。球技大会は適当にやるとして……問題は球技大会明けの放課後から始まる学級委員の活動だ。
七海綾香が『みさきちゃん』だと知ってから時間は結構経ったけど、色々なことが重なり過ぎてどう接したらいいのか分からない。
なんて声をかけるか、何から喋ればいいのかと頭の中はとっ散らかる。




