第9話 立候補
葵空に入学して二週間が経った。二週間も経てば高校生活にも慣れてくるし、あれだけ苦手だったネクタイも苦じゃなくなっていた。
慣れてきたのは僕だけじゃないのは当然で、自ずと気が合う者同士で行動をするようになっていた。三人だったり四人だったり、一人が中心になって男女問わず五人くらいで集まっていたりとまちまちだ。
「オレ達クラス委員なんてやってる場合じゃないよな」
僕はというと、後ろの席から耳打ちしてきた橘遙馬と一緒にいるのが当たり前になっている。
小学生の頃の友達だし、それ自体は全然不満はないのだけど、未だに野球部に勧誘してくるのがたまにキズだ。今の耳打ちだって僕が野球部に入るの前提なのがうんざりする。
「誰かいないかー? クラス委員やってくれる人」
担任の久下正樹が呼びかけるが、誰一人として手を挙げるどころか反応すらしない。こんな時は目を合わせないに限る。
「野球部で忙しいのに学級委員なってやってられるかっての。な? 陽也」
やっぱな。
無駄話を叩いているのがバレて学級委員を押し付けられても面倒だ。付箋に『当てられるから静かにしろ』と書いて遙馬の机に後ろ手に貼り付けた。
やりたくない点においては遙馬と同意見。まだ話したこともない人がいる中の代表なんて絶対にごめんだ。
「いないならこっちで指名するぞー? いいのかー?」
あまり露骨に目を背けると逆効果になりそうなので、出来る限り自然に視線を外す。
高校に入ってからは美咲とも七海さんとも一言も交わしていない。入学式の日に美咲からサインメッセージをもらったが、返事をしても全くの無反応。ただ単に僕に文句を言いたかっただけで仲直りどころの話ではない。
高校に入ってからの美咲はというと、女子の中でも特に華やかな集まりの中心になっている。見た目は勿論のこと、コミュニケーション能力の高さもあって、まさにトップカーストって感じの立ち位置だ。
女子だけじゃなく、男子の目立つグループとも仲が良いみたいで、昼休みや放課後はゾロゾロと集団で行動しているのをよく見かける
喧嘩どうこう以前に、美咲が共学の高校に入ればこうなるのは目に見えていた。わかってはいたけど心のどこかがモヤついている。
「せんせ〜。指名の前に推薦じゃダメですか〜?」
美咲が気怠げな感じで質問をする。行動力があるタイプではあるけど、授業やホームルームでは率先して意見を出したりしてなかっただけに珍しい。それとも早く帰りたいだけか。
多分学級委員に相応しいのは、入学してすぐにあったテストで学年二位だった七海さんなんだろうけど、性格的に絶対にやりたがらないだろう。中学の時は嫌な目立ち方をして色々あったし……。
七海さんとの関係は美咲以上に深刻で、すれ違っても目も碌に合わせてくれない。
初めのうちは同じ中学なのもあって周りから色々訊かれたりしたけど、今となっては接点がないと周知されている。
美咲とは対照的に、七海さんはクラス内の大人しい女子と二人でいることが多い。藤本沙苗、背中まである癖の少ない黒い髪が特徴的で、中学の頃の七海さんほどじゃないが大人しい印象が真っ先に入ってくる。クラス内で一番大人しい人と訊かれたら、ほとんどが藤本沙苗と答えるだろう。
結城美咲と七海綾香。そして僕、楠陽也。二人と二人が出会ってしまった結果、一人と一人と一人になってしまった。それは今も継続中で、美咲と七海さんも初対面の時以来お互いに干渉していない。
この三人しか知らないたった一日の出来事で、僕達はクラス内で最も冷めた関係になっている。
「推薦〜? 立候補しろ立候補」
「先生、でもこのままじゃ埒が明かないです。聞くだけ聞いてみてもいいんじゃないですか?」
美咲達とよく一緒にいる男子の一人が援護射撃をする。この時間が早く終わって欲しいのは僕も同じなんだけど、似たような展開をどこかで経験した様な……。
「仕方ねーなー。結城、誰推薦すんだ?」
こういうのってなんて言うんだっけ……。
「はる……楠がいいと思いまーす」
「は!? ざけんな!」
そうだデジャヴだ。
「え……僕?」
ていうかなんで遙馬が僕より早く反応してんだよ。リアクションもデカいし。
推薦した張本人の方を見ると『ざまあ』と口だけ動かしてきた。美咲の奴脚まで組んじゃって、完全にしてやったりって感じだ。
「うーん……でも楠ならサボらなそうだしいいか」
「よくねーよ先生! もっと他に適任いんだろ!」
おい遙馬、こっちに流れ弾飛んでんぞ。
「たった半年だ。それに悪いことばかりじゃない。やりたくてもやれない奴だって結構いんだぞ? 一年の一学期は楽だしな」
「なるほど……」
面倒なのは勘弁だが、楽な時期に引き受けておけば今後任命されることはない。
「あと一人いるかー? 立候補で」
「先生! そりゃねーよ!」
だからなんで遙馬が噛み付くんだよ。
「だーめーだ。本人はやる気だし、これ以上長引くのもなしだ」
やる気は無いけどさ……。
遙馬には悪いけど、部活を断る口実として最大限利用させてもらう。これぐらい当然の権利だろう。
「くそ……! じゃあオレ立候補する!」
「は? 意味わからん。遙馬、部活はどうしたんだよ?」
「そりゃオレの台詞だ。でもオレと陽也が組めば学級委員の仕事もすぐに終わるだろ」
「おいおい。友情で盛り上がってるとこ悪いんだけど、男女一人ずつ出すように言われてんだ。もう一人は女子で頼む」
「他に誰もやりたがらないなら関係ないんじゃないすか?」
「あのなあ橘……そんな我儘——」
久下が頭を抱えようとしたとこでぴたりと目が止まった。
視線の先には控えめに手を挙げる女子。
「私やります」
「あ!!!」
柔らかい声音が静かに響いた直後、美咲が短く大きな声を出す。
『しまった!』とか『やられた!』と言いたげな顔をしてるが、だったら最初に立候補しとけと。
七海さんがどんな理由があって立候補してくれたのかはまだわからないけど、少なくとも僕はこれからの活動を不安に感じる必要はないと胸を撫で下ろした。
仲直りも何もしちゃいないのに、僕は今後の学校生活にちょっとだけ期待し始めていた。




