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ガラクタピエロと裸足の人魚姫  作者: 刺草イウ
第四章 『ガラクタピエロと水浸しの月』
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第8話 うぜー

 慣れないネクタイを締め直し、深い紺色のブレザーの袖に目を向けた。

 ちょっと大きめに作った高校の制服、三年後にはそれに見合った成長を僕はしているのだろうか。


 今日は葵空あおいそら高校の入学式で、こうして最初のホームルームが終わった後も誰もが新しい環境に胸を躍らせている。

 紺色を基調としたチェックのネクタイは、男子のスラックス、女子のスカートとも全く同じ柄をしていて、一本だけ入っている葵色あおいいろのラインが控えめながら特徴的だ。

 学ランが嫌いだったからブレザーは早速気に入っているのだけど、ネクタイはどうにも窮屈に感じる。

 入学初日にして周りも全然知らない顔ぶればかり、あまり悪目立ちしないのが当面の目標——。


陽也はるや! 野球部の見学行こうぜ!」

「部活見学は明日からだって言ってただろ」

「んなこと言ってたな。まあ細かいことはいいだろ、見学行こうぜ」

「……そんないい加減でよく葵空に受かったな」

「まあな!」 

「褒めてないんだけど」

「そう照れんなって」

「うっざ」


 肩をがっしりと組み、やたらと高いテンションではしゃぐ短髪で少し日焼けした男子。

 このうるさい男子の名前は橘遙馬たちばなとうま。残念ながら入学早々新しい友達ができる青春チックなスタートではないと断っておく。


「なんだよ陽也。小学生の頃はもっと素直だったのに、冷めた大人になりやがって。反抗期か? 反抗期なんだな」

「疑問形にしといて秒で結論づけんなよ……」


 そう。このうるさい奴、橘遙馬は僕と同じ小学校に通っていた。中学校で別々になって、まさか高校で再会するとは思わなかった。

 一応人生で初めて出来た男子の友達だ。昔と全然変わってなくて安心したような、もう少し大人しくなってても良かったような……。身長はしっかり伸びてるのが憎たらしい。


「でもそっかぁー。見学明日からか。陽也、今日はキャッチボールでもするか?」

「やらない。一度に複数の話題を押し込んでくるな」


 会話のキャッチボールでボールが二つや三つに増えた気分だ。もっとも勝手に喋り続けるなら遙馬とうまのお手玉って感じだ。


「なんだ? 調子わりいの? 確かに元気ないよな」

「だーかーら! 答える前に勝手に決めつけんなよ。普通に元気だよ」

「元気ならキャッチボールしようぜ」

「自分に都合のいいとこだけ拾うな」

「オレも元気いっぱいだぞ」

「聞いてない。見れば分かる」


 数年振りの再会とはいえ、ずっとこの調子だと元気も萎れてしまいそうだ。遙馬の声が大きいせいなのか、妙に周りから視線を感じる。

 再会できたのは素直に嬉しいけど、入学早々こんな感じでは先が思いやられる。


「でも明日から楽しみだな。部活」

「言っとくけど野球部には入らない。見学も行かないからな、絶対」

「はー!? 何言ってんだよ陽也!!」

「何も無いよ。野球は中学で辞めたんだ」

「並風でやってたんだろ!? 怪我でもしたのか!?」

「いや全く」

「だったら野球部入れよ! ありえねーって!」


 元々リアクションの大きい奴だったが、一際大きな声を出されたせいで周りの視線が更に集まる。あまり目立ちたくないのだが、遙馬と一緒では不可能に近い。


「並風だろうと何処だっただろうと関係ない。野球部には絶対に入らない」


 キャッチボールぐらいなら付き合えるけど、部活動としてやるのもチームに入るのもごめんだ。冬にあった出来事を抜きにして考えても、今後野球に打ち込むことはない。僕の野球少年の心は中総体を最後に冷め切っているのだ。


「事情はわかった」

「いやいや、まだ何も話してないから」

「今は陽也にその気がなくても、オレが必ず野球に連れ戻してやる」


 マジトーンになって拳を握り締める遙馬。スポーツ少年らしく様になってるとこ申し訳ないんだけど、他のとこに労力を割くべきだと思う。

 誘いも心遣いも嬉しいのだけど、やはり僕の心の中に野球はもう無い。中学では同じことの繰り返しの毎日だったから、高校では全く違うことをやってみたい。


 遙馬は僕から離れると、すぐに後ろの自分の席に戻った。話の区切りがついたと思っていいだろう。多分明日も明後日も同じように誘われるだろうけど、僕の考えは絶対に変わらない。


「陽也陽也」

「なんだよ。まだ何かあんの?」

「話変わるんだけどさ、七海綾香ななみあやかとは話したことないの? 同じ並風だろ?」

「……っぅ」

 油断していた。触れて欲しくないとこにしっかり小声で触れてくる。葵空は一学年四クラスと比較的人数が多いのだが、七海ななみさんとも運よく同じクラスになれた。

 と言っても今日だって顔を合わせるのも久しぶりで、同じクラスで嬉しいはずなのに、気まずさが邪魔をしている。


 話しかけようにも目も碌に合わせてくれなかった。

 僕が悪かったとはいえ、この嫌われ様は中々辛いものがある。


「そりゃあるけどさ……ちょっとだけだよ。挨拶とかそんな程度」


 ああ……喋ってて辛いなあ。


「いいなーいいなあ〜。やっぱ並風って可愛い子多かったんだな。誰か紹介してくれよ」

「紹介できる人がいたらな」


 クラスメイトがまだ教室内にいるってのに、よくもまあこんな話できるよな。


「あとさ結城美咲ゆうきみさき! ヤバくね!? オレは葵空ナンバーワンあると思うぜ!」

「なんのだよ……」


 小声で叫ぶなんて妙にトリッキーなテクニック披露しやがって。


「何って可愛さに決まってんだろ?」

「ああ……そう」


 県内屈指のお嬢様学校に通っていただけあって、美咲みさきも当然のように葵空に合格していた。

 まさか同じクラスになるとは思わなかったけど……。


「マジでやばい。他のクラスの奴らも噂してたし、明日には先輩達も見に来るかもな」


 遙馬のノリに乗っかるわけじゃないけど、僕も七海さんと美咲が頭ひとつ抜けてるとは思う。学校中の女子の顔を把握していないから断言はできないが。


 その二人から現在進行形で嫌われてる僕。これは知られたら指名手配されると考えるべきだろう。迂闊な発言や行動が学校生活を終わらせかねない。


「こうしちゃいられないな! 急げ! 陽也!」

「は?」


 僕が素っ頓狂な声を上げた直後に教室のドアが開いた。


「ぁ……」

「……っ」


 教室に入って来た七海さんと目が合った矢先——


「良いタイミング! ちょっといい?」

「え? 私?」


 何を企んでいるのか、遙馬が七海さんに声をかけた。この状況なら僕は知らんぷりを決め込むのがベターな選択だろう。遙馬、悪いが骨も拾ってやらんからな。


「結城美咲〜。ちょっとこっち来れる?」

「呼んだ? てかなんでフルネーム?」

「……っ」

「っ!」


 一瞬明らかに空気が凍ったような……七海さんと美咲の間で。

 

「あのさー!  陽也が二人に話あんだって!」

「ちょ……!!? はああああ?! 遙馬! マジでふざけんな! 何余計なことしてんだ!!」


 小学生以来に再会した橘遙馬。僕の高校生活は、こいつのせいで前途多難な幕開けになりそうだ。


 その日の夜、二週間ぶりに美咲からメッセージが届いた。溜まっていたものを吐き出すように『うぜー』と数十分にわたって送られてきた。

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