第6話 離任式
あんなに必死こいてテストだ問題集だ高校受験だと勉強をしてきたのだが、試験当日以上に合格発表は呆気なかった。
確かに会場に着くまでと少しの間は緊張こそした。しかしいざ自分の番号がすぐに見つかると、達成感や安堵よりも呆気なさの方が際立っていた。大手を振って喜んでいはずなのに、どうにも素直に喜べない。
四月から通うことになる葵空高校の体育館で説明を聞いて、できるだけ長い時間見て回ってから帰路に着いた。
会って今更何を話せばいいのか考えがまとまらないのに、僕の視線の先はずっと七海綾香を探していた。
「はあぁ〜〜っ」
行きたくなかったけど、本当に行きたくなかったけど、合格発表の翌日の離任式には出席することにした。七海さんに会えるかもしれないという僅かな望みを握りしめていたものの、結局会うことも姿を見かけることもできなかった。
残り二週間とちょっとの春休みをどんな気持ちで過ごせばいいのか、志望校に受かったはずなののに気分は全然浮かばれない。
「どしたの? 溜息吐くほど美味しかった?」
「美味しかったけど、これはそういうポジティブな溜息じゃない」
「あそ。ノッキー、とりあえず出ようか。後の人待ってるし」
「ん」
言われるがままに店の外に出る。結構な量を食べたからもう少し休みたかったところだけど、並んでいる人の多さを考えるとそうも言ってられない。
離任式を終えてすぐの出来事だ。元環境委員の委員長、平山なつきにラーメン屋に誘われた。しかも奢りときた。どういう風の吹き回しかと思いはしたが、ラーメンの魅力……委員長の善意を断るのも人が悪いのでご馳走になった次第だ。久しぶりにあったと思いきや、まさか奢ってくれるとは……掴みどころが無いのは相変わらずだ。
「どうだった? 委員長おすすめの一杯は」
「めっちゃ美味しかったよ。なんていうか、ガガっとくる感じ」
「おいおい。小学生みたいな感想だな葵空生」
「仕方ないだろ。ラーメン屋なんて初めて入ったんだから」
「そういう問題?」
「それよりよく知ってんだな。ああいうお店って、どちらかというと男子の方が詳しそうだけど」
「まーね。彼氏とよく食べに行くから」
「え? 平山って彼氏いたの?」
「あらら〜? ノッキーちゃんショック受けちゃった?」
「う、うぜえ……」
僕としたことがとんだブービートラップに掛かってしまった。平山の奴、明らかに狙って彼氏ってワード出しただろ。変に拾うんじゃなかったよ。
「ショックというよりは意外って思っただけ」
「息を吐くようにノンデリ発言するよねノッキーは」
「違う違う。平山って恋愛とかにあまり興味なさそうだったからさ。ほら、女子って結構自分の恋愛事情自分から話す人多かったけど、平山はそういうのなかっただろ?」
よくも悪くも平山はマイペースでどこ吹く風、そんな印象を僕は勝手に持っていた。
「ま、仲の良い友達にも話してないからね。彼氏のこと」
「なるほど、まあ人それぞれだよね……あれ!?」
「お? ノリツッコミ?」
サラッと返しちゃったけど、今結構重要な情報カミングアウトされなかった?
「待った。聞き間違いじゃなけりゃ、平山に彼氏いるの知ってるのって僕だけ?!」
「今んとこそうなるね」
「……対価を要求されても払えないぞ。押し売りは犯罪だぞ」
「ノッキーは突っ込み気質だけどボケの方が才能あるよね」
「じゃなくて! どうして僕に!?」
自分で言うのもなんだけど、平山とは委員会で一緒だっただけでそこまで深い関係ではない。
「言葉を借りるなら、『対価』かな。それとお詫び」
「……?」
次々と浮かんでくるクエッションマークが止まらない。こんなロジカルシンキングな会話をするような奴じゃなかったと思うんだけどな。
「喋るつもりなかったけど、気が変わったんだ。冬休み前にノッキー達の噂流れたでしょ? あれだよあれ」
「あ、ああ……そういえばあったね」
そこまで昔の出来事じゃないのに、もう随分と遠い過去のように感じる。
「あれさ。わたし利用させてもらったんだ」
「利用……?」
僕と七海さんがどうのこうので広まっていた噂のことだよな?
モノマネが偶然目撃されて、告白だ付き合ってるだとあっという間に広まった。でもあれは一時的なものであって、その根元にあった大きな問題のほんの一部でしかなかった。でもそれがどう平山と結びつくんだ? 利用って言葉がピンと来ない。
「そう。わたしのこと隠すためにノッキーと七海さんを利用した」
「平山、申し訳ないんだけど全然話が見えてこない。もっと簡潔に話してもらえると助かる」
「う〜……うん」
らしくなく難しい顔をすると、平山は二度三度と頬を掻くと短く息を吐いた。目が泳いでいるってほどじゃないが、僕とそっぽを行ったり来たりしている。
「や……結構アレだよ?」
「アレってなんだよ」
当然のことながらアレじゃ僕には伝わらない。
「誰にも言わない?」
「そんなに僕を信用できないなら、仲の良い友達に先に教えとけって」
「いやでもノッキー普通にノンデリカシーやるし」
「その理屈だと噂流した平山もノンデリカシーにならない?」
何でもかんでもノンデリで済ませるのはよくないと思うんだ。なんかもう動詞みたくなっちゃってるし。それこそ流行語大賞にノミネートする勢いだ。
「……お詫びするって言っちゃったし、このままだとわたしはノッキーと同類……やっぱ言うしかないか」
「それで納得されるのも釈然としないんだけど」
僕をノンデリ前提で話を進めるんじゃない。
「その……さっき彼氏いるって言ったじゃないすか」
「うん。言った。なんか喋り方変じゃない?」
「……彼氏の後追うために家出るんだ。わたし」
「…………はぇ?」
……追う?
「あーごめんごめん。やっぱヤバかったよねこの話」
「衝撃すぎて現実味ないんだけど……本当なの?」
「わたしも一年前は考えもしなかったよ。普通に受かって、普通にこっちの高校に通うと思ってた」
「えっと……その言い方ってことは遠いのか?」
平山は一度視線を足下に落とすと、そのままゆっくりと頷いた。サラッとした態度は保とうとはしているが、間の長さから平山が如何に悩んでいたのか見て取れる。
「みんなとはしばらく会わないだろうね」
「ま、まじなのか……?」
「マジ。黙っててね。いずれ友達には話すけど」
「こんなドラマみたいなことが現実でも起こるんだな……しかもこんな間近で」
「いやあノッキーも中々だと思いますよ」
「因みに相手は?」
「わたしの幼馴染」
「ウソ!? 幼馴染いたの!?」
「これも誰にも話してないからね〜」
「え……誰だ? 全然見当つかない」
記憶を手繰り寄せても平山が特定の男子と喋っている記憶がない。
委員会活動で抜けてサボってる印象が強すぎて、唯一同じクラスだった一年の時のイメージが薄い。
かつての橋田みたいに隠すどころか自慢したがるのは例外として、そんな素振りを見せている男子すらいなかった。案外僕が疎いだけで、周りには彼氏彼女の関係が成り立っていたってのか。
「分かんないと思うよ。絶対」
「そりゃ身近な友達ですら気づかないんだから、委員会で顔を合わせる程度の僕じゃ無理だよ」
「逆なんだなこれが」
「ん? どういうこと?」
「ノッキーが一番チャンスあったかもね。あとは七海さんも」
「僕と七海さん……?」
え、だってこの三人ってなると共通点が一つしかなくないか?
環境委員ぐらいしか……
「あ……! 元環境委員の先輩?」
「ブホッ!」
「正解? だってこれしかないよね?」
「わっはっは」
「おい! なんだそのバカにしたような笑いは!」
「や〜面白い。やっぱノッキーはボケだよ」
「いいから正解を教えろ! ずるいぞ!」
とは言っても元環境委員の先輩の名前なんて全然知らない。自分でもまるで手応えを感じないし、平山が言ったチャンスともイマイチ結びつかない。
「さあね。あとは七海さんと答え合わせしたらいいさ」
「む……」
昨日あんなことを言われた手前出来っこない。それだけじゃなく、以前の七海さんのイメージとかけ離れ過ぎていて、どう接したらいいかも分からないんだ。
「その感じだとまたやらかしたな」
「『また』ってなんだよ『また』って。どうせ僕のことノンデリだとか言うんだろうけど、今回ばかりは僕だけのせいじゃないぞ」
まるでいつもは僕のせいみたいになっちゃったけど。
「離任式にも来てなかったからこりゃ根が深いね」
「……ぅ」
「事情は聞かないけどさ、仲直りは早めにね」
「僕のことはいいから平山の彼氏の話をだな」
「それを七海さんと一緒に考えたら?」
「ず、ずるいぞ……」
ここまで教えといて最後の最後にはぐらかすとは……やっぱり委員会もサボってたな。
僕が頭の中をモヤモヤさせていると、平山は何を思ったのか、足を止めていた。
「平山?」
「改めてになるけど、ごめんねノッキー」
「噂のことならもういいって」
「……でもあれがきっかけで滅茶苦茶になったんだ。わたしが自分を守るために二人を売ったようなものだよ。普通なら恨まれてもおかしくない」
真っ直ぐに僕を見据えたまま、平山はその場から動こうとしない。なんとなくだけど、僕はそれが何を意味しているのか理解できた。
「さっきも言ったけど、元からメチャクチャだったんだよ」
「……」
「噂があってもなくても、多分ああなっていたと思う。平山が謝ることなんてない。それに、相手さんのことが大事だったから取った行動なんだろ?」
「……うん」
「だったらよかったんだよ。この話はこれで終わりにしよう」
返事は要らない。僕に打ち明けた時の平山の嬉しそうな横顔が物語ってくれたから。
平山は何か言いかけた後、
「わたし帰り道逆なんだよね」
いつものサバサバした調子に戻った。
「そりゃドンマイ」
「ドンマイって最近聞かないと思わない?」
「確かに」
野球部でもコーチくらいしか言ってなかったな。なんか嫌だから今後は控えよう。
「そんなところだから。じゃあねノッキー」
「うん。じゃあ」
軽く手を振って平山を見送る。
「そうだ。あんまり七海さん困らせんなよ〜」
「どっちかというと僕が困ってんだけど」
「あっはっは。言えてる」
一応は委員長。なんだかんだで僕達のことも気にかけてたのかな。ただ単に後輩達と一緒に面白がってただけかもしれないが……。
付き合いの短い相手とのお別れは、これぐらいフランクな方が僕はいい。多分平山も同じだから最後に茶々を挟んだのだろう。
二度と会えないなんてことはないだろうけど、それでもあの学校生活の中で図らずも役に立てたのなら、僕も悪い気はしない。
そういえば、今日は離任式だったけど、見覚えのある名前がちらほらあった。
今更あの中学の教師がどこに転勤かなんて興味はないから、僕は色んなことを知らないままなのだろう。




