第5話 一人と一人と一人
「絶対にイヤ」
聞き間違いや聞き逃しすらさせないと言わんばかりに、全く同じ返事を全く同じトーンで重ねられた。
「そんな! なんで……っ」
「なんで? それは私のセリフだよ」
「……どういう意味?」
「なんで陽也君は私とあの人を仲良くさせようって思ったの?」
「二人が僕にとって大切な友人だからだよ」
「ちょっとそれじゃあ理由にはならないかな」
「は? なんでだよ!」
包み隠さず真剣に答えたのに、遮るような感じで否定されて僕の口調も荒くなる。まるでこのやり取りそのものが不毛だと言いたげな態度が余計にそうさせる。
「はあ……もっとよく考えて? 陽也君ならわかるはずだから」
「絶対バカにしてるだろ」
「馬鹿にしてない。呆れてるの」
『呆れてる』の部分は、これまでの七海さんからは想像できない重みと冷たさを含んでいた。
「まさかあの人にも同じ事言ってないよね?」
「言ってないけど」
「私だけにしといてね。こういうノンデリカシーなことするの。私は慣れてるからいいけど、他の子にまでしたら可哀想」
「なんだよ……そこまで否定されるようなこと言ってないだろ」
友達同士が仲良くしてほしいと思うのがそんなに可笑しなことなのか? 間違ってることなのか?
「まだ言うんだ。もう名前忘れちゃったけど、中学で嫌がらせしてきた人と美咲さんって似た感じしない? 陽也君が誰とお友達になるかまでは口出しするつもりないけど、あまり関わらない方がいいと思うよ」
「そんなわけない!!!」
「〜〜っ。驚いた……急に大きな声出してどうしたの?」
「あ……ごめん……でも美咲はあんな奴らとは違うんだ。そこは誤解しないでくれ」
「そう……うん。陽也君がそこまで言うなら。でも大きな声はもう出さないでね。周りに迷惑だから」
無言で頷いて反省の意思を示す。だがさっきのだけは絶対に否定しなきゃダメだ。言わせたらダメだ。
「きっとお互いのこと全然知らないし、タイミングが悪かったのもあって喧嘩みたくなっちゃったんだよ。だからさ、今度機会を作って三人で会ってみない?」
「……陽也君がちゃんとするなら」
さっきの僕を真似るように七海さんは無言で頷いた。
イマイチ要領を得ない返事だったけど、このまま誤解したままにはならなそうなので安心だ。幸い明日からは春休み。合格発表や離任式があるが、他の日で三人の予定を合わせればいいだけだ。
「陽也君、終わった?」
「ん? 何が?」
話の前後がちっとも繋がっていない。意図的にずらされている気がしてならない。
「ま、いいや」
僕があれこれ考え始める前に、七海さんは勝手に結論をつけてしまった。これこそ『ノンデリカシー』じゃないのかな。
「じゃあ陽也君、いこっか」
「行くってどこに?」
「学校。ほら、連れてって」
「いやいやいやいや! 急にどうしたの!?」
何を思ったのか、七海さんは手を差し出してきた。そんな手軽な感じに出されても……。
そんなに近くないし、時間も時間だ。おまけに今更学校に戻る意味がわからない。
「え? どうもしないけど」
「もしかして忘れ物? だったら明日とか最悪離任式の日に取りに行けばいいんじゃないかな? この時間だと閉まってる可能性もあるし」
「忘れ物じゃないけど、そっか……閉まってるかもしれないんだ。でもそれなら中には入らなくていいや」
「待った! 行かないからね!」
七海さんの中で何かを妥協してるみたいだけど、一番妥協しなきゃいけない部分があるだろ。
「駄目」
「明日の合格発表の後でいいんじゃない?」
「絶対に駄目。今日じゃないといけないの」
「そんなに大事なもの忘れたの? なら学校に連絡して預かっててもらうのはどうだろ?」
「陽也君、忘れ物じゃなくて『やり直し』だよ」
——?
言葉の意味は理解しているのに、学校に戻ることとイマイチ結び付かない。
「あれ? 陽也君どうしたの? おーい」
「あ、ごめん……。ちょっとぼーっとしちゃって。それより『やり直し』っていったい……?」
「卒業してから美咲さんに邪魔されるまでをやり直すの」
「……は?」
あまりにも滅茶苦茶なことをさらりと言う。頭の中での処理が始まらない。
「美咲さんのせいでせっかくの卒業と再会が台無しにされたでしょ? だからやり直し。小鳥遊さんの件はこの際省略してと」
「いや行かないって言ってるだろ! 七海さんどうしたの? 本気で言ってる!?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
なんの疑いも迷いもない澄んだ目。逆に僕の方がおかしいとさえ思えてくる。
「さっきも言ったけど明日でいいだろ。それに『やり直し』って……意味わからん」
「意味わかんないのは陽也君だよ!!!」
何かがぷつりと切れたように、七海さんは僕とは比較にならない大声をあげた。
「私が今日をどれほど待ち望んでいたか、楽しみにしていたか……陽也君わかる?」
「や……僕はただ、学校に戻ってまでする意味がわかんなくて」
「私ずっと待ってたのに……! 美咲さんのせいで全部台無し!」
「ごめん……美咲のことは僕からも謝る。あとでちゃんと三人で話す時間も作るよ。だから……」
「ふざけないで! そんなの聞きたいんじゃない! だから何!?」
見境なく感情に身を任せて怒る七海さんの姿は普段とは程遠い。まるで駄々を捏ねる子供みたいだった。
「……七海さん」
「〜〜っ!」
「今日はもう学校には戻れないけど、続きから話聞くよ。だから——」
「いらない」
「な……!」
確かに話を遮ったのは美咲だし、僕が七海さんをほったらかしにしたのも事実だ。でもいくらなんでも今の七海さんの態度はおかしいだろ。
「もういい知らない。帰る」
「ちょ、ちょっと待てって!」
慌てて腕を掴む。
「触んないで」
「どうしたんだよ!? 今度は急に帰るなんて……美咲のこと怒ってるなら——」
「やめてよ。美咲さんのこと自分も一緒になって謝るの。最低」
「おかしくないだろ。僕が悪いのも事実なんだから」
「よくそんなこと言えるね。私達の大事な時間に割って入ってきた人なのに……いつまで掴んでるの? 離してよ」
言って僕を振り払うと、七海さんはまた歩き出してしまう。
「待ってよ! 七海さん!」
「……っ!」
「痛っ!?」
頬に鋭い痛みが走る。
自分が何をされたのかすぐには理解できなかった。
「なんで……美咲さんはずっと名前なのに、なんで私は名前で呼んでくれないの……?」
「あ……」
「本当に最低……もう顔も見たくない」
七海さんはポケットから何かを取り出して投げつけると、もう一度僕を叩いた。
「絶対に許さないから」
涙声で告げられたそれと、地面に落ちているヘアピンが全てを物語っている。
言い返すのも追いかけるのも僕にはできなかった。
一度に色々な事が起こって、頭の中も感情も散らかりっぱなしでまるで追いつかない。
中学を卒業して一日も経たないうちに始まった新しい物語は、かつてないほどの最悪の幕開けだった。
裸足の人魚姫の結城美咲と泣かないシンデレラの七海綾香。僕と大きな関わりのある女の子。二人の間に生じた誤解を解こうとしたがために事態は更に悪化した。
二人と二人だったはずが、一人と一人と一人になって、築き上げた関係は疑いようもなく崩れてしまったのだ。
月が呑気に見物している。
その下で僕は立ち尽くしているだけだった。




