第4話 シンデレラは絶っっっ対に認めません。絶対に
スマートフォンが無くても然程支障はない。
なんて考えを持っていた僕は、如何に文明の利器を使いこなせていないのか痛感した。美咲と別れた後、七海さんと別れた場所に戻ろうとしたのだけど、夜道と土地勘が無いのもあって普通に迷ってしまった。
失って気づくというか、タイミングが悪いというか、なんにせよついてない。
「や、やっと戻ってきた……」
随分と長いこと迷っていた気がするが、流石に時間が不安になってきた。
こういう時もスマートフォンさえればと改めて利便さを再認識する。
「……流石にもう居ないか」
七海さん家の近所の公園まで来たが、当然姿は見えない。『七海綾香』と『三崎綾香』がまだ完全に結びついてはいないけれど、再会した日にこんな事になるとは思いもしなかった。
「はぁ……帰るか」
卒業式の日にこんな遅くまで出歩いている卒業生も僕ぐらいだろう。
一度家に帰ったならまだしも、誤魔化しようのない下校途中だ。学校の教員に見つかると面倒この上ないので見つからないことを願う。しかし並風の教員ならば、問題を起こした僕を見つけても然程気にしないのかもしれない。
三月にしては冷た過ぎる夜風を受けながら夜道を歩く。月明かりに照らされている路上には、散り落ちた桜の花びらが模様みたいに散らばっていて、飾り気のない道を鮮やかに彩っていた。
雲の隙間から顔を覗かせている丸みを帯びた三日月が一際目立つ。今日が卒業式で、今日は特別な日で、運命的な出来事があった日としては、このくらいの景色が印象に残るのだろうけど、現状を考えると過剰だと思わざるを得ない。
美咲は結局何も言わずに立ち去ってしまった。僕もかける言葉が見つからなくて、かけるべき言葉が出てこなくて、後味の悪い喧嘩別れみたいになってしまった。
これまでも言い合いや軽い喧嘩みたいになってのは度々あったけれど、今回は美咲の気持ちをありのまま汲みたくなかった。自分の失敗を棚に上げるみたいだが、あの場で美咲が意図のわからない悪ふざけをしなければ、こうも事態がもつれることもなかったのだ。
謝って欲しいわけじゃないけど、多少なりとも自分が原因だというのも自覚してほしい。かと言って美咲だけを一方的に悪いと決めつけたくない。
事の発端は僕が連絡をしなかったことにある。忙しさや自分のいざこざを原因にして、連絡が取れないのを軽視していたのが全部悪い結果に繋がった。元はと言えば僕が悪い。だけど素直に全部を受け入れられないのも本音だ。
ここに戻ってくるまでに通りかかった喫茶店がふと頭を過った。人通りの少ない場所にポツリと在る小さなお店。漂ってきたいい匂いが頭と鼻先に残っている。お腹は空いてはいないけど、暖かい飲み物が無性に欲しくなった。
「うわっと……!」
帰路に着こうとした矢先、地面の微妙な凹凸に足を引っ掛けてしまい危うく転ぶところだった。転ばないようバランスを取ろうとしたことで変なダンスみたいになってしまったが、周りには誰も居ないので限りなくセーフに近いセーフ。
「……っ」
「あ」
しっかり見られていた。そしてちゃんと笑われていた。
知らない学校の制服の知らない女子生徒。女子生徒はもう一度僕をチラリと見ると足早に去って行った。この恥ずかしさは一時的なものなので気にしない気にしない。
「な……」
少し歩いたところで僕の脚は自然と止まった。出掛かった名前が口から出てこなかったのは気まずさからなのか、呼び方で戸惑ったからなのか、それとも状況に戸惑っているからなのか……。
「……なに? 迷惑そうな顔して」
「別にしてない」
会って早々毒づく泣かないシンデレラこと七海綾香。だが僕の中での七海綾香は、環境委員会や勉強会をしていた頃の印象が強く、髪型や服装、はたまた性格までも違う今は違和感を感じる。
この姿で最初に名乗った『三崎綾香』がしっくりくる。僕がそう思っていても、本人としてはこっちが本来の性格ぽそうなので、こっちが自然体。まだ一日も経っていないから慣れていないだけで、少しもしないうちに自然と結びついていくのだろう。
しかしまあ……息を吐くように毒を撒き散らす麻央とはまた違う質の毒を吐かれる。
「どうしてすぐに追いかけてくれなかったの?」
「いや、すぐに追いかけようとはしたさ。でも色々あって……すぐには戻れなかった」
「その色々を訊いてるの」
「……美咲と話してた」
「最っ低。今までずっと一緒にいたんだ」
「違う! 美咲とは少ししか話してない! けど、ここに戻ってくるまでに道に迷っちゃって……」
「へえ……私のことはほったらかしで、美咲さんのとこに行ったのは本当なんだ。私よりあの人を優先したんだ」
「それは……無理矢理連れてかれて……」
「なにそれ。陽也君は女の子に負けちゃうの?」
「そういうわけでは……」
「じゃあ小鳥遊さんやあの人に強引にされたらホイホイ言うこと聞いちゃうんだ」
「な、なんだよ! どうしてそう極論に走るんだよ!」
「え? 今のって極論? だって陽也君は無理矢理連れてかれたら仕方ないんでしょ? あの人に好き勝手されても無理矢理だったら好きにさせるんでしょ?」
「し、知らないよ。そんなのその時の状況になってみないとわからないだろ」
「否定しないんだ。言いなり男」
「な……っ」
七海さんの様子はさっきと全然変わっていない。むしろ時間を置いたせいで悪化してるまである。
「なにその顔、自分が全部悪いクセに」
「……僕が悪いのは認める。でも、その上で今回のことは全員に非があると僕は思う」
「え? 私も?」
「必要以上に美咲を挑発したりしただろ?」
「向こうが非常識なことしなければ私はそんなことしません。やめてよ。そうやって色々理由つけてあの人の味方になろうとするの」
「あのな、僕は味方になるなんて一言も言ってない。ただ冷静になって振り返ったら色々と思うところがあっただけだ。一番悪いのは僕だけど……」
「そうやってまた庇おうとするのも最低」
「だから味方とかそういうのじゃないって何度も言ってるだろ! なんでわかんないかな!」
「もういい。言い訳ばっかりでうんざりする」
「〜〜っ! いい加減に……!」
「……なに? 言いたいことがあれば言えば? はっきり言ったらいいじゃない」
出かけた言葉をどうにか飲み込んだと言うのに、三崎綾香は無防備に詰め寄って顔を近づけてくる。
「嘘つき、臆病者、ノンデリカシーの最低男、浮気者、言いなり男、ちゃらんぽらんの泣き虫男」
「な、泣き虫は違うだろ!」
「私に抱きしめられて泣いたクセに何強がってんの? ばか」
「さっきから言い過ぎだぞ! そっちだって……」
「……どうしたの? 私とは口喧嘩も碌にできないの? 小鳥遊さんとは毎日してるのに」
「もうやめようよ。僕は言い争いがしたくて戻って来たんじゃない」
せっかく再会したのに喧嘩ばかりなんて嫌だ。野上君達と別れるまでは楽しかったのに、どうしてこう縺れてしまったのだろう。
「じゃあ私と何を話したかったの? 特別に聞いてあげる」
「……喧嘩なんかしたくない」
「そう? 私は全然構わないけど」
「……」
だめだだめだ。これも拾ってたら振り出しに戻ってしまう。
「僕だけじゃない。美咲ともしてほしくない」
「どういう意味?」
「僕は二人に仲良くなってほしいんだ」
「絶対にイヤ」




