第54話 運命的な再会
「ちょっ……! いい加減に退いて!」
「いーやーだ!退いてってなに!? いつまでも約束守ってくれないのはそっちじゃない!」
「約束した覚えはない!」
「うわ! そういうこと言うんだ!」
「あや……そっちが一方的に押し付けてきた通行条件だ! 横暴だ!」
「そこまでいけるなら名前で呼んでよ! ノンデリ男! 最低!」
信じ難い話だが、かれこれずっとこんなやりとりが続いて、いつの間にか僕と三崎綾香はもみくちゃになっちゃっている。隙を突いて横を通り抜けようとしたものの、向こうも運動神経が良いのでギリギリで捕まってしまったのだ。側から見たら抱き合ってるようにしか見えないが、実際のところは土俵際の競り合いみたいなものだ。
「も……もう無理。疲れた」
「疲れたぁ!? なにその言い方! 他に言うべきことがあるでしょ!」
以前から薄々と感じていたことだが……。
三崎綾香は一度火がつくと中々消えない上にしつこい。こうして鬩ぎ合いをしてるうちに、彼女の家の近所にある小さな公園が見えてきた。
「よそ見しないで」
「あ、うん……はあ……」
「ため息つかないで」
街並みに控えめに植えられている桜の木が、月明かりに照らされて最高のシチュエーションのはずなのに、僕達ときたら何をやっているのだろう……。
「そうだ。大事なこと訊き忘れてた。ちょっと一旦離れてもらっていい?」
「いや」
やっぱりこの子夜行性なのかなぁ……。
前にも夜に一人で小石を蹴散らしてたし、遅い時間になると攻撃性が増している。今後夕方以降に会う時は十二分に気をつけなければ。
「連絡先交換しようよ。まだだよね?」
「え? いいけど……陽也君スマホ壊れてたんじゃないの?」
「うん。明日の結果次第だけど、合格してたら修理に出す予定」
「ふーん……」
タイミングとしてはあまり良くないんだけど、何かしらで勢いをつけないと踏ん切りがつかない。実際冬休み期間ほぼ毎日一緒に勉強してたのに、僕は今の今まで訊けなかったんだ。
「ダメかな?」
「いいけど。でもこれで許されると思わないでね」
「わかってるよ」
何を許されなきゃいけないのだろうと気になったが、余計な茶々を入れるとまた話がややこしくなりそうなのでやめる他ない。
「……ぷ」
「え? 何がおかしいの?」
「ごめんごめん。何回でも言うけど、やっぱりもっと早く気づいていればよかったなって」
「呑気に笑ってるけど、私が学習室に来なかったら一生気付きませんでしたからね?」
「そうかな? 結構惜しいとこまでいってたと思うんだよね」
「……」
無言で圧力をかけられる。黙ってこっちを見てるだけなのに、何考えてるのか大体想像つくのって一種の超能力だよな……。
この場合僕の頭に直接送り込まれてるって感じだけど。
「今だから白状しちゃうけど、七海さんが『みさきちゃん』だったらって思ってたんだ」
「っ!?」
「苗字も名前も全然違うから有り得ないって決めてたけど、まさか本当に『みさきちゃん』だったなんてね」
「そこまで思ってくれてたなら訊けばいいのに……ばあか」
「わざわざ来てくれたってことは、やっぱり僕に気づいて欲しかったんだよね?」
「……ふん」
あ、わかりやすく拗ねた。そっぽ向いても前と全然印象違うんだもんなあ……。
そりゃ気づかないよ。こんなに別人みたいに可愛くなったら。緊張して簡単には名前で呼べないじゃん。そっちだってデリカシーないじゃん。
「僕のこと名前で呼ぶようになったのも理由があるんでしょ?」
「調子に乗らないでもらえます? 今は私の番なの」
そう言って三崎綾香は僕を軽く押すと袖口を強く握りしめた。
「だってあのまま気づいてもらえなかったら、本当に全部終わっちゃうじゃない」
「そんなこと……」
「終わっちゃうもん。私のことなんか忘れて、小鳥遊さんといつまでもベタベタしてたのに適当言わないで」
ここで否定するのは簡単だが、それでは彼女の心と向き合ったことにはならないし、話が堂々巡りするだけなのだろう。麻央が問題じゃなく、僕が今まで気づけなかったのが問題なのだ。
本当の意味で三崎綾香と向き合って、本当の再会をするにはお互いに胸の内を打ち明けるしかない。
「私ね、陽也君に気づいてもらえない間、ずっと寂しかった……こんなに簡単に私のこと忘れるんだって悔しかった。絶対に思い出させてやるって思って、勇気出して名前で呼んだんだよ? 何回も何回も練習したし、私のこと見つけてほしくて頑張ったんだよ?」
「……うん。また会えて嬉しいよ」
彼女の手を自分から握った。華奢で柔らかくて、男子の手とは全然違う。
「全然足りないよ! 私がどれだけ……環境委員会の時もずっとずっと……! 私ずっと近くにいたんだよ? ずっと寂しかったんだよ?」
「ごめん……!」
手を握り返して想いに応える。
「だからごめんじゃないんだってば!」
子供みたいに駄々をこねる姿。
こうさせてしまったのは、ずっと近くにいながら気づいてあげられなかった僕のせいだ。
自分から打ち明けるってすごい勇気がいるよな……なのに僕ときたら恥ずかしいってだけで名前を呼びもしないで……最後の最後まで彼女に頼ってしまった。
——カッコ悪いな……。
「え……? 陽也君?」
「綾香」
「〜〜っ!」
僕は彼女を抱きしめていた。
かつての僕の初恋で思い出。全ては彼女から始まった。同じ名前の女の子と出逢ったのも、幼馴染と疎遠になって元通りになったもの、全て彼女が始まり。
正体を隠しながらもずっと僕を見守ってくれて、自分が深く傷つけられてもずっと傍にいてくれた。
本当に言うべき言葉を僕はずっと忘れていた。
「綾香、ありがとう。ずっと忘れないでいてくれて。僕の傍にいてくれて」
「は、陽也君……な、なに? 急に抱きついて……そ、そんなの…………っ」
「綾香……?」
抵抗するような素振りを一瞬見せたが、僕の背中に腕が回されると、彼女の頬を伝った暖かい何かが僕の頬にも伝ってきた。
『泣かないシンデレラ』彼女がずっと欲しがっていたのは何だったのか、僕はやっと答えを見つけられた気がする。綾香の涙が気づかせてくれた。
「ふふっ……あ……あはっ……よかったぁ……はるやくん……」
吐息にも似た声が甘く漏れ出る。優しく引き寄せて抱きしめた身体から、力がゆっくりと抜けていくのを感じて、僕の気持ちも落ち着いていった。
会えてよかった。
嫌われなくてよかった。
覚えてもらっててよかった。
気づいてもらえてよかった。
きっと僕と綾香は同じことで安心して、同じことを考えているのだと思う。
泣かないシンデレラにガラスの靴を履かせてあげることはできなかったけど、他の誰でもない、僕が彼女を安心させることができた。
今はこの時間を噛み締めて、刻み込んで、一生覚えていたい。
「……陽也君」
「なーに?」
「私、欲張りなんだ」
「そうなの?」
「うん。だから欲しいものは絶対に諦められないんだ」
「えっと……僕があげられるものなら」
「卒業式の思い出、私もっと欲しいな」
「思い出……」
「陽也君、私ね——」
——運命ってやつを語るのならば、やはりこの時なのだろう。
「やっと見つけた!」
水のように透き通った声が辺りに響く。
——月と太陽が同じ空に存在できるように、この二人が巡り会うのも有り得ない事ではなかった。
過去と今。今と今。
みさきと美咲。
「美咲?」
「え……」
——この時僕は一つの物語が終わって、エンディングを迎えたのだと思っていた。
——でもそれは大きな間違いだった。
もう一つの運命との再会。
——今にして思えば、この二人の出逢いが本当の始まりだったのだと。
この時の僕は思いもしなかった。
第三章 『ガラクタピエロと泣かないシンデレラ』
完




