第52話 絶対に
「ま、麻央!? いつの間に!? てかなんでここに!」
辺りの風景の穏やかさとは真逆に、僕の頭の中は電流が走った気分だ。予想だにしない事態に呂律が回っている気がしない。
「全部聞いてた」
「全部聞かせてたよ」
「……へ?」
間の抜けた声を発する僕に、三崎綾香は呆れた様子でスマホを取り出して見せてきた。
真っ暗な画面の中に受話器の赤いマークと緑色のマーク。そして大きく『通話中』と一目でわかる表示。
「え……じゃあお昼食べ終わってからずっと?」
「だからずっとだってば」
あからさまに不機嫌さを全面に出して答える三崎綾香。
「ハル……ごめんね」
「麻央……っ」
こちらに近づいて来るにつれて、桜の花びらは麻央の上からひらひらとゆっくり落ちていく。制服の色が暗い紺色なのもあって、淡い桜色がよく目立つ。
「わたし、ハルが酷い目に遭ってたのも悩んでたのも知ってたのに、全然助けになれなかった。それなのにハルの決めたこと責めてばっかりで困らせちゃったよね……幼馴染失格だよね」
「……そんなことないよ。麻央は僕と違って何もできなかったわけじゃない。僕が学校に行ってなかった間もずっと気にかけてくれたじゃないか。それだけですごく救われた」
麻央がいなかったらもっと塞ぎ込んで、それこそ進学もその先のことも全部投げ捨てていたかもしれない。
それよりももっと昔から、僕は何度も救われている。それなのにこんな方法しか取れなかったのは、僕の弱さのせいだ。
「謝るのは僕の方だ。また麻央を遠ざけた」
「違うよ。ハルはわたしを守ろうとしたんでしょ?」
「……うん。多分、そういうことになるのかな」
いざ本人を前にするとむず痒いったらない。
「ねー。仲直りしたいならはっきり言ってあげたら?」
「わ、わかってるよ!」
心底面白くなさそうに三崎綾香が手荒いフォローを入れてくる。
以前の君だったら優しく見守ってそうなんだけど、遠慮がなくなった影響がこういった部分にも出ているのかもしれない。
「……僕は、これからも麻央と仲良くしていきたい。嘘じゃない」
「ほんと? 我儘ばっかりで嫌にならない? わたしのこと嫌いにならない?」
「嫌いになんかならないよ」
「ほんと!? ほんとに本当!?」
麻央は近づくと真正面から抱きついてきて見上げてくる。あのマイペースな麻央がこんなに感情を顕にするなんて……よっぽど不安だったんだな。
守る為とはいえ過去の傷を抉る形で裏切ったのだ。僕が麻央を追い詰めたんだ……。
「大丈夫だよ。嫌いになんかならないよ。絶対に」
「絶対だよ?」
「待った。とは言っても高校生になるんだから我儘は少し抑えてもらえると僕も助かる」
でもそれはそれで麻央らしくないというか……中々難しい。
「わたしとこれからも幼馴染? 離れたりしない?」
「ああ、もちろん。僕と麻央はずっとだ」
通う学校が違くても僕と麻央の関係は変わらない。切っても切れない縁とあるけど、幼馴染ってやつもまさにそれなのだろう。
「ふぅ……」
いつも通りのポーカーフェイスだが、麻央の顔からようやく緊張が消えた。
「ハル、葵空受かるといいね」
「やれるだけやったから、後は明日の結果を待つだけさ」
「ハルが落ちてニートになったら一緒に暮らそうね」
「おい! 合否発表前に不吉なワードを使うんじゃない!」
仲直りした途端これとか、どんだけストレス溜めてたんだよ! しかもいきなりニートとか話が飛躍し過ぎだろ!
世の中には二次募集ってものがあってだな……いや今から落ちたこと考えてちゃ絶対駄目だろ。あ、これがもうダメ……良くないよな。
「陽也君よかったね。仲直りできて」
「うん。なんかごめん。気を遣わせたみたいで」
なんだろう……桜に負けないぐらいの笑顔なのに、三崎綾香から唯ならぬ迫力を感じる。あ、麻央が縁起の悪いこと口走ったから怒ってるのかな? そりゃ教えてた立場からしたら冗談じゃ済まないもんな。
三崎綾香は麻央に用があるのか、僕の肩をポンポンと叩いて退くように催促した。
「……こんにちは。久しぶりだね。小鳥遊麻央さん」
「久しぶり? なんで? 今まで学校でずっと会ってたよね? あ、それにしてもそっちは随分イメージ変わったね? 七海綾香」
「わっぷ」
不意に強い風が吹く。春風って奴にしてはちょっと強過ぎないか? 桜の花びらが一斉に飛んできたせいで口に入りそうになる。
「そうかな? そんなに変わったかな?」
「うん。もっと前からそうしてればよかったのに」
「大した理由は無いよ? 強いて言うなら鬱陶しい人達も居なくなったし、そろそろいいかなぁ〜って」
「そう? わたしは体よく利用されていた気分なんだけど」
「考え過ぎだよ。だったとしてもお互い様じゃない? ほら、世の中ギブアンドテイクってやつ?」
「それとも真っ向勝負して負けるのがこわかった?」
「私の話聞いてた? 大した理由は無いって言ったよね?」
ちっとも話の全貌が見えてこない。一体二人はなんの話をしてるんだ?
イメージが変わったって話をしてたと思うんだけど、これがガールズトークってやつなのか?
「ねえハル、余計なの挟まないでくれる?」
「へ? 僕ずっと黙ってたんだけど……」
「そうだよ陽也君、会話のリズムが悪くなるから静かにして」
マジでどうしろと?
「野守から聞いたけど、葵空受けたの?」
「麻央、野守じゃなくて野上な」
「陽也君、今は余計な口出ししないで」
「邪魔」
友人のために勇気を振り絞ったのに酷い仕打ちだ……。ちなみに野守という生徒は並風にはいなかったはず。麻央は一体どこの誰と間違っているのやら。
「あまり陽也君を責めないであげてね? この人が私と一緒の学校になったのは偶然だから」
この人って……。
「別に? ムカつくけど過ぎたこと気にしても仕方ないし、考えてみれば家で一緒にいる時間の方が長いから問題ないや」
それはそれでちょっと問題な気がする。橋田とはそれで大きな問題になったじゃないか。
「子供でいられた今までと違って、高校生になったら少しずつ大人になっていかないとじゃない? だから学校で過ごす時間って本当に大事だと思う。子供みたいにお家で遊んでいられるのも少しだけだよ」
「子供の頃にビビってた誰かさんにはちょうど良いハンデ」
「……ハンデ?」
僕はガールズトークってのはよく知らないが、こんなに重苦しいものとは思わなんだ。もっとお菓子でも食べながらキャピキャピしたものを勝手に想像していたのだけど……。
この前僕と橋田が揉めたのが可愛いくらいだ。
「ハンディキャップ。今まで正体隠して逃げてた嘘つきさんには必要だね」
「頼んでないんだけど……でもそれで負けたらこの上なくカッコ悪いね。それに勝ち負けじゃないでしょ。そういうとこだよ小鳥遊さん。もっと大人にならなきゃ」
「たまたま同じ学校になれただけで元気だね。そんなに嬉しい?」
「……自分だってたまたま幼馴染なくせに。もう絶対に好き勝手させないから」
「で?」
「あの! 二人ともそろそろ僕も混ぜてほしいんだけど」
「よ! ノッキー! 仲直りできたみたいだな!」
「え? 橋田!? それと野上君?」
埒が明かないと思い、強引に割って入ろうとしたところで橋口と野上君が姿を現す。
「よかったよかった! ボク達も色々と動いてたんだよ。ね? 小鳥遊さん、七海さん」
あれ? 野上君、麻央のこと苦手だったのに克服できたのか?
「てなわけで五人でボーリング行こうぜ」
「「行かない」」
「……ぅ」
「橋田……」
流石に僕も野上君もしばらくはフォローに回ったよ。麻央も三崎綾香も口を揃えて断るんだもんなあ……。
結局その後は五人でボーリングを楽しむことになった。
スコア云々は置いといて、卒業式の思い出としてはそれなりに良かったと思う。




