第50話 濃厚甘々
生地が鉄板に流し込まれると、香ばしい匂いがふわりと漂い鼻腔をくすぐる。朝ごはんを食べてから何も口にしていないだけに、空腹のお腹も程良く刺激されてその効果は絶大だ。
「ここ前から食べてみたかったんだ〜」
「南側ってあまり来ないから知らなかったよ」
僕と三崎綾香が訪れたのは学区内で一番近い駅の南口側。スーパーマーケットやドラッグストア、カレーライスの全国チェーン店、本屋にゲームセンターといった色々なお店が密集している区域だ。
僕達が住んでいるのは北側なだけに、南側には滅多に足を運ばないのもあって、こちら側の光景や店の顔ぶれは至って新鮮だ。ゲームセンターも本屋もショッピングモールのものとは全然違っていて驚かされる。
本屋の前で駐在しているキッチンカーの前で、クレープの生地が焼き上がるのを眺めながら待つのも新しい経験だ。
「向こうのお弁当も買ってどこかで一緒に食べようよ」
「お、いいね。お花見みたい」
三崎綾香が指したのはゲームセンターの前に停まっているキッチンカーで、こちらのものより一回り大きいのが特徴的だ。弁当の移動販売はあまり見ないから中々に興味をそそられる。
「お待たせしましたー。ダブルチョコクリームとカスタードクリームです」
「ありがとうございまーす」
「おぉ。結構ズッシリだ」
見た目以上にクリームがたっぷりと入っているのだろう。
「美味しそ〜!」
目を輝かせながらクレープを受け取る姿を一瞥する。クリームでぷっくらと膨らんだクレープを口いっぱいに頬張ったら、甘いもの好きの彼女はどんな顔をしてくれるのか楽しみだ。
「ぅおいひ〜」
想像以上にご満悦だった。こういう一面も見れたのは僕としては嬉しい。
「あ、うまい」
クレープはあまり食べたことがないが、生地とクリームの甘さの足し算が絶妙だ。甘いもの好きならば彼女のように顔を綻ばせ、至福の瞬間に包まれても無理はない。
話したいことがもっと他にあるから若干のもどかしさはあるけれども、糖分が不足していると頭が働かないとも聞くし、今は美味しいクレープをゆっくり堪能しよう。腹が減っては戦は出来ぬとまではいかないが、甘いもので頭と心をほぐしておくのも重要だ。
しかしまあ、クレープといえば女の子の食べ物ってイメージだったけど、こうして食べてみると男の僕でも普通に美味しく食べられる。スイーツ男子って言葉があるのも頷ける。
「ね、そっちはどんな感じ? 一口ずつ交換しようよ」
「え……僕はいいから好きなとこ食べていいよ」
「だーめ。はい」
生地にもチョコレートが混ぜ込まれているクレープがずずいと差し出される。こっちもかなり美味しそうで食べたいのは山々なのだが、このまま齧るのは中々勇気がいる。自分が間接キスどうこう気にするほど子供ではないと思い込みたい。だが、相手が相手だ。意識するなと言われても無理な話だ。
とは言ってもこれを無下にするのはノンデリカシーどころではない。
麻央とは昔交換もよくしてたし、クレープはクレープ。ここで臆しているようでは気になる事の一つや二つも切り出せないし、何より誘った立場がない。
「い、いただきます……」
「どうぞ召し上がれ」
意を決して端っこの部分を齧った。口に入れる直前からカカオの香りが駆け抜けていく。
「どう?」
「ん……甘い」
「大丈夫? 少しだったから味分からないんじゃない?」
「いやいや全然。思った以上にチョコ感すごい」
流石はダブルチョコクリームってとこか。甘いのに適度な苦味があって、上品な甘さに仕上がっている。少量散りばめられているナッツが良いアクセントになっている。
「私も」
僕と違い躊躇することなく一口。僕は髪を耳にかける仕草や、微妙に身体が触れたりするのを一々意識してしまうのに、三崎綾香は全然平気そうなのがなんとも言えない気持ちになる。ちょっと負けた気分だ。
「ん〜! カスタードもおいしい! 濃厚だね」
「そうそう。なのに全然くどくない」
クリームに混じっているバニラビーンズが甘さを底上げしているのだろうか。お菓子の知識はさっぱりだが、入っているだけで質の良いクリームに感じる。
「ふふっ。濃厚甘々だね」
「あまあま?」
「うん。あまあま」
「急にどしたの?」
「あま〜い」
とりあえず甘くて美味しいでいいのかな?
まさか甘いもので酔ったとか言わないよな? 高級なチョコレートにはお酒が少量入ってるのもあるけど、一口食べた感じどちらのクレープにも入ってなかったはずだが。
「……ねえねえ、楠君のもう一口ちょうだい。私のもあげるから」
「いいよ。はい」
大きく口を開け、一口目とは違う角度から齧る三崎綾香。普通だったらあまり行儀が良いとはいえないんだけど、彼女がするとそれも含めて等身大の可愛さに直結してしまう。はっきり言ってズルだ。
「私のも」
「さっきので十分だよ」
「だめ。食べて」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて」
微妙に凄んでるのはどういう心境?
「あん? ノッキーじゃん」
「はえ? 橋田……?」
「やっほ。楠クン」
「は? 野上君まで?」
二口目をシェアしたとこで、ゲームセンターから出てきた数人の学生と対面する。驚くことに、出てきたのは橋田と野上君と麻央だった。
「陽也君、ぼーっと立ってたら邪魔になっちゃうよ?」
「あ、うん……」
腕を引っ張られて道を空ける。三崎綾香と身体がくっついてしまってるのだが、これは不可抗力ってことでいいんだよな?
「小鳥遊さ〜ん」
「え? なんで手振ってんの?」
「あれ? ダメだった?」
「いや、ダメではないけど……」
案の定麻央は全く反応を見せない。こうなるのは分かりきってるだろうに。
「おーい。小鳥遊さぁ〜ん」
「もういいから僕らも早く行こうよ」
「むぅ……私、小鳥遊さんに嫌われてるのかなあ?」
「それはないと思うけど」
元々麻央は誰相手でもこんな感じだ。手を振られたからといって振り返すやつじゃないし、あんなことがあった今では僕も気まずい。正直気づかないフリを貫きたかった……。
こんなとこで出くわすとは流石に思わないって……つーかあの三人が一緒って組み合わせが意味不明だ。橋田と麻央だけならまだしも、野上君はどう考えても結び付かない。
橋田とは犬猿の仲、それに麻央のこと苦手にしてなかったか?
僕が学校をサボっている間に何かあったのかもしれないけど、どういう経緯でこのメンバーになったのか全然想像できない。
というより、こっちもこっちで呼びかけながら手を振るタイプじゃなかったと思うんだけど……学校ですれ違った時にこっそりってシチュエーションはあったけどさ。
「もうやめなって。向こうは向こうで楽しんでるから邪魔しちゃ悪いよ」
あの三人でどんな会話をしてたのか気になるとこではある……。
しかし僕達がちょっかいかけていい場面でないのは確かなのだ。
「……そっか」
残念そうに呟くと、三崎綾香は振り返ってもう一度手をブンブンと振った。案外めげないんだな……。僕だったら最初の一回で折れてる。
僕が学校に行ってない間、こちらも麻央と何かあったのかもしれないけど、つい最近あんな事があった手前気まずいったらない。かと言って理由を打ち明けるわけにもいかず、僕はただひたすらにこの時間が早く終わればいいのにと視線を落とすだけだった。




