第49話 だ〜れだ?
「陽也君、じゃあまた今度ね」
「へ……!? ちょちょちょっと! 待て待って!」
「なーに? どうしたの?」
「そりゃこっちのセリフだって! 全然そんな流れじゃなかったじゃんか!」
一緒に学校を出たと思ったら何事もなかったように帰ろうとするんだもんなあ。あまりに自然過ぎてそのまま見送るとこだったよ。
「え? だってもう学校に用は無いでしょ?」
「いや、でもさあ! せっかく卒業式の日に再会できたんだし……さあ……」
「再会って言ってるけど、私達ずっと同じ学校だったんですけどね。三年間」
「うぅっ……そうだけどさあ」
『三年間』の言い方が妙に丁寧なのが、彼女が何を思っているのか必要以上に滲み出ている。恥ずかしさと申し訳なさで僕の声のトーンもみるみる落ちていく。
さっきは突き放しといて、今度は必死に呼び止めている自分がものすごく女々しい……。
しつこいとか思われてるんだろうなあ……。
「ふーん……私とまだ一緒にいたいんだ?」
「ま、まあ……」
「へー! 今まではそんなこと全然なかったのに? 早く麻央とイチャイチャしたいとか言ってたくせに?」
「言ってない! 間違いなく一度も言ってない!」
「じゃあ思ってはいたんだ?」
「麻央は今関係ないだろ……変な意地悪しないでくれよ」
こういうところは以前の七海綾香のままだよなあ。強引に麻央のことを話題に出してさ。むしろ強まってるまである。
でも今は麻央の名前はあまり耳にしたくない。これまでの繋がりを壊すような裏切りを僕はしたのだから。目を背けているだとか思われたらそれまでだが、他に誤ちを繰り返さない方法が見つからなかった。それに今この場で麻央のことを考えるのは違うと思った。
「それもそうか。今陽也君といるのは私だしね」
そう呟くと、三崎綾香は膝のあたりを軽く払った。
「それで? 陽也君は私と一緒にいたいの?」
「そりゃどちらかと言えば一緒にいたいさ」
「あーあ。ノンデリ全開の捻くれた返事するなら帰ろっかな〜」
「わわ! ごめんって!」
「『ごめん』が軽い」
「すみません……」
「それ言い換えただけだよね?」
声の質がとんでもなく冷たい。間違いなく以前より詰め方がパワーアップしてる。
「……ノンデリでごめん。でもまだ一緒にいたいのは本当なんだ。特別な日だし、何か残ることをしたいっていうか……」
「私と?」
「うん。もちろんだよ」
「まあ……さっき私もお姫様抱っこしてもらっちゃったしね」
「う、うん。そうだね」
あれは渋々背中に背負おうとしたら頑なに乗りたがらなかっただけなのにな。まあここで変にツッコミを入れるべきではないのは流石に把握できる。
「じゃあ、行こっか」
「え? どこに?」
「いろいろ」
言って三崎綾香は先を歩き始めた。行く先はちっとも予想できないが、置いていかれないよう僕もすぐ隣に並んで歩く。
後ろじゃ話しにくいだろうから、これが僕なりの意思表示ってことでいいよな。
「そういえば陽也君が自分から誘ってくれるのって初めてじゃない?」
「どうだろ? 多分そうかも」
「ふふっ。うんうん! 悪くない悪くない!」
隣からご機嫌な鼻歌が聞こえてくる。卒業が嬉しいのか、今から遊びに行くのが嬉しいのか、どちらにせよ楽しそうなら何よりだ。
とは言っても一緒にいたいという理由で勢いに任せて誘っただけなので、ここから先のプランを僕は全く考えていないのだ。今度はノンデリカシーならぬノンプランで呆れられてしまいそうだ。
しかしよくよく考えれば、こうして三崎綾香の行きたい場所に足を運ぶのなら結果オーライってやつか?
ところで僕が誘っていなければ一人で行くつもりだったのかな。
「らんらららんらん」
学校から大分離れると、何やら明るい調子の歌まで口ずさみ始める。更にはくるりとターンまでしちゃって、ちょっとしたミュージアムみたいになっている。
「あんまりはしゃぐと危ないんじゃない?」
「じゃあその時はまたお姫様抱っこしてね」
「そうならないことを祈るよ」
「ノンデリカシー」
「なんでだよ!」
今のは前方不注意を普通に指摘した僕が正しいだろ。前々から思ってたけど、『ノンデリカシー』て言いたいだけな時あるよね。多分、絶対。
「ノンノノノン。ノンノンデリカシー」
「ちょっと、歌にするのやめて」
「あははっ! いいね! 名曲だよこれ」
「どこがだよ」
ほらね、絶対言いたいだけだよ。つーかめちゃくちゃなフレーズなのに、歌が上手いのはバシバシ伝わってくる。これで運動神経も結構良いんだから間違いなく多才だよな。
それだけに学校で注目を浴びていなかったのが悔やまれる。望んでいたかは本人にしか分からないけど、多分麻央と同じレベルで話題になってもおかしくなかった。あの日、僕がもっとしっかりしていれば、嘲笑や蔑みじゃなく、憧れの眼差しを向けられていたんだ。なのに僕が——。
「ふふっ……あははは! やーっと解放された!」
「へ?」
解放?
「だってさあ窮屈じゃなかった? 中学校」
「いやでも学校ってそういうもんじゃない?」
「ああ、そういう意味じゃないよ? 私が言ってるのは、いちいち人の行動に難癖つけたり適当な噂流す人達だよ」
あまり思い出したくない光景が蘇る。
「誰かと一緒にいるだけですぐに広まる。少し目立ったらすぐに調子に乗ってるって指差される。おかげでずっと窮屈だったよ」
「……確かに気持ちはわかる」
まるで人に勝手に役割を与えて、その通りの人間じゃなきゃ許されないと言いたげだった。
「だからやっと自由なんだ。ちょっと大袈裟かもしれないけど」
「いや……大袈裟じゃないよ」
「だよね。陽也君もそう思うよね」
これまでの姿と今の姿の変わり様を知れば誰だってそう思う。
「もしかして眼鏡外したりしたのも?」
「まあそんなとこ? 似合ってるかな?」
「う、うん。似合ってるよ」
「だーめ、やり直し。ちゃんと見て?」
三崎綾香は僕の前に回り込むと周りの目も気にせず両手を広げた。
黒い制服を身に纏ったシンデレラ。『泣かないシンデレラ』と思った通りのまま口に出したら、多分今の彼女は茶化してくるのだろう。楽しんでくれるのなら言ってみたい気持ちがないこともないが、恥ずかしさの方が大分勝っているから、やっぱり僕の中だけに留めておく。
可愛くなった素敵になったとつらつらと並べられたらいいけど、でもその分言葉が軽くなって、十分に伝えられない気がしてならない。
七海綾香が欲しかった『思い出』それも理解できないままなのに、彼女が今貰いたい言葉を僕が言えるわけがないんだ。
「……良いと思う。女の子らしくて……でもそれ以上に」
「それ以上に?
「うん……正直別人すぎて戸惑ってる」
「うわ〜ハーフノンデリだなあ」
また新しい単語が出てきたな……。
「だからなんて呼べばいいかも悩んでる」
今までみたいに『七海さん』て呼ぼうにも雰囲気が違い過ぎて違和感半端ないし、かといって『みさきちゃん』も絶対違う。
「さっきも呼びかけて突っかかってたもんね」
「う……やっぱバレてたか」
「じゃあ今日帰るまでに考えてね」
「中々難しい問題だな……あだ名とかなかったの?」
「そんなまどろっこしいのいいから名前でいいんだよ?」
「っ!」
たまに豪速球投げるのやめてほしい。心臓がいくらあっても足りない。
「結局のところさあ、七海綾香が本名でいいの?」
「ふふっ……だ〜れだ?」
これ以上ない笑顔で彼女はまた揶揄ってきた。彼女からしたら僕が変なことを言ってると思うだろう。でもそれは大袈裟でもなんでもない。
見た目だけじゃない。性格や喋り方、声の質、そして笑顔ですら以前の『七海綾香』とは大きくかけ離れているのだから。




