第1章 第7話 やりがい
「あなたは何がしたいんですか?」
日高先生のいじめをなくしたいという願いを成功させるために尽力すること1週間。計画も大詰めになってきたところで、突然影の薄かった天使が口を開いてきた。
「わかってるだろ? いじめをなくすことだよ」
「違うでしょう? あなたの目的はブラック企業に入社しないことです」
言われてハッとした……というほどではないが、最初はそうだったということを思い出した。
「あなたが過去に戻ったのは過労死したから。過労死する原因になったのはブラック企業に入社したから。ブラック企業に入社することになったのは高校でいじめられて不登校ぎみになっていたから」
「だからいじめをなくそうとしてるんだろ?」
「なに言ってるんですか。加害者を停学にしたことであなたへのいじめはなくなっているでしょう?」
天使の言っていることは事実だ。俺の記憶の中にある毎日陰口を叩かれ嘲笑され蔑まれていた高校生活は既に変化が起きている。誰からも話しかけられないが、いじめられもしない。ある種特別な立ち位置になっていた。
「いじめが続く原因は反撃されないからです。圧倒的に強い立場から弱い者をいたぶるのは楽しいですからね。ですが佐伯さんは弱者ではない。いえ、手痛い反撃をしてくる厄介な存在になった。当たり前ですよね、警察に垂れこんで停学に追い込んだ実績があるんですから。そんな関わると危ない相手にわざわざ絡みにいく馬鹿はいません」
天使の言いたいことはよくわかる。わかっている。
「あなたが死ぬ原因になった第一段階は排除できました。だったら新人教師の夢なんてどうでもいい。ちゃんとした大学に入れるように勉強したり、結婚相手を見つけるために女子生徒と関わるべきなんじゃないですか?」
「わかってるよ。でも……」
「私はこう言ってるんですよ、ずっと。人の運命は変わらない。働き過ぎちゃうんですよ、あなたは」
働き過ぎ……か……。それについては考えていなかった。当たり前のように動き続けてきた。それに疑問を全く覚えなかった。
「全く関わりのなかった教師の夢を叶えるために、あなたはこの一週間ほとんど寝ずに作業をしています。その体質が変わらない限り、未来は何も変わらない。どんなホワイト企業に入社しても勝手に仕事を見つけてきて働いてしまう。あなたはもっと遊ぶ練習をするべきなんですよ」
遊ぶ練習とは言い得て妙だ。ここ数年俺がまともに遊んだ記憶はない。仕事を終えたら帰って寝るだけ。たまの休日も仕事が頭から離れず外に出ることすら億劫になる。何をしたら楽しめるのか。それすらも忘れてしまっていた。
「楽しみにしていた映画のシリーズがあったんでしょう? せっかくの10年前です。昔のグッズを漁ったり当時の考察を見てみたり。そういう何の生産性もない、ただ自分が楽しめるものを見つけてみては?」
人はなぜ働くのか。生きるためだ。生きるとはただ生を貪ることではない。心が求める幸せを掴むことだ。そのための金銭を得るのが仕事。極論何もしたいことがないのなら、仕事をする必要はない。金がなくても楽しいのなら仕事なんて必要ないんだ。
「……天使、お前は仕事が楽しいか?」
「楽しいわけがないでしょう? 仕事じゃなければあなたみたいなブレブレの人間なんかに付き合いませんよ。本当ならこんな面倒なことせずにさっさと帰りたいんですけど」
「帰ったら何すんの?」
「そうですね……まずはお酒を飲みたいです」
「酒か……いいな。俺も昔は飲んでたけど飲む暇すらなくなったし今は年齢的に飲めないからな……」
「そんな話どうでもいいんですよ。なんなら私はあなたにさっさと諦めてほしいんですからね。あなたがおとなしく天国に行ってくれればとりあえず今日の仕事は終わりですから」
「じゃあなんで俺にアドバイスしたんだ?」
「そ……れは……」
仕事は辛い。何が楽しいのかわからない。さっさと終わって帰りたいとしか思えない。それでも。
「やっぱり自分の仕事で誰かが幸せになってくれたら……その瞬間だけは、幸せだよな」
人は幸せになるために生きている。仕事はそれの連続なんだと思う。幸せになるためにシステムが生まれ、システムを動かすために仕事が生まれる。誰かの幸せは誰かの幸せの過程で、それがどんどん繋がっていくんだ。
「まぁお互い辛いこともあるだろうけどがんばろうぜ。きっと一仕事終えた後の酒は美味いだろうからさ」
休みたい。楽しみたい。幸せになりたい。日高先生のためだけじゃない。俺は俺の幸せのために。天使は天使の幸せのために。今やるべきことをこなすだけ。
「そうそう、天使にも名前とかあんの? あるなら教えてほしいんだけど」
「あるけど教えませんよ。仕事に私情は持ち込まない主義です。……まぁ仕事が終わってプライベートな時間になったら、考えてあげないこともないです」
「そっか。じゃあ早く終わらせないとな」
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