第1章 最終話 社会人
「……であるからして昨日のホームランのように……」
学生の頃はなぜ全校集会の校長の話は総じて長いのだろうと疑問に思っていたが、大人になってからは考えが変わった。校長だから話が長いのではなく、おっさんだから話が長いのだ。それと自分語りが大好きで、だいたい野球好き。だから今俺たちが全校集会でこうして話を聞いているのも仕方ないのだろう。
「みなさんも何か一つに打ち込んで……」
でも納得いかないよな。どうしてよく知らないおっさんの自分語りをありがたく聞かなければいけないのか。だがそう思っていてもどうしようもない。会社で上手くやるには避けては通れない道だ。どれだけ退屈な話でも耳を傾けなくてはならない。誰も望んでいないとしてもだ。
「校長先生、いいですか!」
だが上手くやろうとしない人。仕事を辞めようとしている人には関係ない。朝礼台に飛び乗った日高先生が校長からマイクをひったくる。
この場合日高先生はどう映っているのだろうか。上司に歯向かうやばい奴? 長い話を切った英雄? それを決めるのは、これからの先生次第だ。
「この学校にはいじめが蔓延しています!」
マイクのハウリングと一緒に日高先生の絶叫が校庭に響く。今日が晴れでよかった。これで学外にもよく届く。
「私はいじめをなくしたい! みんな平等に学生生活を楽しんでほしい! だから……」
「日高先生! 何言ってるんだ馬鹿野郎!」
演説の開始からだいぶ時間を置き教師たちが日高先生からマイクを奪おうと朝礼台に上る。だが関係ない。
「うるさい! 文句あるならクビにしろ!」
日高先生には他の教師にはない覚悟がある。仕事を辞めてもいいという覚悟が。いわば無敵の人。抑圧された社会人に止められるはずがない。
「私はこの学校のいじめ……ううん。犯罪を全て調べました。この紙に全部書いてあります。今からそれを全て読み上げます」
「日高! いい加減にしろ!」
「言われて困ることならやらなきゃいいでしょ!? いじめをした人にいじめをしたって言ってなにが悪いの!?」
いよいよ本気でまずいことになっていると気づいた教師たちが力ずくで日高先生を抑えようとする。だがもう遅い。今さら止めようが関係ない。
『脅迫には脅迫を、ですか。単純ですけど効きますね』
『ああ。いじめを行っていることを把握されている。全校集会で急に叫びだすやばい教師に。その事実は何よりの脅迫だ。これで誰も何もできないだろ』
俺がこの1週間で行ったこと。それはこの学校で起きているいじめの調査だ。営業で鍛えた全能力を使って完璧に調べ上げた。
誰とでも最低限話せるコミュ力。情報をわかりやすくまとめる力。そして効果的な伝え方。これが俺の全てだ。
『でも残念ですね。1週間ほとんど寝ずにがんばっても全部あの人の手柄になっちゃうんですから』
『他人に手柄を横取りされるのは慣れてるし……適材適所だよ。花形も裏方も、全員で一つのものを作り出すのが仕事だ。日高先生を英雄にする。それが俺と先生の共通認識。それが成功したんだ。これ以上の結果はないよ』
『確かにこれであの教師は英雄視されること間違いなしですね。それで、あなたは生き返れるんですか?』
『…………』
いじめの調査をしたのは俺。資料を作ったのも俺。この状況を作り出すために作戦を考えたのも俺。日高先生がしたのはこの場で叫ぶだけ。確かに俺の功績が外に漏れることはないだろう。天使の言う通り俺の運命が変わることはないのかもしれない。でも仕方ない。
『これが仕事ってやつ……』
「私がいじめをなくそうって立ち上がれたのは! 2年B組! 佐伯祭雅くんのおかげです!」
天使へと向けていた視線が上を向く。全校生徒の視線を浴びながら教師に押さえつけられ、それでもマイクを離さない日高先生へと。
「私はいじめられている佐伯くんを見捨てようとした! でも佐伯くんが助けてくれたから! 私も佐伯くんを助けようって思えたんです! だからみんな! 佐伯くんと仲良くしてあげてね!」
『……馬鹿ですねあの人。そんなこと言われたら余計仲良くしづらいでしょうに』
『……ほんとにな』
本当に馬鹿だ。どこに裏方の自慢をする営業がいる。自分の手柄だと胸を張っていればいいのに。社会人失格過ぎて逆に笑えてくる。
「……ありがとう、日高先生」
『まぁ運命は変わらないわけですが』
必死に叫ぶ日高先生を映していた俺の視界が移り変わる。見たことのないオフィスで倒れている俺の姿へと。
「天使……これは……!?」
「10年後のあなたの死体ですよ。最初の状況と同じです。この出来事であなたの運命に多少の変化は生じました。前よりまともな企業に勤めることができるようになったようですね。おめでとうございます。それでもあなたが過労死する運命は変わらない。どんなにがんばっても……がんばりすぎちゃうから。全ては無意味です」
ああ……そうか。俺は何も変えられなかったのか。過労死するという運命が変わることはなかったのか。これで俺は今度こそ……。
「次は私の言う通りに。遊ぶ練習をしてくださいね」
「……次?」
「はぁ最悪です。仕事を翌日に持ち越すとか……他の仕事は溜まるし絶対残業になるし……ああ本当にめんどくさい!」
「天使……」
「イシュです。私の名前を知りたいって言ってたでしょ?」
「でも名前は教えないって……」
「だから言ってるでしょ、デイ2だって。もう今日の仕事は終わりです。ここからはプライベート。だから教えてあげてもいいですよ……あなたには」
「……そっか」
俺の死体の上に座り、どこかから取り出した缶ビールの蓋を開ける天使……イシュ。炭酸が抜ける音がオフィスに溶けて消えていく。
「だから今日はとりあえず……おつかれさまでした。よくがんばりましたね」
「……そっちこそ、おつかれ」
いつの間にか俺の手元にも現れていたビールをぶつけ合い、そのまま喉に運ぶ。瞬間疲れ切っていた身体に刺激が走る。涙が出るほどに、美味しい。
「「あぁー……がんばってよかった」」
死んでいるのに生き返ったような喜びを噛みしめ。俺とイシュは仕事の愚痴を語り合うのだった。
これにて第1章終了になります! ちょっと駆け足でごめんなさい! 仕事が! 忙しい!!!
次回からはいじめの後始末! 主人公が無事に生き返れるようにしていきます!
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