第1章 第6話 教師失格
「みんなも知ってると思うけど、このクラスでいじめがありました」
授業終わりのホームルームで日高先生は語る。俺のいじめのことを。
「あえて説明させてもらうけど、被害者は佐伯くん。そして加害者は今いない二人だけじゃない。暴力を振るっていなくても、悪口を言っていたり見て見ぬふりしていたり。私も含めたみんなが加害者だと思う」
入社前、人は必ず夢を見る。望んでいた会社、仕方なく入った会社。それらに関わらず、何らかの希望を持って仕事を始める。俺だってそうだった。健康器具を扱う商社。内定が出たからとりあえず入ったが、利用者に満足してもらえるように。そう思って仕事を始めた。
「直接関わっていなくても見ているだけでいじめになる……先生もそこまで言うつもりはないよ。でもやっぱり、よくないことをしていることは事実だと思う。面倒ごとに関わりたくないって気持ちは先生もよくわかるけど、何もしないっていうのはよくないことなんだよ」
だが夢から覚めるのは一瞬だ。決して褒められない実態。暗黙のルール。決められた仕事。現実とのギャップは人から思考力を奪い、機械へと変えていく。それが会社だ。それが社会だ。どうしようもない現実だ。
「だから先生はこれからいいことをしようと思う。いじめとか、不平等だとか。そういうよくないことを、これからはなくしていく。みんなもそのつもりでいてね。先生これからがんばるから!」
俺が日高先生に提案したのは、やりたいことをやってほしいということだった。そしてそれがこの帰りのホームルームで行われた。教師として社会人として、あってはならないほどに稚拙な口調。具体性が全くなく何を言いたいのかもよくわからない。きっとクラスメイトも困惑しているだろう。先生は何が言いたいのかと。
でもそれでいいんだ。それが日高先生のやりたいこと。それを具体的にしていくのは、俺の仕事だ。
「つまり、先生はこれからいじめをなくすために尽力してくださるってことですよね?」
「う、うん! そういうこと!」
長々と語った演説を俺のフォローで端的に表す。前振りが長かったり結論があやふやだったりしたが、それが先生のやりたいこと。クラスメイトたちも理解してくれただろう。
「じゃあ期待します。よろしくお願いしますね」
「は、はい! じゃあ解散!」
何か釈然としない空気に包まれつつも、先生の挨拶で教室を出ていく生徒たち。誰もいなくなったことを確認し、先生が俺に駆け寄ってきた。
「ごめんね! なんかしゃべってたら自分でも何を言えばいいのかわからなくなって……変な感じになっちゃった」
「初めはそんなもんですよ。慣れてれば自然と口が動いてくれます」
友だちが一人もいなかった俺ですら、数年経てば一応営業としての形にはなれたんだ。逆に言えば数ヶ月で完璧に演説ができるはずもない。いまだ不安が消えていないのか冷や汗をかいている先生にフォローを入れる。
「でも大丈夫かな……いじめをなくすなんて言って。悪いことじゃないと思うんだけど……普通に仕事忙しいから……」
「新人が仕事できなかったら上司が動きますよ。それに嫌になったら辞めればいいんですから。どうせ辞めるつもりならやりたいことやった方がいいでしょ?」
「そうだよね……でも他の先生に迷惑が……」
「いいんですよ迷惑かけて。日高先生だけが苦労するのはおかしいでしょ。探せば暇な人は絶対にいるんだからどんどん周りに迷惑かけていきましょう」
そんなことを言えるのは外野だからだろう。それができなくて過労死したんだから。だが俺の発言は事実でもある。下っ端が奔放している中上司が暇しているのはよくある話だ。課長とか課長とか課長とか……。
「……私ダメだな。生徒にフォロー入れてもらっちゃって。本当なら私が全部もっとちゃんとしなくちゃいけないのに……」
「だからそれは……」
「でももう大丈夫!」
どこか吹っ切れたような顔をした日高先生が、俺の頭の上に手を伸ばす。
「私が教師として未熟なのはどうしようもないもんね。でもやりたいことははっきりしてるから。困ったら助けてもらうよ。だから安心して。絶対に私がいじめをなくしてみせるから」
俺の頭を撫でながらそう語る先生の言葉はやはりふわふわしていて具体性はない。でもやりたいことがはっきりしているなら、それでいい。
「そうですね。がんばりましょう」
さて、新人に成功経験を積ませるのが上司の仕事。これからだな……俺ががんばるのは。




