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ノルディアが商業都市として形を整え始めた頃。
リリアーナは、商業組合の会議室で一枚の報告書を見つめていた。
「……人が足りません」
「やはり、そこですか」
向かいに座るエドワードが頷く。
「魔道具の注文は増えています。工房も増えています。商人も増えました」
「でも、扱える人が少ない」
「ええ」
魔道具を作る職人だけではない。
売る人間。
使い方を説明する人間。
貴族の屋敷へ設置する人間。
故障した魔道具を修理する人間。
魔石を交換する人間。
購入後の相談に乗る人間。
必要な仕事は、どんどん増えていた。
しかも問題は、それだけではなかった。
ノルディアへ商人が集まるようになると、読み書きのできない子どもたちが多いことも目立つようになった。
「商業都市なのに、読み書きを学べる場所がない」
リリアーナは窓の外を見る。
市場では、子どもたちが荷物を運んでいる。
商店では、帳簿をつける大人が忙しそうにしている。
魔道具工房では、職人が設計図を読んでいる。
「これでは、町が大きくなっても、できる仕事が限られてしまいますね」
「その通りです」
エドワードが答える。
「なら、作りましょう」
「何を?」
「学校です」
その言葉に、会議室にいた村長たちが顔を上げた。
「学校?」
「はい」
リリアーナは立ち上がった。
「ノルディアで暮らす子どもたちが、身分に関係なく読み書きと計算を学べる学校を作ります」
「身分に関係なく……?」
「平民の子どももです」
一瞬、沈黙が落ちた。
だが、リリアーナは続ける。
「商業都市を作ったのは商人だけではありません。農家も、職人も、荷運びをする人も、宿屋を営む人も、みんなこの街を支えています」
「だから、学ぶ機会も皆に必要です」
エドワードが微笑んだ。
「ノルディアらしい学校になりそうですね」
こうして、最初の学校建設が始まった。
校舎はノルディアの中心部に建てられた。
大きな教室。
図書室。
算術を学ぶ部屋。
地理や商売について学ぶ部屋。
そして、子どもたちが自由に本を読める小さな閲覧室。
授業料は低く抑えられ、貧しい家庭の子どもには商業組合から支援が出された。
「読み書きができるようになった!」
「お母さん、この看板読めるよ!」
そんな声が街のあちこちから聞こえるようになった。
しかし、リリアーナはそこで終わらなかった。
「もう一つ、必要です」
完成した学校を見ながら、彼女は言った。
「魔道具を扱うための学校を作りましょう」
それが――。
ノルディア魔道具職業訓練校だった。
普通の学校とは違い、こちらでは実技が中心になる。
魔力の基礎。
魔石の扱い。
魔法陣の読み方。
魔道具の構造。
安全な起動方法。
設置方法。
故障の見分け方。
部品交換。
簡単な修理。
そして、接客。
「接客まで教えるんですか?」
若い職人が驚いた。
「もちろんです」
リリアーナは答える。
「魔道具は、作っただけでは商品になりません」
「お客様が使えなければ意味がありませんから」
訓練校には、二つの接客実習室が作られた。
一つは平民向け。
もう一つは貴族向け。
平民向けの実習では、分かりやすい言葉で説明することを徹底した。
「専門用語を使いすぎない」
「相手が理解したか確認する」
「壊れたときに、まず何をすればいいか伝える」
「価格や修理期間を明確にする」
そして貴族向けでは、さらに細かな指導が入る。
「勝手に家具を動かさない」
「屋敷の使用人にも丁寧に説明する」
「魔道具を設置する部屋の調度品を傷つけない」
「主人と使用人、それぞれに必要な説明をする」
「身分に合わせて態度を変えるのではなく、礼儀を守る」
最初の授業で、リリアーナは生徒たちに言った。
「平民のお客様だから雑に接していいわけではありません」
「貴族のお客様だから、必要以上にへりくだる必要もありません」
教室が静かになる。
「大切なのは、その人が安心して魔道具を使えることです」
「そして、困ったときに頼れることです」
生徒たちは真剣に頷いた。
さらに訓練校には、本物の魔道具を分解して学ぶ実習室まで用意された。
壊れた給水装置。
動かなくなった照明。
魔力が流れなくなった冷却装置。
歯車が摩耗した風送り機。
生徒たちは一つずつ原因を探していく。
「先生、魔力石は正常です!」
「では、次に魔法陣を確認してください」
「……ここです。接続部分が焼けています」
「よく見つけましたね」
修理した魔道具が再び動く。
カチリ。
ブゥン。
冷たい風が流れた。
「動いた!」
生徒たちから歓声が上がる。
リリアーナはその様子を見て笑った。
かつては自分一人で設計し、失敗し、直していた。
今では、その技術を学ぶ人間が何十人もいる。
そして、卒業生たちはノルディアだけでなく、周辺の村々へも送り出された。
「こちらの給水装置は、三か月ごとにこの部分を点検してください」
「分からないことがあれば、修理窓口へ連絡してください」
「魔石の交換はこちらです」
街の商店では、訓練を受けた販売員が働くようになった。
工房には修理担当者が増えた。
貴族街へ向かう商隊には、魔道具専門の設置員が同行するようになった。
そして、平民街にも修理窓口ができた。
「壊れたけど、どこへ持っていけばいい?」
そんな声が上がれば、
「ノルディア魔道具修理所へどうぞ」
と答えられる。
それは、ノルディアの大きな変化だった。
魔道具を売って終わりではない。
買った後も、使えるようにする。
壊れたら直す。
分からなければ教える。
新しい魔道具ができれば、使い方を学ぶ。
そのすべてを、ノルディアの中で完結できるようになった。
やがて外国から商人が訪れるようになると、訓練校には新しい授業まで増えた。
外国語。
外国の商習慣。
輸出入の基礎。
国ごとの魔石規格。
海外向け魔道具の説明方法。
「……学校というより、商人と職人を育てる街ですね」
ある日、エドワードが校舎を眺めながら言った。
リリアーナは笑う。
「商業都市ですから」
「平民も学べる」
「はい」
「魔道具職人も育てる」
「はい」
「販売員も、修理職人も、設置員も育てる」
「はい」
エドワードは少し考えてから、笑った。
「そのうち、ノルディアで学んだ人間が世界中に散っていきそうですね」
リリアーナは、校庭で実習をしている生徒たちを見つめた。
まだ若い。
けれど、彼らの手には工具がある。
目には知識がある。
そして、自分の技術で誰かの暮らしを支えようとしている。
「それでいいと思います」
リリアーナは静かに答えた。
「ノルディアだけが魔道具を作れる街になるんじゃなくて、ノルディアで学んだ人たちが、どこへ行っても魔道具を扱えるようになればいい」
「そうすれば――」
エドワードが言葉を続ける。
「ノルドの魔道具は、もっと遠くまで届く」
「はい」
リリアーナは頷いた。
ノルド村は、魔道具を作る場所だった。
ノルディアは、それを作り、売り、教え、設置し、修理し、そして次の人間へ技術を渡していく場所になった。
街道を人が行き交う。
市場には商品が並ぶ。
工房では魔道具が作られる。
学校では子どもたちが文字を学ぶ。
職業訓練校では、若者たちが魔道具を分解し、修理し、再び動かしている。
その光景を眺めながら、リリアーナは思った。
この街は、もう「魔道具を売るための街」ではない。
人が学び。
技術を身につけ。
仕事を得て。
次の人へ技術を伝えていく。
そうして人と技術が循環する街になったのだ。
そして、その循環こそが――。
ノルディアを、国境を越えて成長させていく新しい力になっていった。




